本音と友達

 翌日、月曜日――


 角張った原石が多少は滑らかになって初めて学校の門を潜った。


 悪夢の教室に向かう廊下、月曜日だから朝早くから登校して来る生徒はいないのか、足音だけが寂しく響いていた。


 コツンコツンという足音にコツンコツンという足音がやまびこのように返って来る。それは綺麗な表拍と裏拍のリズムを刻んでいた。寂しく響く足音が少しの賑やかさを取り戻した瞬間でもあった。

 音のする方からは両手で大切に何かを抱え、スカートを左右に揺らした女子生徒が歩いて来ていた。どうやら彼女がこのリズムの立役者のようだ。近づくにつれてその正体は明白となった。


 赤代さん……。


「あっ、おはよう真白くん」


 博愛に満ちた明るい挨拶が笑顔と共に咲き誇った。


「お、おはよう」


 それに比べてぎこちない挨拶を返した僕。


「日直でさ、これから職員室行かなきゃ行けないんだよね。変わってくれない?」


「えっ?」


「冗談だよー」


 にひひと微笑みながら僕の横を通り過ぎる。平和な冗談を交えた会話を咄嗟に続けられる赤代さんには尊敬しかない。


 その時、赤代さんが視界から姿を消した。不思議に思い振り向くと、体勢を崩し転びそうになっていた。片足を浮かせ、片手を地面に伸ばす体勢。

 体が反応していた。赤代さんの腕を掴もうとしたその瞬間、赤代さんは片足で踏ん張りを効かせ、自力で体勢を立て直していた。


 ただ手を差し伸べている状況に陥った僕。助けようとする動作にも、突き飛ばそうとする動作にも傍からは見える。


 この場に二人だけで良かったと心底安堵した。そんな様子を上目遣いで不思議そうに見つめる赤代さん。明らかに訝しんでおられた。


「えっと……」


 心臓が高鳴った。


「大丈夫、助けようとしてくれてたんでしょ」


 その言葉に、高鳴った心臓が再び安穏な鼓動を取り戻していた。赤代さんは分かってくれていた。女子生徒の落とした筆箱を拾ってあげた時のような、あの恐怖に染まった目ではなかった。


 隠すように首から下げていたペンダントがブレザーから飛び出していることに気が付いたのもこの時だった。動揺でそこまで気が回っていなかった。

 僕は咄嗟にペンダントをブレザーの下に隠した。こんな可愛らしいペンダントを根暗な僕なんかが付けていることを知られたら、嘲られるだろうと思っていた。


「それ、おしゃれだね」


「ありがとう、おまもりなんだ」


 見られたのが赤代さんで良かったと、また心底安堵した。


「素敵だね。誰から貰ったの? 自分で買ったの?」


「貰ったものだよ」


「いいなぁー私も貰いたいな」


 どういうことだろうか?


「黒崎くんからそういうプレゼントとか……」


 彼氏から貰ったりしないのだろうか?


「あるわけないよ……」


 陰りを見せた表情に寂しい言葉だった。


「ごめんなさい、変なこと聞いてしまって……」


「ううん、良いんだよ……それよりも! そのおまもりのこと詳しく聞きたいな!」


 なぜかすごく踏み込んで来る。眼差しが眩しすぎる。


「それは話すと長くなるし……あまり一緒に居ると黒崎くんに……」


 こんな廊下のど真ん中で話す内容ではない上に、二人長く話しているとまた要らぬ噂が流れてしまう。これ以上の被害を防ぐためにも、ここは上手く切り上げた方が理想的だと思った。


 そう思ったのは束の間。浅い溜息が1つ地面に吐き捨てられた。


「そのことね……酷いよね彼奴。本当はメッセージ貰う前から気付いていたんだ。裏で噂をかき消そうと頑張っていたつもりだった。真白くんはそんな人じゃないって友達にも話したけど『騙されてるよ』、『狙われてるよ』とか、その定義付けされた真白くんをどう崩していけば良いのかなって……でも真白くんの事はあんまり知らなかった。憶測で庇ったら怪しまれるし、かと言って擁護しようとしても周りの空気に飲まれて一歩の勇気が出なかった。一度染みついた噂を塗り替えるのは難しかった」


 先の見えない不安に駆られたその瞳はとても辛く見えた。僕のために赤代さんは尽力してくれていた。それなのに、そんなことも知らずに僕は逃げてばかりでいた。自分の事なのに自分で諦めていたのだ。申し訳なさと後悔で胸が締め付けられた。


 そして、赤代さんは意を決したように、言いにくい事を言葉にするように口を開いた。


「本当はね……もっとクラスに馴染んで欲しかった。真白くんとはこそこそ話すだけの関係じゃなくて、もっと堂々と話せる関係になりたかったから。でも、その我儘が結果的に真白くんを傷つけることになるなんて思いもしなかった……」


「最低だよね……ごめんなさい」


 赤代さんから滔々と流れ出た言の葉は深く突き刺さるものがあった。

 それは、ついこの間まで逃げていた身からすれば聞きたくなかったことだけど、同時に訊きたかったことでもあった。


 あぁ、そっかそうだよね。クラスに馴染んで欲しい、か……。今になって、言われてから気付く赤代さんの本当の気持ち。


 ただ普通に会話を楽しみたいだけに、色々と考えてくれていた赤代さんには感謝の言葉しかない。

 それが結果的に今回のような事件を起こしてしまったのは致し方ない。少なくとも赤代さんは悪くない。


 それに、主犯格の黒崎くんも……って少しの期待を抱いていた。


「ありがとう。我儘じゃないし、赤代さんは悪くないから謝る必要もない」


「それだと! 真白くんが……真白くんが……悲しいよ……私悲しかった」


 赤代さんは優しい。人のためを想って行動できる上に、悲しみを自分のように感じてくれている。今だって、僕のことなのに目に涙を浮かべているのは赤代さんの方だ。


 傍から見れば僕が赤代さんを泣かせているみたい。実際問題その通りだ。


「私、金曜日の帰り道に思い切って黒崎に言ったんだ。もうやめてって、土下座して謝るまでお別れねって、さよならした。気が利いて頼りになる人だって信じていた私は、表面しか見えていない馬鹿だったのかな?」


 赤代さんは馬鹿じゃない。僕も黒崎くんのことは気が利いて頼りなる人だって思っていた。


 でも、突然悪魔が乗り移ったように豹変したのは原因があってのこと。憶測だけど、その愛ゆえの嫉妬だと思えてならなかった。


「だって真白くんは一方的な被害者だよ。悪いのは主犯の黒崎で、それに触発された軽いみんなだよ……今まで何もできなくてごめんね、本当にごめんなさい。私にできることなら何でも言って、何でもやるから!」


 両肩を強く掴まれた。だが、小刻みに震えている手は相反している。体は正直で、一歩先の見えない道に立たされた不安と恐怖に怯えているのだ。

 それでも、決意に満ちた顔で僕を見つめて来る。不安にさせない赤代さんなりの優しさが垣間見えた。


「ありがとう。でも大丈夫、これは僕の問題だから赤代さんは見守っていて。今日、ちゃんと話し合うから」


「……分かった。ちゃんと見守ってるよ」


 赤代さんは潤った目で微笑んだ。ダイヤモンドのように輝く笑顔は僕に勇気をくれた。これ以上誰にも心配をかけられないと。




 時は流れ放課後――


 部活に行く者、帰宅する者、遊びの約束をしている者、忙しない人の動きが目まぐるしい、教室から続々と各々の道を進み始めるとき。


 そんな中、寂しい背中が教室から立ち去る姿が見えた。僕はまとめていた荷物をそのままに、早歩きで教室を出た。


 喧騒な廊下をひっそりと歩いているのはよく目立った。僕は躊躇せず声をかけた。


「黒崎くん、今少し時間もらえるかな」


 ゆっくりと振り向いた黒崎くんは嫌な顔を1つ。目を細めた睨みの表情だった。


「何の用だ」


 端的に話せと早歩きなところから察せられた。


「話し合いたい」


「お前と話し合うことなど何もない」


 色を失った視線が冷たく刺さった。黒崎くんは早歩きで立ち去った。

 冷酷な瞳に残酷に吐き捨てられた言葉の数々。黒崎くんはいつだってそうだった。僕に向ける瞳は、言葉は他の誰かとは一線を画していた。それが孤立を助長し、いじめを受け入れざるを得なかった要因の1つと言っていい。


 それでも、僕は去っていく背中を追いかけた。


 ここで諦められないから。


 誰かに守ってもらってばかりじゃなくて誰かを守れるように。


 自分を救うために。


 力ずくでも黒崎くんと話し合わないと。


 その焦りが早歩きの黒崎くんを追い抜き、対面する形となった。珍しく諦めが悪く食いついて来る僕に黒崎くんは「邪魔だ」と吐き捨てるように言葉を置き、左肩スレスレを通り過ぎていった。


「もう終わりにしよう」


 声の先にはいないけど背中で感じた。足を止めた黒崎くんがそこにいることを感じた。


「何が終わりにしようだ!」


 強く掴まれた左肩が後ろに引っ張られた。自然と対面する形となった僕たち。


 鋭く吊り上がった目が怒りを纏っていた。


 嫉妬の呪縛に身動きできず、湧き出た怒りが行き場を失い本能的に弱者に注がれる。終わりにするものなど、本人が一番分かっているのではなかろうか。


「いじめ」


 その一言が時を止めた。いや、それ以上言葉を必要としなかったと言った方が適切かもしれない。


 いつもより覇気を失った黒崎くんを誘うのは簡単だった。「教室に」と呟くだけで大人しく後ろをついて来てくれた。やはり赤代さんからの言葉が響いているのだろう。



 普段は人気のない茜色に染った教室。今日は珍しい組み合わせの二人がいる。僕と黒崎くんだ。


 黒崎くんの表情は暗い。きっと金曜日の帰り道の事が響いているのだろう。


 対面した二人の間には風など吹くはずもなく、凍てついた空気がその場に留まっているようだった。


 秋も終わりを迎え、冬が顔を覗かせている。この冷たさはそんな気候だからだろうか……。


「なんで、なんでお前なんかに呼び出されなきゃいけないんだよ! 琴乃もなんでこんな奴を庇うんだよ……くそっ! ふざけんなよっ! 馬鹿にしやがって! 俺はお前が憎い」


 校庭から聞こえる覇気のある声とは違う怒気のある声だった。怒りの矛先が定まっていないよう。不安定な気持ちに振り回され、最愛の彼女でさえも攻撃対象にしてしまっている。


 ただ、人に、クラスに馴染めず孤立していることが多かった僕。そんな中、厚意で話しかけてくれた赤代さん。何も悪いことではない。


 その光景が憶測のない誤解を生み、自分とは合わない性分だと本能的に嫌い、嫉妬と嫌悪の感情を募らせた。その狭間で振り子のように揺れてしまったら最後、自分の意思では止められない。誰かが手を差し伸べて引っ張り上げてやらなければ、この悪魔の連鎖は断ち切れないのだ。


「許せなかった……どうしてこんなことするの? 何がいけないの?」


「理解ができなかった……我儘でみんなを巻き込んで、誰も幸せにならない状況を作り出しているだけ」


「少しは僕の気持ちを考えてくれたことはある? 赤代さんに寄り添ったことはある? 赤代さんは悲しいって言ってたよ……」


 その問い掛けに、黒崎くんは口を開閉するだけで声になってはいなかった。


「悔しかった。これが僕の運命なのかって、ずっと自問自答を繰り返してた……」


 どうしてだろう……意識していないのに涙が溢れて来る。もう視界が、こんなにも、ぼやけてるなんて、自分ではどうしようもできない。涙を抑えることなんてできなかった。自分の体から出ているものなのに、制御を失い暴走しているみたいだった。

 一筋の涙が頬を撫でるように伝った。流れた涙に続き、次々と頬を伝う。塩気のある雫が口に入った。際限を知らない涙は手で拭うしかなかった。数センチ先の景色も見えないほどなのだ。


 こんな姿見られまいと、ずっと我慢していたじゃないか……。


 続きを話さないと、伝えたいことはまだあるから……。


「黒崎くん、とは……友達に、なりたかった……」


 根底にあった本当の想いを述べたつもりが、嗚咽が言葉を聞き取るに堪えなくしてしまっていた。


 こんなはずじゃなかった。やっぱりこんな姿見せられない。


 涙だけじゃ足りないの?


 その自問自答は明白だった。


 これまでに溜め込んだ辛さ、悔しさ、悲しさを代弁するのに物足りなかっただけなのだ。

 人前では弱みを見せまいと必死に堪えていたものが、あの時を思い出すと堰を切ったように流れ出て来た。


 もう、誰にも止められないくらいに――


 鼻を啜る音、布が擦れる音、少し荒くなった呼吸音、寂しさで場が支配されていた。


 黒崎くんは黙り込んだまま俯いている。僕自身も堪えきれない感情と戦っていた。



 どのくらいの時が流れただろう。もう数十分は流れたと思う。


 少し落ち着きを取り戻した僕は深呼吸した。動きのある僕と相反するように、黒崎くんは身動き1つせずその場に立っていた。


 窓の外の喧騒が落ち着いた時。


「お、おれ……」


 声が聞こえた。


「ごめん……」


 俯く声が聞こえた。


「嫉妬してた……」


 本音が聞こえた。


「知ってた」


 透き通った清流のような声が聞こえた。


 半開きになった教室の扉をガラガラという音と共に一歩を踏み入れていた。


「赤代さん……」


「琴乃……」


 僕たちの間に割って入る。それは二人を繋ぐようにも、引き裂くようにも思える。


 見守っていてと言ったのに、耐えきれなかったのだろうか。他人事を自分事のように共感できる優しい人だから。


「真白くん、かっこよかったよ」


 かっこいいとは……普通はそう例えるものなのだろうか。勇気を振り絞っただけなのに。


「黒崎……バカ」


「…………」


「私が別れるって言わなきゃ今も続けてたよね?」


「…………」


「私、悲しかったよ。知らないうちに私も被害者の一人になっていたんだもの」


「あっ…………」


    ◇


 ――黒崎くんって赤代さんの何なの?


 あのムカついた言葉。何なのと聞かれても彼女としか思いつかなかった。それ以前に琴乃は琴乃であってそれが1番目、俺は何番目かも分からないが彼氏だ。


 告白した時、幸せな付き合い方をしてみせるって強がって宣言した。周りに有無を言わせないと。


 間違ってた。


 嫉妬してた。


 仲良く話す二人を見ると心が締め付けられた。一緒に登校しようと誘った時も予定があるからと先に行ってしまった。


 実際、教室に入ったら二人仲良く話している。予定だったんだろうけど、なんで此奴? こんな根暗が琴乃を引き寄せたのか?


 分からなかった。どうすれば、もう一度あの時みたいに振り向いてくれるのだろうかと……。


 黒い芽が出た。


 虚偽の悪評が原因で二人が距離をとる。琴乃は俺の元に戻って来てくれる。単純で中身の詰まっていない奸計、それで十分だった。


 でも、想定外が起きた。悪評が想像以上に効力を発揮し、俺に味方するものが現れた。一度いじめて叩き落として終わりにしよう。そう思っていた。


 そう、一度だけと思っていたのに……気付けば何度も、何度も繰り返していた。


 エスカレートしたいじめはもう後戻りできないところまで進んでいた。それを自分では気付けなくて、琴乃に言われて初めて気付けた。


 黒い芽は都合よく花を咲かせないのだ。


    ◆


「ごめん………………本当に、ごめん……」


 小さな声が聞こえた。


「ごめんなさい」


 頭を深く垂れたその姿からは顔色は伺えない。だけど、1つだけ分かることがあった。

 教室の床に一粒の水滴が落ちていた。か細く揺れ動く体から不規則に落ちていた。その様子に赤代さんは驚き慌てふためいていた。思いがけない展開に動揺を隠せずにいたのだろう。

 赤代さんはハンカチを手渡そうとしたが、黒崎くんは受け取ろうとしなかった。


「おれ、どうしたらいい……」


 震える声音で問い掛けていた。その声から分かる。黒崎くんの心は後悔に支配され周りが見えていないことを。


 一時の感情に支配され周りが見えなくなる人は多い。そこで一歩踏み留まって考えられる人の方が少ない。


 僕も前者だ。だから、今の黒崎くんの気持ちはよく分かる。暗闇の中で足掻いて光の穴を見つけることだけに注力してしまう。光の穴は前にはない。いつだって後ろにある。周りを見渡せば気付ける、簡単な迷路だから。


 僕に言えることは1つだけ。赤代さんが口を開こうとしたところを横取りした。


「友達になってくれませんか?」


「えっ?」


 赤代さんが目を丸くして僕を見つめる。驚愕の表情で黒崎くんも顔を上げた。目は赤く、涙がぽろぽろと溢れていた。


「本気で言ってるの?」


 赤代さんは僕に詰め寄った。


「あんなに酷いことをしたのに、償いもなしに許すって言うの? 謝ったから償えましたって問題じゃないのよ!? 真白くんの時間を奪ったの! 命を削ったと言っても過言じゃないの!」


 声を大にして凄い剣幕で赤代さんは訴えた。それには廊下を偶々通り過ぎた生徒も振り向き、訝しそうな目を向けて立ち去った。


「ありがとう、僕は大丈夫だよ。一生口を利かない関係になるよりも、普通に接してくれる関係の方がありがたい。関わりたくないって普通は考えるかもしれないけど、僕は友達になりたいから」


「……優しすぎるよ」


 赤代さんがぼそっと呟いた。


「おれは取り返しのつかないことをしたのに……」


「友達になってくれたら嬉しいし、最初からそうなりたかったから。でも、人を傷つけたことは絶対に死ぬまで忘れないで欲しい。それは自分への戒め、生涯をもって償って欲しい。二度と同じ過ちを繰り返さないためにも……僕はあの痛みを忘れない。忘れられないから」


「……………………」


 潤んだ瞳が揺れる。それは黒崎くんから言葉を剥奪した。


 自分の過ちを悔いて悔いて悔いて悔いて悔いて悔いて悔いて悔いて悔いて悔いて、やっとその重さに気付けて己の身に降りかかる。


 そこでやっと事の重大さに気付く。人間ってそんなものだ。


「返事は!」


 叫んだ僕に二人は身を震わせ、目を丸くしていた。


「はい!」


「……やっぱりかっこいいよ真白くん」


 そして、黒崎くんは赤代さんの目を見た。


「琴乃、おれは幸せな付き合い方をしてみせるって強がってたくせにやってることは悪魔だった。自分だけの琴乃じゃないのに、さも自分の琴乃みたいに振る舞って、辛い思いさせて本当にごめんなさい……」


 頭を深く垂れた黒崎くんに赤代さんは溜息をつくと、黒崎くんに歩み寄り肩をトントンと軽く叩いていた。


「またよろしくね」


 優しく微笑む赤代さん。


「琴乃……」


「言ってくれたよね。幸せな付き合い方をしてみせるって」


 僕は友達になって欲しいと裁きを下した。


 赤代さんはまたやり直そうと裁きを下した。


 お互い考えることは『リスタート』の1つしかないだろう。


 道を誤った。それは咎めるべきものだけど、それで終わりじゃダメなんだ。その先の道筋だけでも示してあげないと、また道を誤るかもしれない。だから、僕はこの決断をした。赤代さんもまた同じなのかもしれない。


「……二人とも優しすぎるよ」


 揺らいだ瞳がダイヤモンドのように光り輝いた。元はこんなにも綺麗な瞳をしていた。荒んで廃れていた黒い瞳は、今やもう宝石のようになっていた。


「真白くんに比べたら私は全然優しくなんかないよ。私の言ってることが優しく聞こえたなら怠惰だよ。黒崎にはちゃんと私を幸せにしてもらうからね! 幸せってどういうことかちゃんと考えてもらうからね!」


 彼女さんらしい裁きだった。


 黒崎くんは力強く頷き、僕たちの目をしっかりと見据えた。


「今日一緒に帰ってくれますか?」


 僕と赤代さんは互いに目を合わせた。


「こちらこそ!」


「今日もでしょ!」


 再び互いに目を合わせた。言葉こそ揃わなかったが、想いは一緒だ。


「ありがとう」


 黒崎くんのその言葉を最後に、僕たちは教室を後にした。

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