第22話 暁蕾、調子が狂う

 美麗メイリンは、暁蕾の前をすり抜けて、倉庫の中に入っていく。


「えっ! ちょっと」


 あわてる暁蕾が止めようするが 、美麗メイリンが気にする素振りはない。まるで踊るような足取りで倉庫に置かれた物の間をすり抜けて行く。


「わっ、これ可愛い!」


 美麗メイリンは、棚から何かをつまみ上げて歓声をあげた。宝物を見つけた子供のように見せつけてくるが、よく見るとそれは銀のかんざしだった。


「勝手に触ったらダメだって!」


「はーい」


 叱られた子供のようにペロッと舌を出してかんざしを棚に戻す。


「自分の仕事に戻らなくていいの?」


「あーあ、せっかく楽しくなって来たのに。仕方ないか。また遊びにくるね」


「遊びじゃないんだったら!」


 美麗メイリン相手だと暁蕾シャオレイは調子が狂いっぱなしだった。本当に規律が厳しい紅玉宮こうぎょくきゅうの女官なのだろうか?


 美麗メイリンは、倉庫に入った時のような素早さで倉庫から出てくると、やはりひらひらと襦裙じゅくんをはためかせてニッコリと笑った。


「ねえ、美麗メイリン翠蘭スイラン様の生家、劉家はものすごく手広く商売をしているのよね?」


「うん、そうだよ。食料品に織物、装飾品、蝋燭ろうそくに油、美術品もかな。とにかくどんなものでも仕入れてくるって評判だよ」


 (武器のことを聞くべきかな? どうしよう)


「さすがに火薬は無理だよね?」


「えっ、カヤク? 何それ」


「ううん何でもない。忘れて」


 美麗メイリンは、目を細めて、ニヤリとした。


「ははーん、異国のお菓子でしょ? 遥か西方の国に信じられないくらい甘いお菓子があるって聞いたことあるもの」


「ば、バレたか」


翠蘭スイラン様はね。仕事で頑張ると、とても美味しいお菓子をくださるのよ。暁蕾シャオレイも頑張ってね」


 そう言い残すと美麗メイリンはパタパタと足音を立てながら行ってしまった。


 (それにしても自由な子だったな)


 しばらく呆然と立ち尽くしていた暁蕾だったが、倉庫に入ると木の箱に腰かける。とてもお腹が空いていたので、美麗メイリンにもらった包子パオズを食べることにした。


 お腹もふくれて改めて倉庫のなかを見回す。まずは床に散乱している品物から片付けようと暁蕾は思った。無造作に床に置かれている木箱のフタを開けひとつひとつ中身を確認していく。使わなくなった食器、花瓶、色褪せた襦裙じゅくん木簡もっかん、よくわからない書類、それらのものがごっちゃになって入れられている。


 本来なら、必要なものそうでないものと分類して、必要のないものはドンドン捨てていきたいところだが雇われ下級女官の暁蕾シャオレイにはそんな権限はない。とりあえず目録を作るために同じ種類同士のものでかたまりを作り分類していく。


(ふう、だいぶ片付いたわね)


 薄暗い場所で長時間作業していたので目がしょぼしょぼする。腰も痛くなった。倉庫は紅玉宮こうぎょくきゅうの外れにあるので周りに人気はない。ときおり風が吹いて庭園の木々がざわざわと音を立てるがそれ以外は何も聞こえてこなかった。


 やがて夕刻を知らせる鐘楼の鐘がゴーンと鳴った。パタパタと足音が聞こえる。


「時間よ。鍵を閉めるから倉庫から出なさい」


 そう声をかけてきたのは侍女の青鈴チンリンだった。青鈴チンリンは、倉庫の中を見回す。


「まあまあ片付いたじゃない。明日も仕事に励みなさい」


「あの、この後はどうしたらいいのですか?」


「もう、元の職場へ戻っていいわよ。明日定刻になったらここに直接来なさい、鍵を開けるから」


「えっ、紅玉宮こうぎょくきゅうで生活するのではないのですか?」


 青鈴チンリンはフンと鼻を鳴らす。


「バカね。あんたの仕事はここの整理だけ。わが宮の一員ではないのだからとっとと帰りなさい」


 そういうことか、と暁蕾シャオレイは思った。やりたくない倉庫整理をさせるために一時的に宮中へ入ることが出来るだけで、同じ仲間とは認められてないのだ。もしかしたら他の女官との接触で情報が漏れることを心配しているのかもしれない。


「承知しました」


 言いたいことはいっぱいあったが暁蕾は何も言わず、紅玉宮こうぎょくきゅうを後にした。いつもの作業部屋へ戻ると、玲玲リンリンが目を丸くした。しばらく暁蕾は戻ってこないと思っていたからだ。


「こっちの仕事のことは心配しないでいい。しばらく会えないと思ってたから嬉しい」


 玲玲リンリンはそう言ってニッコリ笑った。


「私もだよ、玲玲リンリン


 出会った当初は無表情だった玲玲リンリンもかわいい笑顔を見せてくれるようになった。そのことが暁蕾にはとても嬉しかった。


 翌日、紅玉宮こうぎょくきゅうへ出向き、倉庫の前で待っていると青鈴チンリンがやって来た。


青鈴チンリン様、毎回こちらまで来ていただくのも大変だと思いますので、もしよろしければ鍵をお預かりしましょうか?」


 そう言って暁蕾が声をかけたが青鈴チンリンは首を横に振った。


「そんなのダメに決まっているじゃない。部外者に鍵を預けられるわけないでしょ」


(部外者か……随分な言い方ね)


「あ、それからこれを使って目録を作るのよ」


 青鈴チンリンは、持っていた袋から木箱を取り出すと、暁蕾シャオレイに押し付けるように差し出した。フタを開けて中身を確認すると、紙の束、筆、すずり、墨が入っていた。


青鈴チンリンは、倉庫の鍵を開けて中を確認するとそそくさと立ち去って行った。暁蕾は木箱を持って倉庫へ入る。昨日と同様、倉庫の中は薄暗い。


(あっ!蝋燭ろうそくをもらって来なくちゃ)


 可燃物がたくさんある倉庫の中に蝋燭は置いておけない。昨日使い終わった蝋燭は女官部屋へ返しに行ったのだ。青鈴チンリンが持ってきてくれればいいのにとも思ったが、おそらく目録作りを直接命じたかっただけなので木箱だけ持って来たのだろうと思った。


 暁蕾が女官部屋へ向かおうとした時、聞き覚えのあるパタパタとした足音が聞こえてきた。

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