第3話 私の幸せな結婚と元婚約者の末路

 新しい婚約者は、私の強い希望によりマテオ・グレービィ伯爵令息に決まりましたわ。


 お父さまが理解のあるタイプでよかったです。


 同格ならともかく、公爵さまや王太子殿下などが加わってしまったので調整は大変だったようですの。


 公爵さまには年齢差を、王太子殿下には側室であることを理由にお断わりしたそうですわ。


 その上で政治力のあるツテなども活用したようですが、その辺はお父さまにお任せでしたので私にはわかりません。


「ミランダ。これからもよろしくね」


「こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 誠実そうな茶色の瞳が、私を見つめている。


 優しそうな中にもチラチラと見える欲望。


 それが恥ずかしくて、私は目を逸らす。


 嫌ではないわ。


 アナタに欲望の対象とされるのは。


「私……アナタのお嫁さんになるのね」


「そうだよ。ミランダ」


「覚えてる? 小さな頃、お花畑でした約束を」


「ああ。覚えているよ」


 私が住むパイソン伯爵家の屋敷と、マテオの住むグレービィ伯爵家の屋敷。


 間を挟むようにして花畑があります。


 そこは子供の頃、私たちの遊び場で。


 二人で、あるいは兄たちを交えて遊んでいた思い出の場所。


「大きくなったらボクのお嫁さんになって、と、キミにお願いしたんだよね」


「ふふ。そうね。私は、いいわ、と、答えたのよね」


「その約束が叶えられるんだね」


「ええ。叶うわ」


 色々あって、私はシュルツ・ダート伯爵令息と婚約して。


 マテオは外国へ留学することになったのだけれど。


 幼い頃の約束は拙いながらも人生の正解に一番近くて。


 それに気付くまでに私たちも周囲の人々も時間がかかったけれど。


「よろしくね、私の可愛い婚約者さん」


「こちらこそよろしくね、私の素敵な婚約者さん」


 初夏の日差しこぼれる午後。


 私たちは思い出の花畑でキスを交わした。




 そこからは怒涛のような日々。


 結婚って大変ね。


 私はシュルツとの結婚準備で色々と知識はあったけれど、それでも大変だったわ。


 でもね。


 ひとりで全てこなさなければならない、と、思っていた時とは違って。


 今回はマテオが隣にいるわ。


「コレの予算は、このくらいで妥当かな?」


「ええ、大丈夫だと思うわ。招待客リストの方は大丈夫かしら?」


「ああ。いいと思うよ」


「漏れがあったりすると大変ですもの。おじさまにも確認を取ってくださいね」


「んっ。分かった」


「爵位継承も結婚と同時にされるのかしら?」


「ああ。その方がいいみたいだ」


「私たちの結婚を見届けたら、おじさまたちは領地に引きこもるおつもりかしら?」


「ん、一応ね」


「一応?」


「嫁に気を遣わせないように領地に引きこもるつもりだったみたいだけど……相手がキミになったろう? それなら、こっちに居てもいいかもしれないと思ってるみたいだ」


「ええ、その方がいいわ。おじさまたちが居て下さった方が心強いし。私、おじさまたち好きよ」 


「ふふふ。それにね……」


「なぁに?」


「孫が出来たら側で成長していく所を見たい、って言ってたよ」


「まぁ!」


 あら、いやですわ。


 おじさまたちったら気が早い。


 結婚はこれからですのに。


 ……あぁ、でも来年には。


 そうだわ。早ければ来年あたりには……。


「ふふ。まずは結婚しないとね」


「ええ……ええ、そうね」


 私たちの結婚式は間近に迫っています。


「天気が良いといいね」


「そうね」


 マテオは茶色の目を柔らかく緩めて私を見ています。


 窓から入って来る風にサラサラの茶色の髪が揺れる。


 その髪に手を伸ばして指に絡め、彼の唇をかすめるようにキスをする。


 パッと離れようとした私を、彼の体が包み込んで抱きしめられた。


 ここはグレービィ伯爵家の応接室。


 手入れの行き届いた調度品に囲まれた室内は、グレービィ伯爵家の歴史と人柄を感じさせます。


 晴れやかな初夏の昼下がり。


 品の良い茶器に懐かしい香りのする紅茶。


 見た目は地味でも美味しいことを知っている菓子が並ぶテーブル。


 優しい午後のティータイムは穏やかで甘い。


 結婚に向けての時間は慌ただしくも波乱なく、流れるように過ぎて行き。


 華燭の典を迎えてみれば。


 私の心は曇りなく、ただただ弾んでいた。


「ぐすっ……こんなにニコニコしてばかりの花嫁は見た事がないよ、ミランダ」


「お父さまったら」


「ええ。えぇ……ぐすっ……少しは涙を見せてくれてもいいのよ? ミランダ」


「泣いたらお化粧が崩れてしまいますわ、お母さま」


「キミがお嫁に来てくれるなんて……ぐすん。これで我が家も安心だ」


「あら、いやだわ。おじさま、泣かないで?」


「ぐすっぐすっ……、ねぇ、ミランダ? もうお義父さまでしょ?」


「ああ、そうでしたわ。おばさま。いえ、お義母さま」


 結婚式を終えた会場には。


 ニコニコ顔の花嫁と、緊張でカチカチの花婿。


 そして涙が止まらない両家両親の姿があった。


「父上、ミランダは遠くに行くわけではないのですから……あぁ、もう泣かないでくださいよ」


「お兄さま。次は、お兄さまの番ですわよ」


「あぁ、そうだよね。ミランダ。僕の時がどうなるか、少し心配だよ」


「お兄さまの時には、大丈夫なのではありませんか?」


「先方の親御さんは泣くだろう? それに僕もマテオのようにガチガチに緊張しそうだよ」


「あら、お兄さまでも緊張するの? それは見てみたいわ」


「意地悪だな、ミランダ。見てろよ。お前の部屋を、すぐに子供部屋にしてやるからな」


「ふふ。そちらの方はごゆっくり」


「おう。人妻の貫禄が出てきたな。そっちは早めにな。父上たちが騒ぎそうだ」


「まぁ、お兄さまったら」


「ぐすっぐすっ。ミランダ。ミランダが母親に……」


「今日結婚したばかりですのよ? 気が早すぎますわ、お父さま」


「ぐすん……孫はどちら似になるかしら?」


「気が早いですわ、お母さま」


「グスッ……男の子も欲しいけど、女の子も可愛いわよね……スンッ」


「お義母さま? ですから気が早い……」


「グスングスン……女の子かぁ……嫁にやりたくない……」


「お義父さま? ですから気が早すぎますって……」


「あぁ、そうだ。女の子は結婚させないぞぉ」


「マテオ? アナタまで?」


「女の子だったら、王家へ嫁に出さないか?」


「男の子だったら、公爵家から嫁を貰う気はないか?」


「王太子殿下? 公爵さま? ですから、気が早すぎますのよ」


「いやいや、ミランダさま。いや、グレービィ伯爵夫人。婚約は早く決めた方がいい」


「そうですよ、グレービィ伯爵夫人。貴族の婚約は遅くなると面倒ですからね」


「王太子殿下や公爵さまの言う通りだ」


「あら、マテオ。アナタまで?」


「そうだよ、ミランダ。私が花畑での約束通り、キミを婚約者に迎えていたのなら。婚約破棄なんて面倒なことはさせずにすんだのに」


「あら? そうなのですか?」


「そうね、あの時。マテオの言う事なんて聞かないで婚約を決めてしまえばよかったのよ」


「お義母さま? 何のお話でしょうか?」


「実はね、ミランダ。キミを婚約者に、という話は我が家でも出ていたのだよ」


「あら、そうなのですか?」


「うんうん。なのに、マテオが。『ミランダがもう少し大きくなって本人にしっかり確認してからにしたい』というから」


「そうなのよ、ミランダ。グズグズしている間に、横から攫われてしまったのよ」


「まぁ」


「もういいじゃないですが。父上、母上。こうして無事、結婚出来たのですから」


 恥ずかしそうに頬を赤らめるマテオは、どこまでも甘く優しい。


 賑やかに披露宴も終わり。


 私の幸せな結婚が幕を開けるのだ。



 元婚約者のシュルツ・ダート伯爵令息がどうなったか、ですって?


 彼は、実の妹に手を出した、など悪い噂が立って。


 男爵令嬢どころか一代貴族の令嬢にも断られて、結局、商家の令嬢を迎え入れたそうですわ。


 高額の支度金と共にね。


 でも結局、その商家の令嬢にも逃げられて。


 借金の返済を迫られているそうですけど。


 幸せになった私には、関係のないお話ですわね。


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