第2話 暁蕾、後宮へ向かい出立する
「いいか、
父さんは厳しい顔をして暁蕾に言った。今回、花鳥史相手にやらかした暁蕾は、ぐうの音も出ない。神妙な面持ちで話を聞いていると、父さんの知っている後宮の仕組みについて教えてくれた。
溏帝国の現皇帝、
後宮の頂点に君臨しているのは、皇帝の正妻である皇后なのだが、さらに4名の
后妃たちの目的はただ一つ、皇帝の子供を生み権力を握ることだった。首尾よく皇帝の寵愛を受けて上位の后姫に登り詰めたとしても、世継ぎである男子を生むことが出来なければ、やがてその権力の座から追われることになる。天国から一転して地獄もありうる過酷な場所なのだった。
もちろん暁蕾も書物で得た知識によって、そういった後宮の実情はある程度把握していたのだが、父さんがあまりにも後宮の恐ろしい部分を強調して話すので行く前からうんざりしてしまった。
「何年か真面目に問題を起こさずお勤めすれば、お暇をいただける機会がやってくる。よいかそれまで決して目立って目をつけられないように大人しくしておるのだぞ」
父さんが
「そうですよ。暁蕾、あなたはただでさえ書物の読み過ぎで目つきが悪いのですから、後宮では笑顔で愛想よくするのですよ」
それを聞いて母さんまで日頃から何度も繰り返してる娘への苦言を、思い出したように言ってくるのだった。
後宮に参内する準備に追われているうちに、とうとう約束の10日が経ち後宮に入る日がやってきた。準備で一番苦労したのが後宮での衣装だった。溏帝国の女子は一般的に
暁蕾は衣装にこだわりはなかったものの、父さんの言いつけ通り最初から目立つことは避けようと淡い桃色の
次はスカートに当たる
それ以外にも髪型や装飾品にも気を使わなければならない。どれも暁蕾の不得意な分野だ。いつもは双平
髪の毛をまとめて頭にのせる髪型は、西洋風に言えばシニヨンと呼ばれるものだが、身分が高くなる程より高く盛られるようになる。さらに盛られた髪を豪華なかんざしや玉で飾り立てるのが常だった。
さていよいよ父さんと母さんにも別れを告げて家を出ようとすると家の前に近所の子供たちが集まっていた。
「わー、先生がおしゃれしてるー、似合ってないぞ!」
「おとこのところへいくんだー」
わーわーとはやし立てる子供たち。普段、暁蕾が学問を教えている子供たちだった。
「おとこじゃない! 私は後宮に行くんだ」
子供相手にむきになっても仕方ないが、一応否定しておく。
「
「がんばれーせんせい!」
再びわーわーとはやす子供たち。それでも彼らなりに暁蕾を応援してくれているのが伝わってきた。後宮から帰ることが出来ればまた子供達に学問を教えよう、早くその日が来ればいいのだが、と
「あー、先生頑張るよ!」
子供たちに手を振って
安慶の都はとても大きい。暁蕾が読んだ宮廷の公文書によると南北17.2里(1里=500mとして8,600m)。東西19.4里(同じく9,700m)もあった。実は暁蕾にはどんなものでも一度見るとその細部まで完璧に記憶できるという特殊な能力があった。なので父さんが持ち帰った様々な文書も全て暗記しているのだ。花鳥史には文書を勝手に読んだことで弱みを握られたのだが、膨大な量の内部情報も記憶しておりバレたのではないかと肝を冷やしたのであった。
暁蕾は碁盤の目のような街路を北へ進む。大陸の東端にある溏帝国は大陸を西へ伸びる交易路をもっており遥か西方の国々から様々な品物が運び込まれていた。宮城へ向かう大通りの両端にはずらっと露天がならび、異国の食料品や装飾品の類いが売られている。
道を行き交う人々の服装も色とりどりで、特に女性は美しい絹糸で模様が描かれた豪奢な
また、みたこともない獣の毛皮で作られたであろう珍妙な衣服を身につけた異国の民もまざっており、ここが繁栄している帝国の都であることを表しているようだった。
どこからともなく饅頭を蒸かすいい匂いが漂ってくる。いつもなら誘惑に負けふらふらと立ち寄ってしまう暁蕾だったが、今は後宮への道を急がなければならない。
やがて大きな通りの正面に皇城の巨大な門が姿を表した。城の南に位置する
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます