第21話 暁蕾、お腹を空かせる

 侍女は暁蕾シャオレイを部屋に押し込むと、バタンと扉を閉めた。


(えっ?ここで待てってこと?)


 それきり部屋には誰も入ってこない。何の説明もなく途方に暮れる暁蕾だったが椅子に座って待つことにした。部屋の外からは相変わらず人が行き交う音がしている。まだ女官の選考は続いているのだろう。残りの二人が不合格を言い渡された一方、暁蕾が残されたことからおそらく自分は合格したのだろうと暁蕾は思った。


 ただ名前と簡単な自己紹介をしただけで暁蕾シャオレイが選ばれる理由が見当たらない。秀英シュインがあらかじめ手を回してくれたとしか思えなかった。そんなことを考えながら待っているとやがて、鐘楼の鐘がゴーンと鳴る。正午を知らせる鐘だった。


(そう言えばお腹空いたな)


 ガチャリと部屋の扉が開いて誰かが入って来た。慌てて扉の方を向くとこちらに向かってくる侍女、青鈴チンリンが見えた。苛立っているのか眉間にシワが寄っている。


「ああ、まったく運の強い女ね」


「私が選ばれたのですか?」


 青鈴チンリンはフンっと鼻を鳴らした。


「この部屋にいる合格者を連れてくるように言われたわ。他に誰かいるの?」


「いえ、私だけです」


「ならさっさとついて来て」


 吐き捨てるように言う青鈴チンリンについて大広間へ戻る。選考はすでに終わったのか、翠蘭スイラン妃や侍女、応募した女官たちの姿はそこにはなかった。大広間をそのまま通り過ぎて紅玉こうぎょく宮の回廊を進んでいく。


 途中、女官たちがいる部屋に立ち寄り火のついた蝋燭ろうそく燭台しょくだいを受け取った。青鈴チンリンは、蝋燭を暁蕾に手渡し持ってくるように告げる。朝、大広間に向かう途中に見えた庭園の隣を通り、渡り廊下をいくつか通った後、地味な白壁の建物に突き当たった。


 よく見ると建物の床が柱で地面から持ち上がっている。どうやら目の前にある建物は倉庫のようだ。


「着いたわ。ここがあなたの仕事場よ」


 青鈴チンリンが振り向いて言った。


 (雑用って言ってたから、炊事とか洗濯と思ってたけど違うのね)


 倉庫の入り口は錠前で鍵がかかっているようで、青鈴チンリンが懐から鍵を取り出して扉を開けた。


 暁蕾は、青鈴チンリンと共に倉庫の中に足を踏み入れる。倉庫の天井はとても高い。明かり取りの窓があることはあるのだが、かなり高い場所にあるので倉庫の下半分には光が届いていない。暁蕾は青鈴チンリンが蝋燭を用意した理由を理解した。


 暁蕾は薄暗い前方を蝋燭の明かりで照らしてみる。倉庫の中は物であふれていた。木製の箱や陶器類が床にそのまま置かれている。同じく木製の棚には大量の書類の束や木簡もっかん、丸まっているであろう絵画、ホコリを被った装飾品も置かれている。


「ここで仕事をするのですか?」


 燭台を壁の留め具に引っ掛けながら暁蕾が聞くと、青鈴チンリンは口を歪ませる。


「少し違うわね。ここを片付けるのが仕事なの。翠蘭スイラン様はね、とても綺麗好きなのよ。こんな倉庫はあってはならないの。まずはこの倉庫にあるものを綺麗に片付けてちょうだい。それからここにある品物の目録を作りなさい。まあ、そんなに大したものはないと思うのだけど」


 なるほどと暁蕾は納得した。翠蘭スイラン妃から倉庫の片付けを依頼されたものの誰もやりたがらなかったので、南宮の女官にやらせることにしたのだろう。であればわざわざ大袈裟な選考会を開く必要はなかったと思うのだが、紅玉こうぎょく宮の力を見せつけたかったのだろう。


「お言葉ですが、これをひとりでやるのですか?」


「おや?あんた、私に言ったわよね? 皇帝陛下が倹約令を出されたって。仕事は重要なものに人手をさかなければいけないの。倉庫の整理に人手をさくのは無駄だと思わない?」


青鈴チンリンが、してやったり、といいう感じでニヤリと笑った。この間、暁蕾にやり込められた仕返しなのだろう。


 もしかしたら、暁蕾が選ばれたのは青鈴チンリンの推薦があったからなのかもしれない。暁蕾は何も言い返さなかった。


「じゃあ、後は任せたわね」


 黙っている暁蕾を見て、仕返しに成功したと思ったのか青鈴チンリンは満足げな表情で立ち去った。


 (困ったわね。この仕事は噂の検証に向いてないわ)


 噂は人の口を介して拡がるものだ。紅玉宮こうぎょくきゅうの女官と話すことが出来ないと情報も入ってこない。


(それにしてもお腹減ったなー)


 昼食抜きで仕事に取り掛からないといけないのだろうか? さっき蝋燭をもらった部屋に行って何か食べ物をもらってこようか? などと考えていると廊下をこちらに向かって歩いてくるパタパタとした足音が聞こえてきた。

足音が聞こえてくる方を見ると、小柄な可愛らしい女官が回廊のかどを曲がって来るところだった。


 女官は、暁蕾の前まで来ると手に持った袋を差し出した。


「昼食の包子パオズです。青鈴チンリン様があなたに持っていくようにと」


「ありがとう。お腹ペコペコだったの。今日からこちらで働くことになった暁蕾シャオレイです。よろしくね」


 女官はクリクリとした目で興味深そうに暁蕾を見つめている。


美麗メイリンです。こちらこそよろしくね」


 美麗メイリンは扉が開いている倉庫に目をやると「わーっ」と声を上げた。


「この倉庫の扉が開いているところ初めて見たかもー」


「初めて?」


「うん、初めてだよ。とは言っても私は紅玉宮こうぎょくきゅうに来てまだ1年なんだけどね。ねえねえちょっと中を見せてもらっていい? あっ! ごめん、お腹空いてるんだよね。包子食べてていいよ」


 美麗メイリンは薄桃色の襦裙をひらひらさせながら言う。元気な子だな、と暁蕾は思った。

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