浮かれた世界⑤

 店の中は外から見た時と変わらず、とても綺麗で落ち着いていた。


 アイリーンとルイスは、窓際のテーブルに着いた。


 すると、空かさず先程の店員の女の子が注文を取るために2人が着いたテーブルに歩いて来た。


「ご注文はお決まりですか?」


 店員は微笑んで2人に聞いた。


「そうね…じゃあ。」


 テーブルに置いてあった少し古びた紙のメニューを真ん中において、アイリーンとルイスは一緒にそれを眺めた。


 メニューには2人が知っているものから、聞いたことのないものまで、色んな飲み物や食べ物が書いてあった。


「あ、これコーヒーって書いてるんじゃないですか?これってぼくらの知ってるコーヒーなんですかね?」


「さぁ、どうでしょうね。でも、あまり差異はないんじゃないかしら?異世界と言えど、根本的な世界の作りはほとんど一緒…なことが多いから。」


「じゃあ、ぼくはこれで!」


 ルイスは微笑みながら店員に注文した。店員はそれに対して微笑みを返してから、持っていた紙に羽ペンで注文を書き留めた。


「姉さんはどうしますか?」


「そうね…。私はこれをいただこうかしら。」


 アイリーンはメニューに書いてある単語を指差して見せた。それはルイスには聞き馴染みのない飲み物であった。


「かしこまりました!少々お待ちください。」


 店員は軽くお辞儀をするとカウンターの向こうへとはけていった。


 カウンターには椅子に座って新聞らしきものを読んでいる、恐らくこの店のマスターであろう人物がいた。


 店員がマスターに注文を伝えると、マスターは読んでいた新聞を閉じ、のっそりと椅子から立ち上がった後、カウンターの奥の部屋へと消えていった。そして、それを追うように店員もその部屋に入っていった。


 ルイスは、マスターと店員がいなくなったことを確認した後、空かさずアイリーンに興味津々の顔で疑問をぶつけた。


「姉さんが頼んだ飲み物ってどんなやつなんですか?」


「さぁね。聞いたこともないから、どんなものなのか全くわからないわ。」


「え!知らない飲み物を頼んだんですか?」


「そうよ。クリエイティビティの高い人間は、常に新しい刺激を欲するのよ。それを維持したり、更に高めたりするためにね。」


 アイリーンは得意げにそう言った後、頬杖をつきながら窓の外に視線を移した。


 ルイスもそれに釣られて窓の外の景色を眺めだした。


 そこには、雲一つない夜空が広がっており、まるで、その上にばら撒かれたかのように星々が輝いていた。


 そして、その下には街の人々がノリで打ち上げた花火が、時折飛んできては弾けて広がった。


「…あとちょっとで消えちゃうんですね、この世界。」


 ルイスは少し悲しそうに言った。


「そうよ。どの世界にも寿命はある。生き物と同じようにね。まあ、別に名残惜しくもないでしょう。今のところ、ただ変なやつに絡まれただけだし。」


 アイリーンは呆れた口調で彼に返した。しかし、それを聞いてもルイスの表情は悲しそうなままだった。


「それでも…ちょっと悲しくないですか?」


 ルイスは暗い口調で彼女に問うた。


 アイリーンは彼の表情を横目でちらっと確認した後、少し声のトーンを落として静かに言った。


「そうね。なにかが終わる時には、いつでも決まって悲しみがそばにいるわ。」


 しばらくの間、2人は静かに外の景色を眺めていた。


 数時間後にはこの世界が消えてしまうことを知っている2人には、それがとても儚げに、そして綺麗に見えた。


「お待たせしました!」


 悲しみを打ち破るような明るい声が後ろから聞こえてきた。


 2人が声がした方を向くと、コーヒーカップをお盆に2つ置き、それを持ちながら微笑んでいる店員の女の子がいた。


「こちら、ブレンドコーヒーです!」


 店員はルイスの前にコーヒーを静かに置いた。ルイスは店員に対して、少しお辞儀をしてから微笑んだ。


「こちら、コピ・コバロスです!」


 店員はそう言って、アイリーンの前にコーヒーカップを同じように静かにおいた。


 アイリーンが頼んだコピ・コバロスという飲み物は、茶色でとても香ばしい、コーヒーのような飲み物だった。


 アイリーンは人差し指と親指で静かにカップを持ち上げ、それを一口ゆっくりと飲んだ。その後、少しだけ微笑みを浮かべ、店員に向けて言葉を発した。


「すごくおいしいわ。ほんのり甘くてとても飲みやすい。」


「ほんとですか!?ありがとうございます!」


 店員はぴょんぴょんと少しだけ跳ねて、その喜びを身体で表現した。


「ところで、ちょっと度忘れしてしまったのだけれど、コピ・コバロスって何が原料だったかしら?最近、年でね。物忘れがひどいのよ。」


「うふふ。お客さん、まだ全然若いじゃないですか〜!コピ・コバロスはゴブリンの糞を使ったコーヒーですよ!」


 店員は笑いながら、親切に教えてくれた。


「…。」


 アイリーンはコーヒーカップを机に置き、人差し指と中指で静かに押して自分から遠ざけた。


「…クリエイティビティは高まりました?」


 ルイスは聞きにくそうにアイリーンに質問した。


「ええ。用を足してるゴブリンどもが容易に想像できるようになったわ。」


 少し険しい顔のアイリーンに対して、ルイスは苦笑いをした。

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