滅びゆく世界⑥
「…うっ…う…。」
ホープは力無く泣いた。彼女自身も自分の赤ん坊が死んでいることはわかっていた。
しかし、その事実を受け入れたくなくて、アイリーンに助けを求めたのである。
アイリーンはホープの目の前にある瓦礫に手をかけた。
その瓦礫の下からは小さな赤ん坊の腕が伸びていた。
彼女が瓦礫を持ち上げると、そこには半身が潰れてぐちゃぐちゃになっている小さな死体があった。
「そんな…。」
ルイスはその死体を見て言葉を失った。我が子を亡くしたばかりのホープになんと声をかけていいのかわからなかった。
「私は…その子にまだ何もしてあげれてないんです…。母親らしいことを…なにも…。ずっと…生活が貧しくて…助けてくれる人もいなくて…その日を生きるのが精一杯で…。だから…その子に充分な愛情も…生きることの喜びも…伝えられていないんです…。」
ホープはぽろぽろと涙を流した。
「エフティアは…きっと私や…世界のことを恨みながら死んでいきました…。身勝手にこの世に産み落とし…そして半年程しか生きさせてあげれなかったので…こんな母親は恨まれて当然です…。でも…この世界のことは嫌いにならないでほしかったんです…。生まれてきたことを後悔してほしくなかったんです…。生きていれば…必ず良いことがあったはずなんです…。この世界に…生まれてきてよかったって思ってほしかったんです…。だから…」
その後は言葉にならなかった。聞こえてきたのは弱々しく、今にも消えてしまいそうなすすり泣く声だけであった。
ホープが最後の力を振り絞り発した言葉は、今まで平然とした態度をとっていたアイリーンの心を確かに揺らした。
しかし、それでも彼女はその毅然とした態度を崩さなかった。
そして、今までと変わらぬ口調で彼女は話始める。
それは、すすり泣く力さえも殆ど残っておらず、今にも力尽きてしまいそうなホープに向けてのものであった。
「エフティアがどう思っていたかなんて本人にしかわからないわ。だから、確かなことは誰にも言えない。でもね…」
アイリーンは穏やかな口調で静かに言った。
「その子はこの世界に生まれてきたから、あなたのぬくもりに触れることができたのよ。それだけは…確かだと思うわ。」
その言葉は確実にホープに届いていた。
しかし、彼女から返事がくることはなかった。アイリーンの言葉を聞いた後、ホープは静かに息をひきとった。
その表情は悲しみに満ちていたが、どこか穏やかにも見えた。
神々の粛清はさらに激しさを増していた。
その粛清に周りの生き物達は巻き込まれ、その命を散らせていった。
「…助けてあげることはできなかったんですか?」
ルイスは息絶えたホープを見ながら、暗い声でアイリーンに問いかけた。
アイリーンはその問いかけに答える前に、半身がぐちゃぐちゃに潰れた赤ちゃんの死体に手をかざした。
すると、ぐちゃぐちゃに潰れていた半身が治癒し、小さな体が元の綺麗な状態に戻った。
「私には万能な魔法の力がある。だから、死んでさえいなければ、どんな傷を負った人間だって一瞬で元気にすることができる。もう既に息絶えていた赤ん坊は無理だけど、まだ死にかけの状態だったこの子の母親を助けてあげることはできたわ。でも…私はそんなことしない。」
「…なぜですか?」
ルイスは姉を責める気はなかった。ただ、単純に疑問だったのだ。なぜ、助けられた人を助けなかったのかが。
アイリーンは彼の問いに答えた。
「私がこの世界の人間ではないからよ。」
彼女は相変わらず淡々とした口調のままであった。しかし、今回の返答だけは何処か悲しげにも聞こえた。
アイリーンは遠くにいる神達に目を向けた。
「それにね…私が彼女を助けても、どうせこの世界は直に滅びるのよ、ルイス君。」
「ええ。それは僕にもわかりますよ、姉さん。この世界ではあの巨人達の攻撃に巻き込まれた人や生き物が次々と亡くなられています。こんなことを続けていたら直にみんな…この世界自体も滅びてしまいます。残るのはあの巨人達と荒れ果てた大地だけです。」
「違うわ、そうじゃない。この世界は数十秒後に存在自体が消えるのよ。あの巨人も、この広大な大地も、その親子の死体も…全てが無に変えるのよ。まるで、最初から何もなかったかのようにね。」
「…どういうことですか?」
アイリーンの言葉があまり理解できなかったルイスは首を傾げて疑問を投げかけた。
アイリーンはルイスの目を真っ直ぐに見てそれに答えた。
「世界の寿命よ。生き物に寿命があるように、世界にも寿命があるの。数十秒後には、この世界は寿命を全うするというわけ。そうしたら、この世界は消滅する。そこに存在していた全てを巻き込んでね。」
彼女はそう言うとルイスに向かって左手を差し出した。
「さぁ、帰りましょうか。私達が住んでいる世界に。あまり気は進まないけれど。」
「…はい、姉さん。」
ルイスは返事をした後、彼女の左手をギュッと強く握った。
アイリーンはそれを確認すると、反対側の手で指をパチンと鳴らした。
すると、一瞬にして彼女らの姿はその場から消えた。
やがて、この世界は寿命を迎えた。
すると、世界を白色の光が包んでいった。
その光は、粛清を行う神々や、広大な大地、そしてアイリーン達が出会った親子の死体をも飲み込んでいった。
アイリーン達が先程までいた世界は跡形も無く消え去ったのであった。
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