滅びゆく世界③

 この世には2種類の世界が存在する。


 『上位世界』と『下位世界』だ。


 永遠にも思えるような長い寿命を持ち、万能とも呼べる魔法という力を使う高尚な人間達が生き、決して滅びることがないように均衡が保たれ続けているのが上位世界。


 対して、多くの生物達の寿命が百年にも満たず、魔法は存在しないか存在しても万能と呼ぶには程遠いものであり、簡単に滅んでしまうほど不安定なのが下位世界である。


 アイリーン達が住んでいる世界は上位世界に属している。


 21世紀時のこの世界は下位世界であった。しかしある時、この世界は下位世界から上位世界へと格が上がった。その瞬間、人々には魔法と長い寿命が授けられ、この世界の景色は、近代的なものから幻想的なものへと変貌した。


 その上位世界の人間達は、無数に存在する下位世界を自由に行き来することができる。


 21世紀の人達が海外へ旅行に行くように、アイリーン達は魔法の力で何時でも他の世界へと赴くことができる。


 下位世界にも色々な個性が存在する。


 例えば、2023年の地球のような近代的な世界、中世ヨーロッパ風の魔法やら魔物やらが存在する世界、文明が発達して街の至る所にネオンが輝いているサイバーパンク的な世界、人間の手のひらほどの大きさしかない小人達が暮らす世界、既に文明が滅んで退廃してしまったポストアポカリプス的な世界、など。


 他にも独自の進化を遂げた世界が、この世には無数に存在している。


 アイリーンと弟のルイスはこの広場に訪れる前に、とある下位世界へと出かけていた。


 この世界ではない世界、異世界を旅することはアイリーンの趣味だ。


 映画などのサブカル好きな彼女にとって、異世界の様々な文明に触れることはとても意味のあることなのである。


 そして、弟のルイスは今日初めて、アイリーンの異世界への旅に同行したのだった。


 ラミアのアイリーンに向けての恋バナはまだ続いていた。


 そんな彼女らを余所に、ルイスは『異世界は楽しかったか?』と質問をしてくれたトーヤに、異世界での出来事を話し始めた。

 

「トーヤさん、僕は今日初めて姉さんの異世界への旅に同行したんです。」


「ええ、よかったですね!ルイス君!バナナはおやつに含めましたか?」


「…えっと…いや、別に…。なんですか、その質問?」


「昔の人達は旅に出る前に、必ずこの質問をしていたらしいですよ!なんでも、旅に持っていけるおやつは300円までと法律で決まっていて、その値段を超えた人達は火あぶりの刑に処されたらしいです!だから、何がおやつに含まれるかを正確に把握しておく必要があったんですね!」


「えぇ…。そうなんですか…?僕は昔のことはよく知りませんけど、火あぶりはちょっとやり過ぎなんじゃないですか?」


「むむ…!確かにそうかもしれませんね…。あっ!火あぶりは私の記憶違いで、本当は皮剥ぎの刑だったかもしれません!…バナナだけに!」


「それでもやりすぎな気はしますけど…。とにかく、バナナは今回の旅に関係なかったです。それで、僕達は旅先の異世界で…死にかけている人を見つけました。」


 ルイスの言葉にトーヤの表情が少し曇った。


「その人は倒壊した民家の下敷きになっていて、僕らが見つけた頃にはもう死にかけている状態でした。さらに、その女性の傍らには赤ん坊がいて、その子は既に亡くなっていました。でも、姉さんには万能な魔法の力があります。だから、死んでしまった赤ん坊を生き返らせることは無理でも、まだ死にかけの状態だったその女性を助けることはできたはずなんです。」


 ルイスは暗いトーンでさらに続ける。


「でも、姉さんはその人を助けませんでした。言い方は悪いかもしれないですが、結果的にその女性を見殺しにしたことになります。疑問に思った僕は聞いたんです。『なぜ、助けなかったのですか?』って。そしたら…その時の姉さんの回答が…僕にはよくわからなくて…。」


「アイリーンはその時なんと言ったのですか?」


 トーヤは神妙な面持ちでルイスに聞いた。ルイスは少し間を置いてから彼女の回答を伝えようとした。


「姉さんは…」


「アイリーンッ!!!」


 と、ルイスの言葉を遮るように後ろから女の人の声が聞こえてきた。その声はとても強い口調でアイリーンを責めたてるような攻撃的なものだった。

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