ドクター・ユガの歪んだ純愛

外清内ダク

ドクター・ユガの歪んだ純愛



「バトル禁止だッ!!!!!」

 などとカタストロフ帝国幹部ドクター・ユガが無茶な新方針をぶち上げたのは、ひとえに彼個人のエゴのためである。無論、悪の秘密結社が暴力もなしに立ちゆくはずがない。会議場を埋める怪人どもも、みな一様に困惑顔である。しかし困惑こそすれ反発の態度を表すものはない。それはここにいる怪人たちが、軒並みドクター・ユガの息がかかった直属の手下たちであるからだった。

 このために準備してきたのだ、ドクター・ユガは。長い時間をかけ、従順な部下を増やし、好戦的なタカ派の勢力を少しずつ侵食していった。まさに今日、この日のために……

「あの、ドクター。なぜバトル禁止なのです?」

 ナミテントウ怪人が、戸惑いながら手を挙げた。ドクター・ユガは沈痛な面持ちで首を振る。

「我が帝国が世界征服に乗り出し早17年。

 計画は一向に進展せず、怪人の高齢化も進み、先日、ついに最高幹部のスドレイ将軍までが敵に倒された。

 もはや我々に戦う余力は残されていまい」

「では世界征服を諦めるのですか!?」

「いいや、手段を切り替えるのだ。武力を用いた征服ではなく、これからは陰謀をもってジワジワと人の暮らしを脅かそうと思う。増税や物価高などによってな……」

「なるほど。ある意味、暴力よりも恐ろしい……」

「しかし皇帝陛下が納得なさるでしょうか?」

「私が説得する」

「いや、それよりも!

 我らには宿敵たる正義のヒーロー、美少女騎士ナイトエクレアンがおります。

 奴に戦いを仕掛けられたら応戦せざるをえません!」

「そうはならん。ならないようにする。つまり……」

 ドクター・ユガは杖をガツン! と床に突き、怪人たちの不安を大音声でねじふせた。

「ヒーローと休戦協定を結ぶのだっ!!」



   *



 ドクター・ユガは帝国内の異論を一掃し、皇帝の裁可も受けて、和平交渉に乗り出した。

 ヒーロー側も、帝国の急な方針転換に不信の目を向けた……

 美少女騎士ナイトエクレアンには、17年の戦いの中で出会った多数の支援者がいる。彼らは口を揃えて罠を疑ったのだ。それも当然のことだろう。今まで死闘を繰り広げていた悪の組織が急に暴力排除を口にしたとて、信じられるわけがない。

 だが、美少女騎士ナイトエクレアン本人だけは、違った。

「いいじゃん。休戦、しよ!」

 この発言に、エクレアンの相棒サイドキックにして婚約者たる疾風ジャックがうろたえる。

「エクレアン! 敵を信用するのかい?」

「帝国が弱りきってるのは確かでしょ? 休戦したくなっても不思議じゃない」

「でも、休戦中に戦力を回復して再び攻撃を仕掛ける策かもしれない」

「……かもね。

 ま、そんときゃそんとき。

 また悪事を働くようなら、遠慮なくブッ潰してやるまでよ!」

 鶴の一声である。

 ヒーロー当人がここまで言い切るものを、支援者たちがどうこう口を挟めるわけがない。

 かくして美少女騎士ナイトエクレアンとドクター・ユガの休戦協定が、某月某日、人気のない公園の一角で結ばれる運びとなったのだった……



   *



(……永かった。

 ついに……ここまでたどり着いたか……)

 休戦協定案を飲む、との連絡を受けたその夜、ドクター・ユガは自宅の寝椅子に身を沈めて、深く深く安堵のため息をついた……

 全ての始まりは、17年前……

 まだ一介の医学生に過ぎなかったドクター・ユガは、当時16歳の美少女騎士ナイトエクレアンに、命を救われたことがあるのだ。

 あの頃のカタストロフ帝国には強力な幹部が何人もいた。怪人たちも今とは比べ物に乗らないほど乱暴で好戦的だった。そんな怪人の一人に襲われてユガは殺されかけ……そこをエクレアンに救われた。

 だが、ユガを庇ったためにエクレアンは重傷を負ってしまった。

 ユガは……何もできなかった。

 医学部で、ある程度の知識は学んでいたにも関わらず、いざというときには全く身体が動かなかった。応急処置ひとつ満足にできなかったのだ。

 なのにエクレアンは……瀕死のエクレアンは……遥かに年上のユガが恐怖に震えているのを見て、気丈に、彼を励まし続けてくれたのだ。普通逆だろう? 傷ひとつ負わなかった大の男が、なぜ血を流している少女から励まされねばならないのだ? ようやく到着した救急車に担ぎ込まれるとき、エクレアンはユガにウィンクしてこう囁いた。

「良かった。あなたを助けられて」

 ユガは、泣いた。


 泣くしかできない自分の弱さに……絶望した!!


 絶望は、深い深い本物の絶望は、どんな希望よりも人を強くする。

 ユガの精神はこのとき目覚めた。自分がなすべき仕事が見えた。ユガはこの日から別人のように熱心に医学を学び、若き天才外科医と称されるまでに成長した。噂を聞きつけたカタストロフ帝国がスカウトに訪れた。こうしてユガは帝国の専属医師となった。トントン拍子に実績を重ね、怪人製造とメンテナンスを任される大幹部へとのし上がっていった。

 なんのためにか?

 全ては、帝国の実権を掌握するために。

 そのうえで、この不毛な戦いを止めるために!!

 そう。ユガはエクレアンを救いたかったのだ! 終わりのない戦いの連鎖から解き放ち、彼女に当たり前の幸福を……ひとりの人間として平和に暮らす喜びをプレゼントしたかった! 誰かを助けるために血を流したり、傷の痛みをこらえながら強がり笑いを浮かべたりする必要がない、普通の人生に戻ってもらいたかった!

 17年をかけた迂遠で、しかし周到な計画が、今日、ついに、ついにその実を結んだのである!



   *



 協定当日。

 たったひとりで公園を訪れたドクター・ユガの前に、美少女騎士ナイトエクレアンが、やはりひとりで現れた。

 敵対するふたりが、対峙し、しばし、見つめ合う。

「感謝するよ、エクレアン。私の無茶な申し出を受けてくれたことに」

「こっちもよ。最悪、この場で怪人に囲まれる、くらいは覚悟してたんだけど」

 低く笑うドクター・ユガ。屈託のないその笑いに、つられて苦笑するエクレアン。

 ユガは、持参した休戦協定書を差し出した。立派な革張りのハードカバーに挟まれた書類が2部。下の方には、既に皇帝名代みょうだいとしてドクター・ユガのサインが記されている。

「下の空欄にサインを」

「ほいほい。なんかアパート借りる契約みたいだね〜」

「似たようなものさ」

「ん……ねえ、ドクター・ユガ? あんた、どっかで会ったことない……?」

 ユガは返された協定書のサインを確かめ、1部をエクレアンに渡して、もう1部をそそくさと鞄にしまい込んだ。まるでエクレアンの視線から逃げるように目をそらして。

「もう、二度と会うこともあるまいが……平和に暮らしたまえ、エクレアン」



   *



 半年後。

 カタストロフ帝国の地下基地に、ドクター・ユガ宛のハガキが届いた。

 送り主は美少女騎士ナイトエクレアン。裏面にはウェディングドレス姿の彼女の写真と、「結婚しました」の印字。

 そしてその下に、ボールペンの丸文字で、確かにこう記してあった。

「私には終わらせられなかった戦いを終わらせた。

 あなたこそ本物のヒーローかもね!xxx」



THE END.

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ドクター・ユガの歪んだ純愛 外清内ダク @darkcrowshin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ