第2話 婚約破棄したらモテモテになったわ

「ええ、そうよ。婚約は解消したわ」


 本来は向こう有責の婚約破棄になる筈でしたけどね。


 もちろん、そんな言う必要のないことは口にはしませんわ。


 上品かつ端的に答える方が、このような場合は好ましいのです。


 今宵は王宮での舞踏会。


 華やかな社交シーズンが幕を開ける時期です。


 興味津々に近寄ってくる方々に対して事の次第を上品に語り、少し目を伏せる私。


 案の定、皆さまは私に好意的。


「それは大変でしたわね、ミランダさま」

「ダート伯爵令息の妹びいきは外から見ていても酷かったからな」

「今までよく我慢したね、ミランダさま」


 それぞれに慰めを口にしながら、私の回りには人だかり。


 婚約を解消して独り身となった私、ミランダ・パイソン伯爵令嬢は注目の的ですわ。


 狙ったわけではありません。


 必然ではありますが。


 他人の不幸は蜜の味。


 人の興味は変わりませんわ。


「今日はシュルツ・ダート伯爵令息の姿は見えないね」

「スカーレット・ダート伯爵令嬢の姿もですわ」

「流石に恥を知っていれば今日は出席できまい」

「そうですわね」


 クスクスと笑い混じりに語り合われる噂話。


 正直、その真ん中に置かれるのは不愉快ですわ。


 でもこれは婚約を解消してフリーになった私が通り抜けなければならない儀式のようなものですの。


 今夜だけは耐えますわ。


「ミランダ、大変だったね」


「あら、久しぶりね。マテオ」


 マテオ・グレービィ伯爵令息が私に近付いてきましたわ。


 彼は私の幼馴染。


 同い年で屋敷も隣り合っていましたので小さな頃は仲良くしていましたわ。


 最近はご無沙汰していたけど。


「帰ってらしたのね」


「ああ。留学先からは戻ったよ」


「ふふ。お帰りなさい。これでグレービィ伯爵家も安泰ね」


「いや、なかなかそうもいかなくて。あちらの学校は卒業したのだが、こちらの学校を卒業するには単位が足りなくてね」


「まぁ、大変。学科は?」


「国語だよ」


「……あら」


「ふふ。あちらの学校の国語は、こちらの学校の外国語だからね」


「ふふふ。そうよね」


 久しぶりに会ったマテオ・グレービィ伯爵令息は、相変わらず素敵。


 彼は知らないことだけど、私の初恋はマテオでしたのよ。


 サラサラの茶色の髪に色白の肌。


 少し浮かんだソバカスがチャーミング。


 スラっと背が高くて、筋肉はそれなり。


 貴族ですものね。マッチョではないわ。


 それでも私よりは十分逞しい。


 なにより、優しいのよ、マテオは。


 楽しくお喋りするけれど、婚約解消のことは何も聞かない。


 聞いてくれてもいいのよ? マテオ。


 私、今フリーなの……。


「おや、こちらにいらっしゃいましたか。ミランダさま」


「あら、エミリオ王太子殿下。ご機嫌麗しゅうございます」


 私は美しいカーテシーを王太子に披露しました。


 隣でマテオも礼をしています。


 なんてスマートで上品な礼でしょう。


 私は横目でチラッとマテオを伺います。


 気付かれないといいのですが。


 と、思う反面。


 気付いて、とも思う乙女心。


 お分かり頂けるでしょうか?


「ミランダさまがシュルツ・ダート伯爵令息との婚約を解消したとの話を聞いたが本当かね?」


「はい」


 王太子殿下ともなると単刀直入ね。


「ならば、私が婚約を申し込んでもよいだろうか?」


「はい?」


「失礼します、王太子殿下。殿下には、既に婚約者がいらっしゃるはずでは?」


「ああ。アレは正妃だ。私は側妃も持てる立場だからね」


「……」


 ああ。そういう事ね。


 パイソン伯爵家は、身分こそ低いものの力のある家よ。


 今の王妃さまの妹の娘が母方の伯父の結婚相手ですし、遡れば王家の血も入っている家系です。


 その上、商売も上手くいっているお金持ち貴族。


 領地経営が上手くいっているのもありますが。


 我が家の領地には宝石が採掘できる山も含まれていますの。


 先代の弟、私から見て叔父にあたりますが、その方が宝石加工の新しい技術を開発しまして。


 職人も多く抱える領地にて、素晴らしい宝飾品を生産しております。


 次兄は、その宝飾品を売る商いをしておりますのよ。


 王家もお客さまです。


 ですから、私を王家に取り込むことは、とてもメリットがあります。


 賢い選択ですわ、王太子殿下。


 ですが、私、側妃というのはちょっと……。


「正妃だとお妃教育だとなんだのとウルサイからな。側妃なら、さほど学ぶ必要はないし。キミは賢いからすぐにこなせるようになるさ」


「……」


 いえ、そこではございません。


 国内においては側妃というのも女性の地位として高いものがございます。


 ですが、王太子殿下。


 そこではないのです。


「私はキミを側妃にしたいと考えている。お父上であるパイソン伯爵に申し込むつもりでいるが。直接、キミにも声を掛けておこうと思ってね。私との結婚、そう悪い話ではないと思うよ」


「はぁ……」


 確かに。王太子殿下は、いかにも王子さまといった容姿をしていらっしゃいます。


 性格も悪くありませんし、頭も悪くはないと聞いておりますわ。


 ですが私、王太子殿下は好みではありませんのよ。


「まぁ、考えておいてくれたまえ」


 王太子殿下は言いたい事だけ言うと、サッと踵を返して去っていかれましたわ。


 後姿も凛々しく美しいので、ご令嬢たちはうっとり見つめていらっしゃいますけれど。


 私が結婚に求めるものは、それではございません。


「おやおや。甥っ子に先を越されてしまったな」


「これは、ハイラム公爵さま。ご機嫌麗しゅうございます」


 ハイラム公爵さまは、国王の弟君にあたります。


 私は美しいカーテシーを披露しました。


 隣でマテオもスマートな礼を披露しています。


 素敵です。素敵です。


「ミランダさま。私との結婚も考えてみてくれないだろうか?」


「はい?」


「私には婚約者もいない。私自身、たいした仕事をしていないから妻の役割も限定的だ。キミに苦労はさせないよ」


「はぁ……」


「私の領地は安定しているからね。経済的な苦労もさせないよ。どうだろうか? 考えてみてくれたまえ。お父上には正式に申し込みをするからね」


「はい……」


 ハイラム公爵さまは言いたいことだけ言うと、さっさと行ってしまわれました。


 王太子殿下の叔父といっても、年齢差は一回り程。


 離れすぎているわけではありません。


 地位もあり、穏やかな性格。お務めも最低限ですから、忙しい生活が嫌という方にはうってつけの結婚相手ですわ。


 でも、それが私に当てはまるかというと……微妙ですわ。


「ミランダ。随分と……モテモテだね?」


「ええ。何故だか私、モテモテになっているみたい」


「ねぇ、ミランダ」


「なぁに?」


「私も、その列に並んでいいだろうか?」


「……っ」


 トゥクン。


 心臓が大きく跳ねる。


「……どうだろうか?」


「……っ」


 はい、と、返事をしたかったけれど。


 言葉が詰まって出て来ませんわ、どうしましょう。


 私は慌てて何度も何度もコクンコクンと頷きました。


 これで伝わっていると良いのですが。


 マテオはふわっと笑って私の手を握ってくれましたから。


 多分、伝わっていると思うのです ――――――。



 マテオは私に言った通り、父に私との結婚を申し込んでくれました。


 結婚の申し込みは、王太子殿下に公爵さま、侯爵に伯爵に子爵男爵、それはもう沢山ありましたわ。


 幼少時からシュルツ・ダート伯爵令息と婚約しておりましたから気付きませんでしたが、私、優良物件だったようですわ。


 よく考えてみれば、我が家が宝飾品で財を成し始めたのは、ここ10年ばかりのことでした。


 それでパイソン伯爵家の株が大きく上がり、一人娘である私の価値も上がっていたようですの。


 シュルツ・ダート伯爵令息の方は、妹との噂が立った挙句、義妹だと思っていたスカーレットさまと片親が繋がっていたことが判明し、大騒ぎになっているらしいですわ。



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