後宮女官、悪女に仕える
おあしす
第1話 暁蕾(シャオレイ)、後宮女官になる
「お前の娘は才女だと評判である。宮廷にて陛下のお役に立つがよい」
「どうしたの? お父さん」
騒ぎを聞きつけて別室で本を読んでいた、この家の娘、
「おお、暁蕾。花鳥史様がお前を後宮にと尋ねてこられたのだ。ご挨拶なさい」
暁蕾は、花鳥史の男をチラリと見た。とても背が高い。それでいて線の細い中性的な雰囲気をまとっている。目鼻立ちは整っており色は白く、珍しい琥珀色の瞳がこちらを見据えていた。一瞬、男と目が合ってしまった。狼を思わせる鋭い視線を感じて暁蕾の胸はドキリと高鳴った。
「お勤めご苦労様でございます。花鳥史様。せっかくお越し頂きましたのに大変申し訳ありませんが、私は後宮には参りません。悪しからず」
動揺を悟られないように言い放つ
(冗談じゃないわ! 誰が後宮なんか行くもんですか。私には夢があるんだから、邪魔しないで)
部屋を出ようとする暁蕾を父さんが慌てて呼び止める。
「ま、待ちなさい、暁蕾。この方も皇帝陛下のためのお仕事でわざわざいらっしゃったのだ。そのような態度は失礼であろう」
父さんは花鳥史の方を振り向くと困ったような笑顔を作った。暁蕾の家は溏帝国の首都である
「ご覧のように背だけは高いのですが、とても皇帝陛下に献上できるような器量もなく、愛想も全くありません。儀礼の方もこの通りでなっておりません。このような、なんの取り柄もない娘を連れて帰っては、かえってあなた様のご迷惑になりましょう」
(ちょっと、父さん! 自分の娘についてそこまで言う? さすがの私も傷つくんだから)
「夫の言うとおりです。この娘は料理や裁縫も不得手、もちろん踊りの才能もありません。暇さえあれば本ばかり読んでいる変わりものです。近所の子供達に役に立たない学問を教えたりするものですから、『
(ちょっと母さん! そこは否定するとこでしょ)
母さんまで酷い言いようで娘をけなし出した。だが、これが何とか娘を連れていかれまいとする必死の芝居であることが暁蕾にはわかっていた。とは言え、わかっていても釈然としないものがあるのも事実だ。
溏帝国の庶民の大多数は読み書きが出来ない。この帝国を支えているのは日々農作物を作ってくれている農民なのに、高い税金を課せられて貧しい生活を強いられている。農民だけではない、広く帝国を支えている人々、漁民、商人、職人、などなど平民の大部分は貧しいながら日々を精一杯生きている。それなのに日々の生活はいっこうに楽にならない。
この国のことわりを決めているのは、皇帝を頂点とした大きな役人の組織だ。だが誰もが役人になれるわけではない。後宮と同じで、そのほとんどは身分の高い家柄の子息だ。富めるものが官僚として帝国を動かし、富めるものに有利な法律を作る。貧しいものはその法律により
溏帝国の前の王朝の時、
ましてや読み書きの出来ない庶民にとって科挙の合格など夢のまた夢であった。更には暁蕾を含めた女性には受験する資格さえなかった。暁蕾の夢とは、身分に関係なく誰でも学問ができる場所を作ること、そして誰でも公平に役人として登用される制度を作ることだった。
父さんと母さんの話を聞いていた花鳥史は、暁蕾の方を向くと言った。
「ところで娘、我が溏帝国において人に学問を教えることが出来るのは男性と決められておる。女であるお前が子供に学問を教えるのは罪である。よってお前は死罪となる」
死罪と言う言葉を聞いて、父さんと母さんの顔が恐怖で凍りつく。一方、暁蕾といえば眉ひとつ動かさない。
「花鳥史様、帝がおさだめになった
(何も知らないと思って適当なことを言って脅すつもりだろうけど、そうはいかないんだから!)
花鳥史の男は一瞬驚いたような表情を浮かべたが、やがてニヤリと笑った。
「娘よ、お前の言う通りだ。そのような決まりは無いし、たとえあったとしてもその程度で死罪とはなるまい。だがお前は我が国の
暁蕾の背筋に冷たいものが走った。父さんは溏帝国の法律を整備する仕事をしている。暁蕾は父さんが持ち帰った書類を無理にねだって読ませてもらっていた。どうしても法律の勉強をしたかったのだ。
(はめられたんだわ。調子に乗ってベラベラと喋るなんて私はなんてバカなんだろう)
「
こうして、暁蕾は後宮女官となったのである。
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