第16話 暁蕾、噂を検証する

「なぜそんなに翠蘭すいらん様にお金があるのかって話なんだけど……」


 ここで、女官はいっそう小声になった。


「実家の劉家が商売で大儲けしたらしいのよ」


「へ、へー。そうなんだ」


 女官は、やや棒読みで相づちを打つ玲玲リンリンの耳に、口唇を近付けるとささやくように言葉を続けた。


「他国に武器を売ってるんだって」


 (えっ! 武器? それって……)


 暁蕾の話によると董艶トウエン妃が泰然タイラン様の所へ持っていくように命じた発注書は、泰然タイラン様が捕えた、武器を横流ししていた兵士が持っていたものと同じだったとのことだ。


 泰然タイラン様は董艶トウエン妃がこれを自分のところに持って来させたのは再度、武器横流しが行われているので調べよとの依頼だとおっしゃられたそうだ。


 暁蕾は今日、皇城の書庫に行って武器横流しについて調べている。玲玲リンリンの仕事は炎陽宮えんようきゅう泰然タイラン様の手紙を持っていくことだったが、まさかこんなところで関係ありそうな話が出てくるとは思わなかった。


「あの、その他国とはどこなのでしょう?」


「それは知らないわ」


 女官の返答はそっけなかった。そんなことには興味がないという感じだった。


「ねえ、知ってる。武器っていうのはね、勝手に他国には売ってはダメなの。確か皇帝陛下の許可がいるんじゃなかったかしら。もし皇帝陛下が劉家に武器を売ることをお許しになったのなら、それだけ劉家の力がすごいということなの。その劉家出身の翠蘭スイラン様が皇太后様に贈り物をされた」


 ここで女官は言葉を切ってニヤリと笑った。


「どうすればいいかもうわかるでしょ」


 玲玲リンリンと女官が話をしているすぐ近くの廊下を別の女官たちが慌ただしく通り過ぎていった。


「あ、いけない!お使いを頼まれていたのだったわ」


 女官はわざとらしく言うと、気が済んだのかスッキリとした表情で去っていった。


 今聞いた話を暁蕾にも伝えよう。暁蕾ならきっと役立ててくれるはずだ。そう思いながら玲玲リンリンは、作業部屋へ急いだ。


 ※※※※※


「あーっ、何にもわかんなかったー。結構がんばったのにー」


 書庫から戻った暁蕾は大きく背伸びをする。そこにちょうど玲玲リンリンが帰ってきた。


「お帰りなさい」と声をかけると、玲玲リンリンは何かを言いたげに暁蕾の方を見ている。


 (きっと董艶トウエン妃に会えなかったのね)


「ただいま、暁蕾シャオレイは今帰ってきたの?」


「うん、けど手がかりは見つからなかったんだ」


「そっかー、私も手紙を侍女に渡したらそれで終わり」


 暁蕾と玲玲リンリンはお互いの顔を見つめ合っていたが、浮かない顔をしているのが何だかおかしくなりどちらともなく笑い出した。


「ハハハハッ、まだ始まったばかりだから仕方ないよね」


 と暁蕾が言うと


「フフフ、私、まだ手紙持って行っただけ」


 と玲玲リンリンが答える。こんなことで落ち込んでバカみたいとふたりで笑った。


「私、新しい噂仕入れた」


 ひとしきり笑ったあと玲玲リンリンがボソッと言う。


「そうなんだ。玲玲リンリンは情報通だね。私にも聞かせてよ」


 玲玲リンリンは顔をほころばせると、炎陽宮えんようきゅうからの帰り道、噂好きの女官に捕まり翠蘭スイラン妃に関する噂を無理やり聞かされたことを話し始めた。


「役に立ちそう……かな?」


 話終わった玲玲リンリンは少しだけ心配そうな顔になった。


 玲玲リンリンが聞いた噂の要点について暁蕾は頭の中で整理した。暁蕾が注目したのは以下の点だった。


 ・後宮では皇太后派と皇后派が権力争いをしている


 ・紅玉こうぎょく宮の翠蘭スイラン妃から皇太后様に高価な贈り物があった


 ・翠蘭スイラン妃の実家である劉家が他国に武器を売って利益を上げた


 ・他国に武器を売るには皇帝陛下の許可が必要


 暁蕾は特技の記憶検索を実行して、玲玲リンリンの話から今回の武器横流し事件について突破口になりそうな情報がないか探ってみた。


 (他国へ武器を売るのに皇帝陛下の許可が必要というのは本当ね。律令にも武器の輸出については皇帝陛下のみが決定できると書かれているわ。でも本当に許可したのかしら?)


(それに劉家って幅広く商売をしてるみたいだけど、武器を取り扱っていたかしら?これは情報がないわね)


「ありがとう、玲玲リンリン!すごく役に立ったよ。もう一度調べる材料ができたわ」


 暁蕾の言葉を聞いた玲玲リンリンの表情がぱあーっと明るくなって頬も赤く染まった。


「よ、よかった。私もっと噂集めてみる」


 思ったことをずばずばと言ってしまう暁蕾とは違い、玲玲リンリンはあまり自分の意見は言わない。だが人の話は嫌な顔をせずに最後まで聞く。噂好きの女官に限らず話しかけられる場面を暁蕾はよく見かけた。


(やっぱり紙や書物だけじゃなくて、人から直に聞く情報も重要ね。玲玲リンリンがいてくれてよかった)


 それから数日の間、暁蕾は天三閣へ通って文書を読み続けた。一方、玲玲リンリンもいろいろな女官に話を聞いて回っている。なかなか情報が得られずに暁蕾も焦り始めていた時のことだった。暁蕾は秀英シュインからもらった魚符のことを思い出した。


『今回の仕事で困ったことになったら御史台ぎょしだいへ来い』と秀英シュインは言った。董艶トウエン妃の侍女から今回の件について口外するなと言われているが、秀英シュインはある程度事情を把握しているようだった。事情を細かく話さなくても助けてくれるのではないだろうか、と暁蕾は思った。


(よし、行ってみよう!)


 とうとう決心して暁蕾は御史台ぎょしだいにいる秀英シュインの所へ行くことにした。御史台は皇城の一番東側にある。泰然タイランがいる備品係の部屋からは少し離れており、後宮から見ると一番遠くであった。


 玲玲リンリンに事情を説明すると快く同意してくれた。いつもの通用口を通り官庁街である皇城と皇帝陛下がいる宮城を隔てている壁に沿って東へ進む。初めて後宮に来た時にも見かけた青龍門せいりゅうもんの大きな朱色の柱と美しい装飾を眺めながら進んでいくと、御史台がある白壁に囲われた建物の門までやって来た。


 

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