第23話 暁蕾、提案を行う

 回廊の角を曲がって姿を現したのは、やはり美麗メイリンだった。うれしそうにこちらに歩いてくるその手には、蝋燭ろうそく燭台しょくだいが握られている。


「おはよう! 暁蕾」


「おはよう! 美麗メイリン


 美麗メイリンの元気な挨拶に、返す暁蕾の声も自然と大きくなった。


「はい、蝋燭。持ってないんでしょ」


 どうやら気を利かせて持ってきてくれたようだ。


「ありがとう」


 美麗メイリンは、お礼を言って蝋燭を受け取った暁蕾に歩み寄ると上目遣いでニッと笑う。


「それでねー。しばらく仕事を手伝ってもいいって言われたの」


「えっ!」


 美麗メイリンは、絶句する暁蕾から視線を外すとひらひらと舞うように倉庫の入り口に突き進んでいく。


「あっ、こら!」


 あわてて暁蕾も後を追った。


「わー、結構片付いてるー! 暁蕾、ひとりで頑張ったね」


「ええ、まあね……じゃなくて!」


 思わずノリツッコミのようになってしまった。


「ねえ、暁蕾。片付けるだけじゃなくて目録もつくらないといけないんでしょ。ふたりでやった方が合理的だよ」


 合理的か……美麗メイリンの口からまるで似合わない単語が飛び出したことで暁蕾は少し冷静になった。たしかに美麗メイリンの言う通りひとりでやるには品物の量が多すぎる。


 それに一緒に作業すれば、美麗メイリンから情報を聞き出すことが出きるかもしれない。


「わかった、ありがとう」


 暁蕾が折れたのをみて、美麗メイリンはフフフと笑う。


 ふたりで作業を始めると、その奔放な印象とは違って美麗メイリンはテキパキと品物を片付けていく。


 (もしかして凄く有能なのかも)


 途中から仕分けは美麗メイリンに任せて、暁蕾は目録作りに取りかかった。


 目録を作ってわかったのは、この倉庫にあるのはそのほとんどが新しい物と交換して使わなくなった品物だろうということだった。少し前に都で流行した襦裙じゅくんや食器、調度品だ。ホコリで薄汚れているもののまだ使えそうだと思った。


「ねえ、美麗メイリン。この倉庫にあるものってもう使わなくなったものだよね。どうして処分しないの?」


「うーん」


 美麗メイリンはどう答えるか悩んでいるようだった。なにか事情があるのだろうか?


「翠蘭様のご実家、劉家はね。とっても厳しい教育をしてるんだって。とにかく物を大事にするようにって教えられるらしいの。でもね後宮での競争に勝ち抜くには流行にも敏感でないといけないでしょ。だから最新のものに入れ換えたんだけど」


「えっ! それでここにあるものも捨てられないってこと?」


「ほんとはね、捨てないとどんどん物は増えちゃうし散らかっちゃうからって、侍女たちも翠蘭様を説得したんだけど、もしかしたらまだ使えるかもしれないからって、聞き入れて下さらないの」


 完璧美人だと思われた翠蘭妃にも、意外な一面のあるものだと暁蕾は思った。だがこれでは大切にしていると言うよりはただ捨てられないだけではないか。


 それから数日の間、暁蕾シャオレイ美麗メイリンは倉庫の片付けを続け、ついに作業は完了した。倉庫の品物の中に怪しいものはなかったし、美麗メイリンから武器売却の噂について有益な情報を得ることも出来なかった。ただ暁蕾シャオレイは、武器横流しの調査とは別にあることを考えていた。


「ねえ、美麗メイリン。ここにある品物なんだけど、捨てるんじゃなくてもっと有効な使い方があると思うの。聞いてもらえる?」


「えっ、何? 教えて」


 人懐ひとなつこい目をぱちくりとしながら美麗メイリンは答えた。


「安慶の市内で慈善販売会を開催するの。ちょうど目録も出来たんだし後宮では流行遅れでも庶民にとってはとても手がでない高級品なわけだから値段を安く設定すれば売れると思うわ。それでその売上金で食料を買って、大寒波と洪水で食糧不足に陥っている地方に送るのはどうかしら?」


 美麗メイリンの目が驚きで大きく見開かれた。


「驚いた。あんたすごいこと思いつくのね。でもいいよ。とってもいいと思う」


「ありがとう。もし良かったら美麗メイリンから青鈴チンリン様にお願いしてもらえないかな? ほら、私、青鈴チンリン様にあまり良く思われてないから」


「わかった、話してみる。翠蘭スイラン様は、青鈴チンリン様のことをとっても信頼しているから、青鈴チンリン様がやりたいと言えば許可してくださるかもしれないね」


 翌日、暁蕾シャオレイ青鈴チンリンから呼び出されて女官部屋で向かい合って座っていた。


美麗メイリンから聞いたわ。また、余計なことを思いついたらしいわね」


 相変わらず八の字の眉は不機嫌そうに吊り上がっている。


翠蘭スイラン様はとても物を大切にされるとお聞きしました。紅玉宮こうぎょくきゅうで不要になった品を有効活用できれば、きっとお喜びになると思います」


 青鈴チンリンはフンと鼻から息を吐き出した。暁蕾は美麗メイリンから、青鈴チンリンは、気難しい皮肉屋ではあるのだが、誰よりも翠蘭スイラン様のことを慕って献身的に仕えていると聞いていた。翠蘭スイラン様のためになることであれば興味を示すはずだと思った。


紅玉宮こうぎょくきゅうの高価な品を庶民に安く売ることが、どうして翠蘭スイラン様のためになるのかしら? 私にもわかるように説明しなさいよ」


「皇帝陛下が発せられた宮城倹約令ですよ。陛下は無駄をお嫌いになるお方です。倉庫に使わない品が眠っているのは良く思われないでしょう。ですがその品々が安慶の民によって再利用されればきっと翠蘭スイラン様のことを好ましく思われるはずです」


「でも、庶民から金を取るんでしょ。不用品を庶民に売りつけて金儲けをする貴妃だと思われたらどうするのよ!」


 口を尖らせて暁蕾に詰め寄る青鈴チンリンだったが、その表情は真剣そのものだった。  

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