第15話 暁蕾、特技を使う

 部屋には木製の棚があり、糸で閉じた書類と外交関係の本が平積みになっている。パッと見では内容がわからないので一冊づつ手に取ってみるしかない。


 暁蕾は手近な一冊を手に取る。表紙には『砂狼さろう国』と書かれていた。紙の状態があまりよくないので、気を付けないと破れてしまいそうだ。


 暁蕾は、注意しながら紙をめくっていく。一冊めくり終わると次の一冊に取りかかる。その棚にあった二十冊をすべてめくり終えるのにかなり時間がかかってしまった。


 (それじゃあ、やりますか!)


 実のところ暁蕾は目で追った文字を読んでいない。ただ何も考えずに眼球に映像を写しただけなのだ。ここからが暁蕾の本領発揮であった。


 暁蕾の脳内にいま取り込んだ情報が整理された状態で浮かび上がってくる。


『前皇帝歴◯◯年、紗州さしゅうにて溏帝国と砂狼さろう国が交戦。双方に大きな損害あり』


 これは、暁蕾も知っている情報だった。安慶から遠く離れたはるか西方での出来事だったので、安慶の住民の関心は低かったが、当時、溏帝国最強と言われた紗州騎兵が大苦戦した戦いだ。


『溏帝国皇帝と砂狼さろう国の王が会談を行い、休戦条約が結ばれた。そのときお互いに人質を交換するすることが決まった』


 (人質を交換? 董艶トウエン妃の代わりに溏帝国からも人質が送られたの?)


 これは暁蕾も知らなかった情報だった。おそらく公表されてないはずだ。


 (でも、武器横流しには関係ないかも)


 暁蕾は、隣の棚に移動して書類を手に取る。今度は表紙に『火舎かしゃ国』と書かれている。


 (火舎かしゃ国かー、よくわからないのよね)


 暁蕾が自分の記憶を探っても火舎かしゃ国の情報はほとんどなかった。それだけ急速に勢力を伸ばしてきたということだろう。


 今度はさっきの砂狼さろう国とは違い書類の数が少ない。半分の十冊しかなかった。暁蕾は息をフーッと吐き出すと、一気に書類をめくっていく。


『火舎国は、溏帝国の進んだ技術や制度を学ぼうとしきりに留学生を送って来た。一方で自国に公主こうしゅを送るよう溏帝国へ求めた』


 (公主こうしゅかー。こっちは政略結婚ね)


 公主とは、皇帝の娘のことだ。要するに皇帝の娘を火舎かしゃ国の王族の嫁として欲しいという要求なのだ。前皇帝の時代には何人かの公主が隣国へ嫁いでいった。だが、現皇帝のジュ 楚成ジングルには子がいない。よって皇帝の実子ではない娘を公主として嫁がせることが検討されているらしい。


(うーん、これも横流しとは関係なさそうね)


 暁蕾シャオレイはひと休みした後、最後の棚に向かう。今度の棚にある書類には表紙に『纏黄てんおう国』と書かれている。同じ要領で書類の内容を頭に詰め込んだ。今度は砂狼さろう国と火舎かしゃ国のちょうど半分の15冊だった。


 さすがに頭に情報を一気に詰め込みすぎたのかクラクラとめまいがしてくる。


纏黄てんおう国の領土はいくつもの部族に分かれてお互いに争っていたが、10年前、迦楼羅汗カルラハンという族長が部族を統一し纏黄てんおう国と名前を改めた。民が黄色い布を頭にまとっているため纏黄てんおう国と呼ばれている』


(この国ヤバいんだよねー)


 纏黄てんおう国は統一前から交戦的で、たびたび溏帝国の領土に侵入しては略奪を繰り返していた。その騎馬兵はとても強力で溏帝国の騎馬兵では歯が立たず手を焼いていたのだった。


(うーん、一番怪しいのはここかなー。でもここに武器を渡すなんて略奪の手助けをしているようなもんよね。そんなことあるかな?)


 昼を告げる銅羅どらの音が響いた。夢中になって書類を読んでいたが気がつくと暁蕾のお腹はぺこぺこになっていた。いったん調査は中断して後宮へ戻ることにした暁蕾は衛兵に挨拶をしてから天三閣てんさんかくを後にした。


※※※※※※


 玲玲リンリンは、北宮から南宮へ続く渡り廊下をとぼとぼと歩いていた。たった今、炎陽宮えんようきゅうに行き泰然タイランの手紙を女官へ渡してきたところだった。おそらく暁蕾が炎陽宮えんようきゅうに行った時にも応対したであろう女官が出てきて手紙を受け取ると「ご苦労様でした」と一言だけ言って引っ込んでしまった。


 ただそれだけだった。もしかしたら董艶トウエン妃のところへ案内されるのではないかと内心ドキドキしていたのだったが、何も起こらなかった。やっぱり自分が紗州さしゅう出身の田舎者だから相手にしてもらえないのだろうか? そんな考えが浮かんできて気分が悪くなる。


 南宮の回廊に入ってしばらく進んだところでパタパタと前方から近づいてくる足音がした。


玲玲リンリン、ちょうどよかったわ。聞いて欲しい話があるのよー」


(うわ、今日はついてないなー)


 やって来たのはいつも玲玲リンリンを捕まえては噂話を延々と聞かせる女官だった。玲玲リンリンが断れないのをいいことにさまざまな話を無理やり話して聞かせるのだ。董艶トウエン妃に関する噂もこの女官から聞かされたのだ。


「さあ、こっちこっち」


 女官は玲玲リンリンを人目につかない柱の陰に無理やり引っ張っていく。


翠蘭すいらん様の話なんだけどね……」


 女官は辺りを気にしているようにキョロキョロし、小声になった。翠蘭すいらん様とは、紅玉こうぎょく宮の貴妃で黒河こくが州を治める劉家の娘である。先日、発注書の件で苦情を言ってきた侍女、青鈴チンリンの主人でもあった。

 

「最近、皇太后様に高価な贈り物をしてるんですって。もしかしたら皇太后様の派閥に入られるのかしら?ねえどう思う?」


 後宮が皇太后派と皇后派にわかれて権力を争っていることは玲玲リンリンも知っていた。だが田舎出身の自分には関係ない事だと思っている。


「ごめんなさい。私、難しいことわからない」


 玲玲リンリンの返答が不満だったのか女官は眉根を寄せた。


「だめよーそんなことじゃ。どちらの派閥に入るかで私たちの将来が決まるのよ。もっと真剣に考えなきゃ!」


「な、なるほど。参考にする」


 (ううっ、話を合わせてしまった。ハッキリと自分の意見が言えないからこんな目にあうのに。暁蕾みたいに自分の意見がちゃんと言えればなあ)


「それでね、まだあるのよ」


 玲玲リンリンの気持ちなどお構いなしに女官は話を続ける。 

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