愛にふさわしい場所
女が真っ白な部屋に裸で横たわっている。
女の横には、読みかけの分厚い本があり、少し離れた場所に不自然に置かれたパンのようなものがある。
「人はパンのみにて生くるにあらず。」
どうやら、その分厚い本はマタイ福音書のようだ。
女は仰向けに姿勢を変えると、天井に開いた円形状の穴を見つめた。
穴からは青空が見えるが、同じような雲が淡々と流れている、どこか不自然で異質な空だ。
女はしばらくして、眠ってしまった。
男が真っ白な部屋で、裸で立っている。背筋は曲がっており、手も足もシワだらけで、今にも倒れてしまいそうなくらいに震えている。
男は、天井にぶらさがっている無機質な豆電球を見つめ、ゆっくりと目を閉じた。
女はゆっくりと目を開け、起き上がると、部屋の隅の方へと歩き出した。不自然に置かれたパンのようなものを見つめ、拾おうとすると、男の足が見え、男が立っていることに気が付いた。
男は髭を生やしており、青いブルーの瞳は、円形の穴から見える青空に程よく似ている。
女は、パンのようなものを拾って、手で握り、しばらくそれを見つめていた。
しばらくして、女は男と目線を合わせた。
彼らは、互いの顔をなだめるように、じっと見つめあっていた。
すると、男が手を伸ばした。
女は右手でパンを差し出した。
しかし、男は首を振って、女の左手を引いた。
女を肩車して、天井の穴へ届くように女を持ち上げた。
女は天井の穴へ手をひっかけ、外へと脱出した。
男は天井の方を見つめた。女は、外側から、男の方を見つめた。
互いに見つめあい、静寂が流れた。
女は、パンを外側から投げた。
男はそれを拾い上げ、また女と見つめあった。
しばらくして、女は行ってしまい、姿が見えなくなった。
男は、その空間に一人になった。
男の右手側には、女に貰った「パン」があった。
男は起き上がって、そのパンを握りつぶした。
男はその瞬間に、あの女の顔を思い出した。
そして男は、そのパンを一口かじった。
それから、男は見上げなかった、あの円形状の穴をいつも見上げるようになった。
あの時、去っていった女の体を思い起こすようになっていった。
シワだらけの手足を震わせて、男は目を覚ました。
何か強い光が、男を呼び起こしていた。
仰向けに寝転がると、無機質なライトは、円形状の穴に変わっていた。
そして、ブルーの男の瞳には、あの頃に見た青空が映っていた。
「愛にふさわしい場所」完
SS『神様の箱庭』 水野スイ @asukasann
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