滅びゆく世界⑤
------アイリーンとルイスが広場を訪れる前の時刻まで遡る------
世界が滅んでゆく。
大地は燃え、海は干乾び、空は暗雲が一面を覆っている。そして、その下では、その暗雲に頭が届きそうなほど大きな巨人が群れを成して、破壊の限りを尽くしながら行進していた。
人々は泣き叫びながらその巨人の攻撃に巻き込まれまいと必死に逃げていた。我先にと全力疾走で逃げる者、赤ん坊を抱えながら走る母親、足が悪くて逃げるのがとても遅い老人など、いろんな人達がいた。
巨人達は容赦なく人間達を攻撃する。
巨人が目から放った熱線が逃げ惑う人々を捉え、彼らの肉体を跡形も無く消し飛ばす。巨人の大きな足が逃げ遅れた人達を踏みしめ、その肉体を原型をとどめないくらいぐちゃぐちゃにする。
今、この世界では、このような巨人による粛清が各地で行われている。そして、それに巻き込まれたこの星の生命は、次々と息絶えていった。
この巨人達はこの世界においての、所謂”神”と呼ばれる存在達である。
この世界では常に争いが絶えなかった。力を得て傲慢になった人間達が平和を慈しむ心を忘れ、神々への信仰心を無くしてしまっていた。
それが神の怒りを買ってしまったのである。
「…うぅ…。」
その女性は赤ん坊の小さな手を握りながら涙を流していた。
「…ごめんね。…ごめんね。」
涙声で発せられるその謝罪は、目の前にいる自分の赤ん坊に向けてのものであった。
この女性の名前はホープ。
目の前で静かに倒れている赤ん坊の母親である。
彼女の街は砂漠の中にあった。岩で作られた民家が多く立ち並んでいるこの街は、とても貧しく、常に人々の争いが絶えることはなかった。
ホープはその貧しい街で、必死に赤ん坊と共に2人で生きてきた。
周りの人は誰も彼女達を支えようとはしてくれず、夢も希望もなかったが、それでもいつか報われる時が来ると信じていた。
そんなある日、突如無数の神が地上に降り立った。
神々が降り立った時の衝撃で大地は割れんばかりに揺れ、ホープが住んでいた街を一瞬にして壊滅させた。
多くの民家が倒壊し、街の人々はそれの下敷きになった。
ホープも同じく、倒壊した民家の下敷きになったが、致命傷は免れまだ少し息がある状態であった。
しかし、生き残った街の人々は、神々の粛清から逃れることに必死で、彼女に救いの手を差し伸べようとはしなかった。
やがて、街からは生きた人間が誰もいなくなった。
そして、ホープも身体の上に乗った瓦礫に体力を奪われ、直に息絶えようとしていた。
瓦礫に囲まれながら、彼女の意識は段々と遠のいていく。
だが、今際の際に、彼女はこちらに近づいてくる2人分の足音に気が付いた。
ザッ…ザッ…と、その足音の主達はゆっくりと彼女のもとへと近づいてくる。
逃げ遅れた街の人間だろうか?彼女はまずそう思ったが、その考えはすぐさま彼女の中で否定された。
なぜなら、その足音は一定の間隔で静かに刻まれており、その足音の主がとても落ち着いているとわかったからだ。
もし、逃げ遅れた街の人間ならばこんなに落ち着いているはずがない。
では、いったい誰なのか?この絶望に満ちた世界を落ち着き払った様子で平然と歩いてくるのは。
やがて、その者達は彼女の目の前まで来ると、その不気味ともいえる足音を止めた。
彼女は朦朧とする意識の中で、その者達の姿を見た。
「…えっ?」
彼女は自分の目を疑った。
そこにいたのは、十代半ばくらいの少女と、その子よりも少し幼く見える少年であった。
その長くて黒い髪の少女は、タキシードの上に紫色のマントという、砂漠の村には場違いなマジシャンのような恰好をしていた。
少女はただ目の前に倒れているホープを見下ろしていた。
「…姉さん!この方、まだ息があります!」
死にかけの人間を目の前にしても落ち着き払っている少女とは対称的に、少年はホープを見つけるなり慌てた様子で駆け寄ってきた。
姉さんと後ろの少女を呼んでいるということは、恐らくこの2人は姉弟なのだろう。
やがて、弟の方が心配そうな顔で言った。
「大丈夫ですか…!?」
「…あ…あなた達は…?」
ホープは消え入りそうな声で力無くその少女達に問いかけた。
「えっと…僕達は…」
ホープの問いかけに少年は困った様子で言葉を詰まらせた。何か正体を知られては困ることでもあるのだろうか?彼女ははっきりとしない意識の中でそう思った。
少年はしばらく無言のままだった。すると、そんな彼を見兼ねたのか、姉の方がホープの問いかけに答えた。
「私達は別世界から来たエイリアンよ。名前はアイリーン。そっちは弟のルイス。」
その少女ことアイリーンは平然とした様子で言った。
「…エイリアン?」
ふざけているのだろうか?いつ死んでもおかしくないこの状況で冗談を言えるなんて、この子は自分の命に関心がないのだろうか?
ホープはアイリーンのことを不審に思った。しかし、目の前に生きた人間が現れたことは、ホープにとって幸運以外のなにものでもなかった。
ホープはアイリーンに助けを求めた。
「…アイリーン…初対面で悪いんですけど…私の願いを聞いてくれませんか…?」
「…。何かしら?」
アイリーンは少し間を置いた後、静かにそう呟いた。その言動からは彼女があまり乗り気でないことが伺えた。
だが、そんなことは無視して、ホープは苦しそうに話を続ける。
「…私の赤ちゃんを…安全な場所へ連れて行って欲しいんです…。名前はエフティア…。私はもう助からないけど…その子だけは…どうか…。」
ホープは目の前にいる赤ん坊の小さな手をギュッと握りしめて言った。
彼女の眼差しからは我が子を想う気持ちがひしひしと伝わってきた。
アイリーンもそんなホープの想いはしっかりと受け止めていた。
しかし、彼女は静かに目を閉じ一呼吸置いた後、非情な言葉をホープに投げかけた。
「それは無理よ。」
「…どうして?」
ホープは絶望した表情でアイリーンに問うた。
しかし、アイリーンがそう返答する理由をホープも薄々気づいてはいた。
アイリーンは静かに問いに答えた。
「あなたの赤ちゃんはもう既に死んでいるわ。」
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