第18話 暁蕾、報告を行う

砂狼さろう国か……お前、董艶トウエン妃に会ったのだろう? どうだった?」


 秀英シュインにそう問われ、暁蕾は記憶をたどる。董艶トウエン妃は、何もかもが暁蕾の持つ常識の範疇はんちゅうを超えていた。


 美しく均整の取れた体。長い手足。怪しい光を放つ肌色。見た目が美しい貴妃なら溏帝国にはたくさんいる。だが、美しさの質が違う。見たものの心をざわつかせる美しさとでも言うのだろうか。もちろん見た目だけではない。腹の底に響く声音こわねで発せられる異国の言葉。まとっている禍々まがまがしい雰囲気。


 彼女は本当にこの世の人間なのだろうか?董艶トウエン妃との出会いが本当は夢だったのではないかという気さえしてくるのだった。


「どうした? ぼーっとして」


秀英シュインの言葉で暁蕾は現実に引き戻された。


「申し訳ありません。董艶トウエン様をどのように言い表せば良いのか、言葉が見つからないのです」


「ああ、あの方を我が国のことわりで推しはかることはできないだろう。ただ、彼女はあくまでも砂狼さろう国の姫だ。本来なら我が国の皇族と婚姻を結んでもおかしくはないのだ」


 そのことについては、暁蕾も疑問に思っていた。友好国から贈られた姫であれば皇族の妃となってもおかしくない。決して身分が高いとは言えない婕妤しょうよとして後宮入りしていることに違和感を感じていたのだ。董艶トウエン妃が溏帝国の伝統やしきたりを無視してあまりに自由に振る舞うので厄介払いされているのだろうと結論付けていた。


「先を続けろ」


 秀英シュインの言葉に促されて次の報告に移る。秀英シュインは溏帝国から砂狼さろう国へ贈られたもうひとりの人質の話には触れる気がないようだった。


「次の火舎かしゃ国についてはあまり情報がありませんでした。彼の国は我が国の技術や制度を学ぼうと留学生を送って来ておりますが、同時に我が国の公主を降嫁こうかするよう求めているようです」


 公主とは皇帝の娘のことである。要するに国同士の政略結婚の申し出であったが、対等な関係での政略結婚というよりは、親戚関係になることによって溏帝国から守ってもらおうという意図があるのであった。


「皇帝陛下には御子がいらっしゃらないからな。対応に困っておいでのようだ」


「皇族の姫を贈るとの話もあるようですね」


「ああ、そうだ苦肉の策ってやつだな」


 皇族の娘で火舎かしゃ国が納得するかどうかはわからないが、前例はいくつかあるようだった。


「次に纏黄てんおう国についてですが」


 火舎かしゃ国についてはそれ以上話が広がりそうもなかったので、暁蕾シャオレイは次の説明に移ることにした。


纏黄てんおう国か……」


 秀英シュインの表情があからさまに曇る。やはり我が国にとって目先の脅威は纏黄てんおう国なのだろうと暁蕾は思った。


纏黄てんおう国はいくつもの部族が覇権を争っておりましたが、今から10年前、迦楼羅汗カルラハンが部族を統一し自らの国を纏黄てんおう国と称しました。彼の国は度々我が国の領土に侵入して略奪を行なっております。またその騎馬兵は強力で我が国の守備隊も手を焼いているようです」


 「纏黄てんおう国っておっかないよねー。あいつらの騎馬隊が通った後は草木一本残らないって言われてるしさー。しかも我が国からの和平交渉にも全然耳を貸さないって言うんだから困っちゃうよねー」


 それまで黙って話を聞いていた雲嵐うんらんが突然口を挟んできた。ヘラヘラした態度にイラついたのか秀英シュインの眉間に皺がよる。


迦楼羅汗カルラハンとはどのような方なのでしょう?」


「それがねー、なんでも神の生まれ変わりと言われているらしいよ。10代で部族長になってから次々に他の部族を打ち負かしてあれよあれよという間に国を統一しちゃったんだからすごいよねー」


 暁蕾の問いに雲嵐うんらんは楽しそうに答える。


「感心してる場合じゃないだろ。我が国は略奪の被害を受けているんだぞ」


 秀英シュインは横目で雲嵐うんらんを睨みつけるが雲嵐うんらんが意に介した様子はなかった。


纏黄てんおう国は、他国を侵略して領土を拡大しようとしているのでしょうか?もしそうなら武器が不足しているのでは?」


「我が国の領土で起こっている飢饉ききんの話は知っているか?」


 秀英シュインは暁蕾の質問には答えず、逆に質問を返してきた。暁蕾は記憶の検索を行なって情報を探った。


「数年前から北部の州を大寒波が、南部の州は洪水と干ばつが襲って農作物の収穫が十分にできず、多数の餓死者が出ているのでございますね」


 情報を元に暁蕾が答えると秀英シュインはうなずいた。


「そうだ、そしてこれは我が国だけの問題ではないのだ。纏黄てんおう国は家畜の放牧によって食料を得ている。だが大寒波によって家畜の餌が確保できなくなった。もちろん寒さで凍死者も多数出ただろう。奴らがより暖かい南の領土を求めて移動を開始してもおかしくはないのだ」


(なるほど、纏黄てんおう国が我が国を襲ってくるのにもちゃんとした理由があったのね)


「やはり、纏黄てんおう国についてもっと調べる必要がございますね」


「そうだな。他に話はあるか?」


 暁蕾はためらった。玲玲リンリンが噂好きの女官から聞いた噂について話すべきだろうか?だが選択の余地はなさそうだった。現時点でこの噂話こそが武器横流し事件に関する最も役立ちそうな情報だったからだ。


「これはあくまでも噂話なのですが、そのことをご理解いただいた上でお聞きください」


 暁蕾の前置きに秀英シュインは「わかった」と答える。


翠蘭スイラン妃の実家である劉家が、他国に武器を売って利益を上げているとの噂が後宮で流れております」


 秀英シュインの眉がピクリと動いた。

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