第11話 暁蕾、仕事を命じられる

「バイファ コアーブキイル ドールコ」


 董艶妃が言葉を発したがなんと言っているのか聞き取れなかった。いや、聞き取れたとしても理解できなかっただろう。『聞いたことのない異国の言葉で話す』、暁蕾は玲玲リンリンから聞いた董艶トウエン妃の噂を思い出した。


「申し訳ありません。今なんとおっしゃったのか、聞き取れませんでした」


「急ぎすぎる駱駝らくだは穴に落ちる」


 抑えた声音で董艶トウエン妃が答える。


 (私が急ぎすぎているということ?)


「失礼しました。ご事情がおありということですね?」


 暁蕾は、西方からの商人が駱駝らくだという馬に似た生き物に乗って、安慶の通りを歩いているのを見たことがあった。駱駝らくだの歩みはゆったりとしていた記憶がある。おそらく普段ゆっくり歩いている駱駝が急ぎすぎると穴に落ちる、という意味の言葉だろう。


 転じて、物事の結論を急ぎすぎると失敗を犯すので気を付けろと言う戒めと思われた。


シュー泰然タイランと話をしたことはあるか?」


「えっ?」


 まさか、董艶妃の口から泰然タイランの名を聞くとは思っていなかった暁蕾はまたもや面食らった。


 (どうしよう? 正直に答えた方がいいのかな?)


「はい、ございます。この発注書を提出する皇城の窓口がシュー泰然タイラン様なのです。ですので発注書を受け渡しする時に言葉を交わしたことがあります」


 暁蕾は、一瞬迷ったが正直に答えることにした。宦官について忠告を受けたことは黙っておくことにする。


「あの男をあのような閑職に追いやったのは宦官じゃ。まだまだ使える男だというのに勿体無いのお。そなたもそう思うであろう?」


 (また宦官か、聞きたくなかったな)


 暁蕾は、言いようのない不安が胸に湧き上がってくるのを感じた。泰然タイランの忠告に従って関わらないと決めたのにまたもや面倒な話になりそうな予感がした。


「はい、大変優秀な方で前皇帝陛下も重用されたと存じております」


しかりじゃ。だがまだ終わっておらん。宦官どもは蛇のようにしつこいでの。そなたはわかっておらんようだから教えてやろう。宦官の片棒を担いでおるのはそなたたちじゃ」


 暁蕾は頭を殴られたような衝撃を覚えた。自分たちが宦官の片棒を担いでいる?全く身に覚えがないことで頭が混乱する。


「失礼ながら……滅相もありません。私どもはただの備品係です。そのようなことに加担するなどとんでもないことでございます」


 董艶トウエン妃があきれたようなため息をついた。


「嘆かわしいことじゃ。自分の身に災難が降りかかろうとしておるのに全く気がついておらん。まあよい、わらわは寛大じゃからのお。そなたたちを救ってやろうと思って呼び出したのじゃ。もちろんだだで助けてやるわけにはいかん、それ相応の対価が必要となる。わかっておろう」


 (わかってない、全然わかってないから)


「この発注書を泰然タイランのところへ持って行け。よいか、必ずこの董艶トウエンから直接命じられたと言うのだぞ。それとそれらの品が後宮の倉庫へ届けられるのを必ず自分の目で確かめるのじゃ」


「恐れながら董艶トウエン様。倉庫での検品と貴妃宮への伝達は宦官の仕事なので、私たちはしなくてよいと言われているのです」


「グドーリ ビドゥルス アルアビー ルー」


 (また異国の言葉、もういやっ)


「『宦官の言うことをそのまま信じるな』じゃ。後は泰然タイランとよく相談するがよい。下げるだけが頭の使い道ではなかろうて」


 董艶トウエン妃が侍女に発注書を渡し、侍女から再度、暁蕾が受け取る。厄介な発注書が手元に戻ってきてしまった。しかも面倒な仕事のおまけつきだ。


「下がれ」


 と命じられ暁蕾は炎陽宮えんようきゅうを後にする。暁蕾を応接室へ案内してくれた鋭い目つきの女官が見送ってくれる。


「わかっていると思いますが、ここで見聞きしたことは決して口外してはなりません。上司の氷水ビンスイであってもです。備品係の同僚とは共に協力して董艶トウエン様の仕事をせねばなりませんので話してもよいでしょう」


 女官はそう言い残すと炎陽宮えんようきゅうの門を閉じた。


 (宦官の言ったことをそのまま信じるな、か。そう言えば泰然タイラン様も同じことをおっしゃっていたわね)


 確かに宦官の言葉を鵜呑みにするなと言っていたが、同時に宦官のことを調べるな、とも言っていた。董艶妃の命令は宦官について調べることになるのではないか? だとすれば自分は危険な仕事をすることになる。


 北宮の殺伐とした雰囲気もあって南宮に戻る暁蕾の足取りも重くなった。暁蕾が帰ってくる足音を聞きつけて玲玲リンリンが部屋を飛び出してきた。


暁蕾シャオレイ、よかった! もう心配でたまらなかった」


「ありがとう、玲玲リンリン。この通り無事だよ」


 心配ないと両手を広げて見せる暁蕾に、玲玲リンリンはクシャッとした笑顔を向けた。


 (やだ、かわいい)


 普段、無表情な玲玲リンリンなだけに心を揺さぶられるものがあった。


「それでね、申し訳ないんだけど……かなり面倒なことになっちゃった」


 暁蕾は、炎陽宮えんようきゅう董艶トウエン妃と会ったこと、董艶妃から仕事を依頼されたこと、自分たちが宦官の片棒を担いでいると言われたことなどを順序立てて説明した。


 玲玲リンリンは「へーへー」と興味深そうに聞いていた。特に董艶トウエン妃の様子について興味津々という感じで身を乗り出してきた。


「と言うわけで董艶様に関する噂は半分はほんとで半分は間違いって感じかな。全然、筋骨隆々ではなかったし」


 (いや、半分じゃないか。九割本当かも)


董艶トウエン様から依頼された仕事の件なんだけど……」


「やろうよ! 暁蕾シャオレイ


 どうする? という言葉を暁蕾が発する前に元気な返事が返ってきた。 


 


  

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