リスタート
金色のスポットライトが白銀の校舎を照らし壁を塗り替える。
悠々自適に吹く風は頬を、髪を縦横無尽に優しく撫でる。
太陽に微笑まれた華奢な小川はダイヤモンドのように輝く。
影があるから進むべき光の道が生まれる。
スカートを左右に揺らして楽しそうに歩く者、緊張気味にぎこちなく歩く者、ジェスチャーで何かを伝えようと必死な者。目指す先は定かでない。ただ同じ太陽に向かって歩いている。
ブレザーから顔を覗かせた胸元のペンダントが金色の光を反射し輝いた。
願いの妖精ルミナティア、このペンダントにはどんな願いを込めているの? そう虚空に問い掛け、そっと握り締めた。
運命は変わったと思う。願いが叶ったとも言える。
「ねぇ、真白くんはどう思う?」
「えっ?」
何の事だろうか。
「本当に優しい人ってどんな人だと思う? 真白くんって優しいよねって話からこうなったんだけど……」
「そうなんだ」
僕は既に自分なりの答えに辿り着いていた。二人に届くよう、この思いを言葉にした。
「優しさって一時のものと一生のものがあると思っていて、一時の優しさが優しい人、一生の優しさが本当に優しい人。一時の優しさが一生をかけて積もり、それを辿り返した時に、本当に優しい人だったと言える。でも自分ではそうであると言い切れないから不安でもあるけど」
二人はただただ僕を見つめるばかりで何も言わなかった。この空気が場違いなことを言ってしまったのではないかという不安を募らせた。
「えっと……」
それに煽られた二人は眼に動きを取り戻した。
「先週までは少し憂いさがあって心配だったけど、何だか今日は逞しく見えるよ。なんだかんだ言ってやっぱり真白くんは本当に優しいなって思ったよ!」
そして詮索するように一言。
「土日になんかあった?」
先週までの僕はそんな顔をしていたのか。要らぬ心配をかけてしまっていたけど、逞しくなったと言ってくれたことが嬉しかった。自分でも少し変われた気がしているから。
「ありがとう……少し良いことがあったよ」
「気になるなぁ、そのペンダントが関係あるのかな?」
「そうだね」
この調子だと全てを話しそうになる。
思い出に陶酔しきった瞳が映すは、10年前と異世界での日々。
「旅をして来た」
それからというものの「どこ行って来たの?」とか「誰かと行ったの?」、「たった2日の旅?」と色々と訊かれた。
僕は返答に窮していた。あの出来事を一から十まで話したとしても、夢でも見たの? と返されることだろう。変わったのは雰囲気だけじゃないのねとも言われそうだ。
それに、あの出来事は得意げに吹聴するものではないと思うと同時に、話したくないとも思っていた。思い出はルナとだけ共有しておきたかった。
一から十の一しか言えなくて申し訳ないと思いながら話した。
「少し遠くまで、紅葉狩りに」
「一足早い紅葉狩りかー。もしかして今週末紅葉狩りって忘れてた?」
「大丈夫、場所は別だから」
「見る景色も違うってことね」
「そういうこと」
金色の陽光に歩道が照らされ輝いている帰り道。
僕たちはその上を流れるようなステップを踏みながら進み、日常会話で盛り上がった。赤代さんと黒崎くんの惚気話に付き合わされたりもした。ただ、ツッコミの仕方が分からず、終始顔が赤かったと二人に弄られてしまったけど、それも良い思い出。
田舎から見れば都会、都会から見れば田舎。折衷案を取ったような町に住んでいる齢17の男子高校生、
ナチュラルストレートな黒髪で着慣れた赤いブレザーの制服に身を包み、背負うリュックサックにはりんごの文字とイラストの缶バッチが1つ。
僕の通う高校はこの町唯一の公立高校。白銀の壁が印象的なごく普通の校舎で、裏山と呼んでいる小さな山を管理している。
今週の金曜日、その裏山で紅葉狩りという課外授業が行われる。裏山は燃え盛るような赤で覆われており、天気予報も晴れで、絶好の紅葉狩り日和だ。
高校では部活にも勤しんでいないため、朝は大体読書をするか携帯を弄るかだ。勿論、放課後も暇だから家に直行するか、町の本屋さんに立ち寄るか、裏山に行くかだけ。高校生になってから帰りに誰かと遊んだことなどただの一度もない。
でも、今は違うのだ。
紅葉狩り当日――
予報通り天候は晴れ、裏山は赤く燃え滾っている。やる気は生徒以上のようにも見える。
時折心地よい風がぴゅーっと吹き荒れる中、校庭を通り過ぎ教室に入った。
ガラガラと扉を開けると、季節外れの夏祭りのように賑やかな雰囲気がぶわっと押し寄せた。圧倒されながら自席に着席すると、緑ヶ丘に続き赤代さんと黒崎くんが僕を囲んでいた。
あの、これは一体……何用ですか?
そんな戸惑いを気にも留めず、三人は和やかな雰囲気でいた。
「今日の紅葉狩り、一緒に楽しもうよ!」
赤代さんの言葉に僕は目を丸くした。
「ふぇ、いいの?」
と、素っ頓狂な声を上げ小首を傾げた。
「親睦会を開こうかなって、主人公が真白くんの!」
「っていうことなんだけど、真白どう?」
緑ヶ丘が顔を覗き込んだ。
「物語を紡ぐ上で主人公は欠かせないよね」
「おっ! 真白くんらしい答えだね!」
それじゃあ決まりだね、と三人は嬉しそうに微笑んだ。つられて僕も微笑む。
不思議なことだ。今ではこんなことも自然と言えてしまうのだから。楽しそうな空気に触れたなら自分も楽しくなる。悲しい空気に触れたなら自分も悲しくなる。気付いた時には自然とその空気の中にいるのだ。
ちょうどその時、何気ない朝の鐘がなった。否、僕にとってはリスタートの鐘だ――
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