第12話 暁蕾、再会する

「えっ、いいの?」


 暁蕾は慌てて聞き返した。


「私、暁蕾のおかげで仕事だいぶ慣れてきた。そろそろ役に立ちたい」


「でも危険な目に合うかもしれないんだよ」


「大丈夫、ふたりでやればきっとなんとかなる」


 暁蕾を見つめる玲玲リンリンの瞳は、いつもの眠たそうなものではなかった。強い意思を感じさせる光を放っている。


「わかった、いっしょにやろ!」


 暁蕾も意を決したように明るく答えた。


 (さて、やると決まれば早速行動ね)


 まずは董艶トウエン妃から預かった発注書をシュー泰然タイランの所へ持っていかなければならない。


「私が皇城に発注書を持っていくわ。その間、ここでの仕事をまかせるわね」


 せっかくふたりで力を合わせて仕事をすると決めたのだから、皇城にもいっしょに行きたいところだったが、作業部屋を留守にするわけにはいかないし、通常の仕事もおろそかにできない。


 ここはやはり分担作業だ。暁蕾シャオレイは発注書を手にいつもの通用門へ急ぐ。門を通り抜けたところで異変に気が付いた。


 目の前に誰かが立っている。とても背の高い男。


 ――フー 秀英シュインだった。


 「出たっ! 屁理屈女」


 秀英シュインの発した失礼な言葉に内心ムッとした暁蕾だったが、ひざまづき拝礼する。


「お久しぶりです。フー 秀英シュイン様。屁理屈女ではなく、暁蕾シャオレイでございます」


 口ごたえなど畏れ多いのかもしれないが、まあいいだろう。


「相変わらずだな、お前は、もう立っていいぞ」


「失礼します」


 すっくと立ち上がると覗き込んでいた秀英シュインとまともに目が合ってしまった。


 (うわっ! それ反則だよ)


 琥珀色の瞳に思わず吸い込まれそうになり、口を開けたまま固まってしまう。暁蕾は自分が異性に対してそんな反応をしてしまうなど思ってもみなかった。


 自分の気持ちをよく理解できないことなどないと思っていた。たが今は……自分の感情を表現する言葉が見つからなかった。


 ――ときめき


 なのだろうか?


「どうした? 何を突っ立っている?」


「いえ、なんでもございません」


 秀英シュインは、片方の眉をあげると肩をすくめる。


「そうだ、ちょうど良い。お前に尋ねたいことがあったのだ。少しの間よいか?」


 思い出したように秀英シュインが言うので「はあ、なんでしょう?」と答える。


「お前、董艶トウエン妃に呼び出されただろう。何か命じられたのではないか?」


 胸の鼓動が急速に速まる。なぜ秀英シュインがその事を知っているのか?


 驚いて言葉を失っている暁蕾の様子に気が付いたのか、秀英シュインはニヤリと笑う。


「口外するなと言われたか? ならよい、ここからは俺の独り言だ」


 秀英シュインは少しだけ真剣な表情となり言葉を続ける。


董艶トウエン殿は少しだけやりすぎたな。お前だけに背負わせるには少々荷が重い命令かもしれん」


秀英シュインの言わんとすることがわからず、暁蕾は困惑していた。


「あの、恐れながら御史大夫様のおっしゃりたいことがよくわかりません」


 秀英シュインは、何事か思案するようにあごに手を当てた。


「御史大夫の――、いや、俺の仕事はこの溏帝国のまつりごとを正すことだ。もし国の進んでいる道が間違った方向へ向かっているなら正しい道へ戻さねばならん。董艶殿の真意は俺の預かり知るところではないが、今のところ俺と董艶殿の利害は一致しているようだ」


「それは……いったい……どういうことですか?」


「お前が命じられたことは俺の仕事にも無関係ではないということだ」


 そう言うと秀英シュインは官服の腰にぶら下げた魚袋ぎょたいといわれる袋から小さな木の板を取り出した。


「これは魚符ぎょふと言って身分を証明するためにあるものだ。もし今回の仕事で困ったことになったらこれを持って御史台ぎょしだいに来い」


 秀英シュイン暁蕾シャオレイの手を持つと魚符を握らせた。秀英シュインの手はその細身の体に似つかわしくない大きくがっしりとした手だった。暁蕾は手が触れ合った瞬間、顔がカッと火照るのを感じた。


 呆然としている暁蕾の横をすり抜けた秀英シュインの姿は通用門の向こうへ消えた。結局、聞きたいことは何ひとつ聞けず、疑問だけが残ってしまった。


 暁蕾の手には、小さな魚符と秀英シュインの手の感触だけが残っている。秀英シュインの言葉を思い出して頭を整理してみる。秀英シュインは暁蕾が炎陽宮えんようきゅうへ行って董艶トウエン妃に会ったことだけではなく、仕事を命じられたことも知っていた。さらにその仕事は御史大夫である秀英シュインの仕事にも関係しているという。


 秀英シュインは困ったことになったら御史台に来いと言ってくれた。暁蕾たちを助けてくれるつもりがあるということだろう。琥珀色の瞳を思い出して、少しだけ心強い気持ちになる。


 皇城にあるシュー泰然タイランの部屋では、泰然タイランが机に向かって筆を動かしていた。


泰然タイラン様、こんにちは」


 暁蕾が声をかけると泰然タイランは筆を持ったまま、目だけで暁蕾シャオレイの方を見た。


「おう、暁蕾か。今日は筆が進むのでな、ちょっと待ってろ」


 泰然タイランの足元の床に目をやると、文字がびっしりと書かれた紙が何枚も落ちている。


「また、上奏文を書かれていたのですか?」


「またとはなんだ、またとは。ちゃんと備品管理の仕事もしておるぞ」


 何度もこの部屋に通ううちに、泰然タイランとも次第に打ち解けてきた。最近では気軽に世間話も出来るようになった。


「あのー、泰然タイラン様。面倒な話を持って来ました」


 泰然タイランの筆を持つ手がピタリと止まる。


「ならん、ならんぞ。それ以上聞きたくない」


 慌てる様子の泰然タイランを見て、暁蕾はニッコリと笑顔を返した。



 

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