第13話 暁蕾、再び受け取る

 暁蕾の笑顔を不気味に感じたのか、泰然タイランは、ゲッと苦い表情になった。


「申し訳ありません。董艶トウエン様のご指名なのです。こちらを泰然タイラン様に渡すようにと」


 嫌がっている泰然タイランに構わず、机の上に董艶トウエン妃から預かった発注書を置いた。


「董艶だと!」


 泰然タイランは露骨に顔をしかめた。いやいやながらという感じで筆を机に置くと発注書を手に取る。発注書を見る泰然タイランの目が細くなり、眉間に皺がよった。


暁蕾シャオレイ、お前、これの意味わかってるか?」


「わかりません。董艶様は後宮でいくさでもされるのでしょうか?」


董艶トウエン殿はこれを俺のところへ持っていって、それからどうしろと言われた?」


泰然タイラン様とよく相談するようにと、言われました」


 泰然タイランは天井を見上げてため息をついた。


「つまり俺に丸投げってことか。あの方らしいと言えばそれまでだが」


「あの、私には話がよく見えないので、教えていただけますか?」


 泰然タイランはその巨体にしては素早く、椅子から立ち上がると部屋の入り口から顔を出して外を見回した。


「誰もいないな……。よし、いいだろう。まだ全部は教えられないが何も知らんと危ないからな、近くに来い」


「えーっ」


 以前に比べてかなり清潔感を取り戻した泰然タイランだったが、脂ぎったおっさんなのは間違いない。暁蕾は露骨に嫌な顔をした。


「あーそうか、そうか、知りたくないのか。じゃあこれを持って帰れ、帰れ」


「冗談ですよ」と言いながら暁蕾は泰然タイランの隣に座った。風貌に似合わず泰然タイランは繊細なのかもしれない。


「我が国を守る兵士の装備について何か知っているか?」


 暁蕾は首を横にふる。


「この発注書に書かれている品物は兵士ひとり分の装備品を表している。硝石と硫黄は違うがな。ところがだ、良く見ると我が溏帝国の装備品と微妙に違うのだ」


「どういうことですか?」


 泰然タイランは発注書に書かれている項目を指で指し示す。弓10張、矢360本の項目のところだ。


「我が国の兵士は、基本的に国を異民族の侵入から防ぐことを想定して組織されておる。なので個人の装備としては槍や刀剣を手近に置いておくのが一般的だ」


 暁蕾は、溏帝国の歴史と現在の広大な領土を思い浮かべた。その強大な軍事力で領土を拡大し続けた溏帝国は前皇帝の治世において歴史上、最大の領土となった。一方、西方に細長く領土が延びたことにより守るべき国境線の長さは膨大なものとなっている。


 現皇帝は膨らんだ軍事費を削減するため領土の拡大から現在の領土を守ることに舵を切った。よって兵士の装備も他国の侵略時に騎兵が多く使う弓から槍や刀という近接戦闘用の武器を重要視するようになった。


「つまりこれは我が国の一般的な装備ではなく、他国に侵略するための装備だということですか?」


「おお、ものわかりが良いな」


「ですが、泰然タイラン様。この発注書を見てそこまでのことがわかりますか? 剣や槍などの数は意味がなくて適当な数字を書いてあるだけかもしれないじゃないですか?」


 暁蕾の問いに泰然タイランはフッと鼻を鳴らした。


「それがな、わかるのだ。なぜなら俺はかつて、これと同じものを見たことがあるからだ」


「ええっ、そうなんですか? いったいどこで見たのですか?」


 身を乗り出してくる暁蕾に気圧されてか、泰然タイランは巨体をのけ反らせた。


「順を追って話すぞ」


 そう言って泰然タイランは説明を始めた。泰然タイランがまだ諌議大夫だったとき、泰然タイランの元へ一つの情報がもたらされた。その情報とは我が国の武器が隣国に横流しされているというものだった。泰然タイランは極秘に捜査を開始、やがて横流しの実行犯である辺境の兵士を捕らえた。


「その兵士が持っていたのが、これと全く同じ内容の発注書だったのだ。つまりこれは他国に横流しするための発注書そのものだ」


「えっー、じゃあ董艶トウエン様が隣国に武器を横流ししようとしているということですか?」


「バカを言うな、それなら俺の所へ持っていけなどと命ずるわけがあるまい。これは俺への依頼だ」


「依頼?」


 暁蕾は頭をめぐらす。前回も泰然タイランは情報をもとに横流しの犯人を捕らえることに成功している。もしやその情報を泰然タイランに流したのは――


「前回、泰然タイラン様に横流しの情報を伝えたのは、董艶トウエン様なのですね!」


 興奮気味の暁蕾に対して、泰然タイランは人差し指を唇にあて「静かに」と言った。


「声が大きいぞ。誰かに聞かれたらどうする。だがまあ、お前の言うとおりだ。あの時も、お前と同じように炎陽宮えんようきゅうの使いの侍女が発注書を持ってきおった。それからその侍女を通じて情報のやりとりをして、横流し犯をとらえることが出来たというわけだ」


 暁蕾はようやく今回の一件に関する全貌が見えてきたような気がした。だがまだいろいろと疑問が残る。


「でも、董艶トウエン様はなぜこのようなまわりくどいやり方をされるのでしょう? 直接泰然タイラン様に捜査を命じられればよろしいのでは?」


 暁蕾の言葉に泰然タイランは首を横にふる。


「暁蕾……、一回しか言わんと言ったが、わかっとらんようなのでもう一度言うぞ。『宦官について調べるな』だ。」


「つまり、この横流し事件には宦官が関係しているということですね」


 泰然タイランはうなづいた。


「よいか、あやつらの目、耳はそこらじゅうに張り巡らされておる。細心の注意をはらって事を進めたのに、俺はこのざまだ。このやり方はやつらの目と耳をごまかす苦肉の策なのだ」


「でもどうやって董艶トウエン様は武器の横流しが行われていることを知ったのでしょうか? それに武器の横流し先の隣国とはどこなのですか?」


 部屋の外にある廊下から足音と女官の笑い声が聞こえた。そろそろ夕食の準備が始まる時刻だ。


「長く話しすぎた。今日はここまでだ。とりあえず返事の書状をしたためるから炎陽宮えんようきゅうへ持って行け」


「かしこまりました」


 受け取って部屋を後にしようとすると、「ちょっと、待て」と呼び止めれる。腰のあたりをゴソゴソと探っていた泰然タイランが小さな木の板を差し出した。


魚符ぎょふ……ですか?」


「そうだ、これを持って皇城の書庫へ行き、我が国と隣国の関係について調べて来てくれ。この魚符を持っていれば文書を自由に見ることができるはずだ」


 秀英シュインの魚符を使う前に、またしても魚符を受け取ってしまった。男とは自分が役立つと示すために何かを渡したがる生き物なのだろうか? 暁蕾はなんだか複雑な気持ちになった。

 

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