第10話 暁蕾、悪女と会う
北宮の回廊で貴妃に仕える女官とすれ違う、その度に暁蕾は立ち止まって拝礼するのだが、まるで汚いものを見るような視線を向けられるだけで挨拶を返してくれる女官はいなかった。
(本当にイヤな場所! さっさと用事を済ませて帰ろう)
鮮やかな朱色に塗られた廊下を進んで行くとやがて
――
それは北宮にある他の貴妃の宮とは全く違う雰囲気をまとっていた。石の台座に見たことのない装飾を施された柱、屋根は奇妙な弧を描いており緑色の瓦で覆われている。建物の外壁は
暁蕾は、溏帝国の遥か西方にある
ややあって戸が少しだけ開いた。隙間から背の高い女官が顔を出した。
「何のご用でしょうか?」
事務的な口調で女官が言った。細く鋭い目に、高く尖った鼻、薄く色の薄い唇と飾り気のない顔が暁蕾を見下ろしている。
「私は、後宮の備品係で
「発注書?」
怪訝そうな表情になった女官はしばらく暁蕾を見つめていたが、やがて「しばらくお待ちください」と言って奥へ引っ込んでしまった。
なかなか女官が戻ってこないので不安になりかけた頃、やっと女官が戻って来た。
「どうぞ、中へお入りください」
女官は暁蕾を招き入れると応接間へと案内してくれた。
暁蕾が通された応接間の壁にも独特の書体で書かれた文字が幾何学的な配列で描かれている。床には動物の毛皮で出来た絨毯が敷かれていた。
奥の壁沿いに、西国風の意匠がこらされた大きな椅子が置いてあるが、まるで玉座のようだと暁蕾は思った。
廊下から応接間に向かって誰かがやって来る気配があった。衣擦れの音が聞こえてくる。侍女に続いて入室してきた女性を見て暁蕾は唖然とした。
見たことのない
露出している肌の色は褐色とまでは言えない薄い茶色だが、キメが細かいのかあやしく光を反射していた。女性の背丈はかなり高く五尺二寸(173cm)はありそうだった。
裙(スカート)は、青緑色と赤のひだが交互に重なり合って腰から下をふんわりと覆っている。最も驚いたのは頭部を覆っている黒い布だった。目の周辺だけを残して鼻、口、髪の毛まで全て覆われている。布の隙間からは大きな碧い瞳と目のすぐ上にある細い眉が見えた。
女性はゆったりとした動作で暁蕾の目の前にある椅子に腰を下した。
間違いない。この女性こそ、この
――
暁蕾は急いでひざまづくと拝礼を行う。
「備品係の女官、
うつむいた姿勢のまま名乗る。
「
腹の底に響くような重みのある美しい声だった。
暁蕾は言われるがままに頭を上げた。
――透明な、どこまでも透明な碧い瞳。
だが、その瞳の奥には覗いてはならないどす黒い
「わらわに聞きたいことがあるのであろう?」
「はい、
まさか、
暁蕾がうやうやしく差し出した発注書を侍女の1人が受け取り
「ふむ……これか。確かに我が宮が出したものじゃな。でこれがどうしたというのじゃ?」
どうしたもこうしたもないだろう、こんなもの受け取れないのです、と言い返したくなる衝動を暁蕾は圧し殺す。
「そちらの発注書に書かれている品はどれも後宮の生活に必要なものではございません。国を守る兵士にこそ必要なものでございます」
「硝石と硫黄もあるぞ、これは必要であろう?」
(違う! それが一番危険なのよ)
硝石と硫黄、そして木炭、これらを配合すれば火薬というものが出来る。まだ新しい技術であるが激しい爆発を引き起こす危険物だ。
「
「ほう、火薬を知っておるか。ならば話は早い。わらわは新しいものが好きでな、火薬とやらがどれほど役に立つのか知りたいのじゃ」
暁蕾は耳を疑った、後宮の貴妃が火薬を使ってみたいとは。
「では、こちらに書かれている品物は全て
暁蕾は床に視線を落とすとキッパリとした口調で言った。
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