第4話 暁蕾、仕事に取り掛かる

 氷水ビンスイの説明によると、暁蕾シャオレイ玲玲リンリンの仕事は後宮で必要な品物を皇城の役人へ発注すること、皇城から届いた品物の検品を行うことだそうだ。それなら何とかなりそうだと暁蕾シャオレイは少し安心した。また仕事が始まる前と終わった後に氷水ビンスイによる礼儀作法の授業があるとのことだった。


 礼儀作法の授業をまとめて行い、ある程度の儀礼が身についてから仕事に取り掛かれば良いのでは?と暁蕾は思ったのだが、おそらく後宮も人材不足なのだろう。もしくは仕事を通じて儀礼も学んでいくということなのかもしれない。


「私は他の女官の指導があるので、一旦ここを離れます。玲玲リンリン暁蕾シャオレイに仕事の内容を教えてあげなさい。夕刻、また戻ってきます」


 そう言って氷水ビンスイは立ち去ってしまった。薄暗い部屋には暁蕾シャオレイ玲玲リンリン、それから大量の書類の山が残された。


紗州さしゅうから来たなんてすごいね。安慶まで来るの大変だったでしょ?」


 玲玲リンリンは相変わらず眠そうな表情でこちらを見た。突然話しかけられて驚いたのか、口が半開きになって固まっている。


紗州さしゅうの馬……とても早い。だから大丈夫だった……」


(もしかしてこの子、人見知りなのかな?)


「私は安慶のはずれに住んでたんだ。父さんは尚書省しょうしょしょうの役人なの。ああ、役人と言っても全然偉くないからね」


「安慶は……すごく人が多い。それに食べ物もとても美味しい」


「そうか、そうだよね。人も物も帝国中から集まってるもんね」


 一瞬、近所の子供に学問を教えている時のことを思い出した。生徒にもいろいろな子供がいて活発で自己主張が強い子供もいれば、引っ込み思案でなかなか自分の意思を言葉にできない子供もいる。玲玲リンリンは、顔立ちはやや異国風で華やかな外見をしているのだが、控えめで人と話すのが苦手なタイプなのだろうと思った。


玲玲リンリンは、後宮に来てどれくらいになるの?」


「えっと……今日で3週間かな?。前の担当者が病気で仕事ができなくなり、ここに連れて来られた……の」


(3週間ということは玲玲リンリンも後宮での経験があまりないということね。それに病気で仕事ができなくなったというのも気になるわ)


「ねえ、玲玲リンリン、私たちの仕事を教えてもらっていいかな? 後宮で必要な品物の発注と届いた品物の確認だったわよね」


「わかった……仕事教えるよ」


 玲玲リンリンの説明によると、まず貴妃の侍女がそれぞれの貴妃が必要としている品物を紙に書いて持ってくる、それを品物ごとに集計して皇城の受付係に発注する。しばらくすると品物が後宮の倉庫に納品されるのでちゃんと納品されたか品物の種類と数を確認する。最後に品物が納品されたことを貴妃の侍女へ伝えて取りに来てもらう。とまあこんな具合だった。要するに倉庫の管理人のようなものだ。


「えっと……この書類の山は、もしかして品物の発注書なの?」


「そう……数が多すぎてなかなか進まない」


 暁蕾シャオレイは書類の山の一番上からめくっていき中身を確認してみた。書類には右から左への縦書きで上段に品物の名前、下段に必要な個数が記載されていた。


 ○○宮


 米 1しゃく

 油 2しょう

 蝋燭 50本


 というような書式で書かれている。


 暁蕾には見たものを瞬間的に記憶する能力があった。それだけではなく覚えた内容をもとに計算を実行し答えを弾き出すこともできる。本来なら算盤を使って1枚1枚足し算をしていくところなのだが、全部の書類に1回目を通すことで全容を把握することができた。


 いったい何故こんな能力が身についたのか?いつから出来るようになったのか暁蕾にはわからなかった。物心ついた時からすでに身について、周りの子供と自分が違うということがだんだんとわかってきたという感じだった。しかも、驚くべきことにこの能力は暁蕾が本を読んで知識を身につけるとどんどん進化しているようだった。


 (うん……同じ貴妃宮から何枚も提出されているし、発注したばかりの商品もすぐに再発注されているわね。それに品物の記載されている順番がバラバラだし、単位もバラバラだわ。これは手間が大変ね)


玲玲リンリン、ちなみにどれくらいの頻度で皇城へ発注しているの?」


「うう……あまり覚えていない。私、計算が苦手だからなるべくすぐに持っていくようにしている」


「そうかあ……」


 さらに細かく内容を聞いてみる。玲玲リンリンは前任者が病気でいなくなってしまったために業務の引き継ぎもなく手探りで仕事を始めたようだ。仕方がなく氷水ビンスイに助けを求めたが、教えてくれたのは品物を収める倉庫の場所や皇城の担当者がいる場所、貴妃付きの侍女との連絡の取り方など基本的なことだけで、後は自分で工夫してやるようにと言われたそうだ。


 後宮に知り合いもおらず、かといって他の女官に聞く勇気もなかった玲玲リンリンは試行錯誤しながら今日まで仕事を続けてきたとのことだった。最初は侍女が持ってきた発注書がある程度たまったら、そのまま皇城の担当者へもって行ったらしい。


「そしたら……バラバラに持って来ずにちゃんと1枚の紙にまとめて持ってこいと怒られたわ」


 玲玲リンリンは、眠そうな目はそのまま、わずかに眉根を寄せて言った。


「うーん、そうなるだろうねー。それだと皇城の担当者が品物と数を集計しないといけなくなるから、嫌がるだろうね」


 暁蕾はなるべく相手を責める調子にならないように注意して答えた。


「だから……2枚とか3枚分の内容を足し合わせてから他の紙に書き写した。それで持っていくようにしたわ」


(2枚から3枚かあ、その度に書き写す手間と皇城へ持っていく手前ができちゃうわね)


「貴妃の侍女たちは発注書をどうやって持ってくるのかしら?」


「この部屋を出た先の廊下に発注書を入れる箱があるわ」


「その場所を教えてもらえるかな」


 玲玲リンリンに連れられて発注書の箱がある場所まで連れて行ってもらう。それは箱というよりは少し深さがあるお盆と行った感じのものだった。すでに何枚かが箱に入っている。後から入れられた紙がどんどん上に積み重なっていく仕組みのようだ。


「ちょっと、あなたたち!」


 暁蕾たちが箱を覗き込んでいると突然、背後から甲高い声がした。


 


 

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