エピローグ ー希う逢瀬ー
燃え滾るような紅葉の中、僕は思い出の場所を訪れていた。
敷き詰められた赤の絨毯はふわふわ。尚も降り積もるその赤には優しい暖かさがある。
祠の前に正座すると、柔らかい風が優しく頬を撫でた。まるで出迎えてくれたかのように。この寒空の下、それはなぜか暖かく感じた。
ルナに届けばいいなと願い話した。
「ルナ、聞こえているかな?」
「まずはおまもりをありがとう。こういうの初めてだったから、すごく嬉しいよ。それにたった数日離れただけなのに、今は話したくて話したくてしょうがないんだ。こんな気持ちも初めて」
「いつまでも待ってるから、急いで怪我だけはしないでね」
ぴゅーと突如吹き荒れた風は落葉を巻き上げ、その思いと共に空へと攫っていった。遠く、遠く離れた彼女の元へ届けるかのように。
それから2年の月日が流れた――
僕は大学一年生となり、故郷の町を旅立った。都会に一部屋アパートを借り、粛々と生活している。
でも、故郷と関わりを絶ったわけではない。長期休暇になると故郷へ帰省する。故郷を離れてしまったことに少しの罪悪感を覚えながら、いつもあの祠へと足を運んでいるのだ。
壊れかけていた祠は公園の管理者に頭を下げ、修復をお願いした。老朽化から取り壊しが決定されていたところを直談判したのだ。その代わり今後の管理者は僕となった。メンテナンスは半年に一度必ず行っている。
そして今日は、メンテナンスとルナへの近況報告も兼ねて訪れていた。
数十分後、掃除と近況報告を終えた僕は立ち上がった。
その時だった。冷たい秋風が吹き荒れ、手に持っていた紙を攫った。
「あっ」
追いかけようと振り返った時、そこには一人の女性が立っていた。飛ばされた紙を手に持って――
「おまもり」
その女性が呟いた一言は、紙に書かれていた思い出の言葉だった。そしてその声もまた思い出の声だった。
その声をどれだけ聞きたかったことだろう。
どれだけこの瞳に映すことを待ち望んでいたことだろう。
視界が急にぼやけたかと思うと、暖かい雫が頬を撫でていた。目の前がまともに見えずにそれを拭う。それでも際限なく溢れる。
「……会いたかった」
この言の葉に想いを乗せた。
「私も!」
その言の葉に想いが乗っていた。
藍玉色の瞳に、長く伸びたゴールデンブロンドの髪は外ハネウェーブ、そこに白いペンタスを模した髪飾りが可愛らしさを強調している。上から下まで若葉色で統一されたワンピースは涼しげな印象をも、暖かな印象をも与える。
それは、妖精神様の前で互いに愛を誓ったルナだった。
ルナは足元に敷き詰められた紅葉の絨毯の上を軽やかに走って来た。
「わっ」
僕に飛びついたルナと飛びつかれた僕は、バランスを崩しその場で絨毯の上に座る形となった。
「ハルの想いちゃんと届いたよ。ありがとう」
「こちらこそありがとうだよ」
少し背の低いルナが背伸びしたかと思うと――僕の頬に口づけをした。
「会えてなかったから……」
面映ゆそうなルナと、そのダメ押しの言葉に僕の顔は紅潮していた。秋風に舞う紅葉という名の赤い宝石のように。嬉しさと恥ずかしさがそうさせたのだ。
その時、後ろからぴゅーっと吹き荒れた風が紅葉を巻き上げ僕たちに襲いかかった。それは、誰も傷つけずに僕たちの横を華麗に過ぎ去る。妖精神様たちがお祝いしてくれているように。そこにはきっとシルフさんもいることでしょう。
秋風は優しく頬を撫で、紅葉は僕たちの再会を祝うように舞い踊る。
胸元のペンダントはルナの髪飾りとお揃い。淡い陽光に照らされて光り輝く。
握られた右手は優しく包み込むような温もりを感じる。あの幸せの温度だ。
優しさが招いたこの幸せ、いつまでも大切にしたい。
――心から。
希う逢瀬 秋色音色 @sazanka_hiro
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