【短編】そんなに妹がお好きなら結婚したらどうですか?

天田れおぽん@初書籍発売中

第1話 私の婚約者は妹が大好き

 私はミランダ・パイソン。20歳の伯爵令嬢よ。


 結婚を間近に控えた私は、幸せの絶頂とも言えるわね。


「ミランダ。お前は今日も辛気臭い顔をしているな」


「本当にそうね、お兄さま。結婚を控えた若い貴族令嬢とは思えない華の無さですわ」


「その点、我が妹であるスカーレットを見ろ。キラキラと輝いているではないか」


「もう、嫌ですわ。お兄さま。揶揄わないでくださいまし」


「……」


 でも、結婚前はマリッジブルーを抱える時期でもあるわ。


 ご存じかしら?


 マリッジブルーとは、結婚の前後で気分が落ち込んでしまったり、不安に襲われたりする症状のことを言うそうよ。


 それはそうよね。


 結婚前なんて、衣装のことや会場のこと、招待客のことなど、決めなければいけない事が山積み。


 忙しくてグッタリしてしまうわ。


「たかだか結婚式の準備ごときで、その体たらくとは。先が思いやられるよ」


「そうですわね、お兄さま。お兄さまは伯爵家をお継になるのですもの。その夫人ともなれば忙しいのは当たり前のことですわ」


「そうだな、スカーレット。お前なら簡単に切り盛りできるな」


「ええ。お兄さま。お任せくださいませ。私、お兄さまの為であれば頑張りますわ」


「本当にお前は可愛いなぁ」


「もう、お兄さまったらぁ~」


「……」


 忙しいだけでなく、結婚後の生活について不安を抱える時期でもあるわね。


 女性は住む場所も変わるし、名前も変わるでしょ?


 貴族女性の場合には爵位も変わったりするわ。


 自分が直接、爵位を賜るわけではないけれど。


 お付き合いしなければいけない方々も、当然、変わるわよね。


 貴族のお付き合いは一つ間違えると文字通り首が飛ぶこともあるから本当に憂鬱だわ。


「結婚と同時に伯爵位を継ぐことになっているからな。失敗は許されない」


「そうよ。ミランダさまがしっかりしてくださらないとダート伯爵家が恥をかくのですわ」


「キミだって恥をさらしたくはないだろう? ミランダ」


「手抜かりが合ったら、ミランダさま。アナタおひとりの責任ですからね」


「そうだぞ、ミランダ。キミが試される場だ。しっかりしてくれ」


「……」


 イライラしたり、食欲が落ちたり、眠れなくなったり。


 新生活を控えて体調万全にしておきたい所なのに、健康管理が上手くいかないのってストレスよね。


 それにお肌の調子も悪くなるでしょ?


 結婚式のために美容にも気を配りたい時期なのに。


 肌荒れとか、吹き出物とか。


 本当に辛いわ。


「あら、ミランダさま。そのお肌……荒れてらっしゃる? 吹き出物も?」


「なんだ、ミランダ。肌のお手入れひとつ満足にできないのか?」


「嫌だわ。こんな方が、私のお義姉さまになるなんて」


「ホント、自覚が足りないぞ、ミランダ」


「……」


 そんな辛いマリッジブルーの対策は、相手に自分の気持ちを正直に話したり原因を特定することらしいわよ。


 原因がはっきりすることで、気持ちスッキリ、気分ハレバレということね。


 マリッジブルーの原因は、婚約者であるシュルツ・ダート伯爵令息と、スカーレット・ダート伯爵令嬢。


 金髪碧眼の良く似たお二人が、私を憂鬱にする原因ですの。


「そんなに妹がお好きなら、スカーレットさまと結婚なさったらいかが? シュルツさま」


「何を言っているんだ、ミランダ」


「そうよ。私たちは兄妹なのよ? 結婚なんて……」


「スカーレットさまは、ダート伯爵さまの再婚相手の連れ子ですもの。血の繋がりもありませんし、結婚できるのではありませんか?」


「それはそうだが……」


「お兄さま?」


「いや、スカーレット。ミランダの言う事にも一理あるな、と、思って……」


「まぁ」


 ここはダート伯爵家の応接室。


 豪奢な室内は、ダート伯爵家の豊かさを感じさせます。


 暖かな春の昼下がり。


 豪華な茶器に香り豊かな紅茶。


 目にも鮮やかな菓子が並ぶテーブル。


 華やかな午後のティータイムに争いごとは似合わない。


 それは分かっていますけれど。


 マリッジブルーの対策には、楽しい事を計画したり、気分転換をしたりすることも良いらしいわ。


 もちろん、結婚を考え直してみる事もね。


「私はシュルツ・ダート伯爵令息さまなどには勿体ないと思いますの」


「っ⁈ 何を言ってるんだミランダ⁈」


「えっ⁈ どういうことですの⁈ ミランダさま⁈」


「アナタのようなロクデナシに、私のような真面目で真っ直ぐな優秀な人材が、シュルツさま如きの妻に収まるなど、笑止千万。バカバカしくてやっていられないわ。いくら私の考え方が大人で寛容だからって、なにもシュルツで我慢することなくない? 見た目だって金髪碧眼だらけのこの国で、黒髪黒目色白という一段飛びぬけた素敵なルックス持っているの。スタイルだって細いだけでなく手足も長くて出るトコ出ているという奇跡の肉体を所持しているのよ。何もシスコンとブラコンに挟まれて苦労する道を選ぶ必要などないでしょ?」


「おいっ⁈ なんで俺たちを罵倒する?」


「そうよ、そうよ。ミランダさまが悪いのに、なぜお兄さまを悪く言うの?」


「なにをおっしゃっているのやら。悪いのはそちらでしょ?」


「どういう意味だ⁈」


「そうよ、何も思い当たる所がないわっ⁈」


「そうですよねぇ~。おバカちゃんですからねぇ~。スカーレットさまは」


「おいっ! 妹の悪口を言うな!」


「そうよっ! 私のドコがおバカちゃんだというのっ⁈」


「あのねぇ~、そもそも結婚は二人でするものなの。両家で行うものなの。なぜに色々な作業を私一人で抱え込まなきゃいけないのかなぁ? 変でしょ、おいっ!」


「なんだその口のきき方はっ!」


「そうよ、嫁ぐ身で生意気よっ!」


「生意気も何もないでしょっ! 私は同格の家の娘よ⁈ 伯爵令嬢なのよ⁈ なにバカにしてくれちゃってんの! どうかしてのはそっちでしょ⁈」


「同格って言っても、嫁いできて世話になるのはそっちだろ⁈」


「そうよ、そうよ!」


「爵位は同格でも経済状態は全く違うでしょ? 我が家は領地経営も上手くいっているし、兄も商売で儲けているわ。それがコチラの家はどう? 領地経営はともかく、商売の方が上手くいっていないじゃない。アナタが担当している商売の方が、ねっ!」


「そっ……そんなことは……」


「お兄さま?」


「結婚式の費用だって、我が家が出した分を使い込んでらっしゃるでしょ?」


「うっ……」


「お兄さま?」


「父と兄に確認いたしました。どういうわけか、我が家が出している金額と私が扱える予算の額が桁違いでしたわ。どう計算してもやり繰り出来ないから、おかしいと思っていたのよ……」


 私は椅子から立ち上がった。


「結婚を取りやめさせて頂きます」


「はぁ⁈」


「なにをおっしゃって……ミランダさま?」


「使い込んだ分は請求させて頂きますのでよろしく」


「ちょっ、ミランダ⁈」


「ミランダさま?」


「シュルツ・ダート伯爵令息さま。この婚約、破棄させて頂きますわ」


 私は踵を返して、その場を後にしましたの。

 

「待てっ! 待てミランダっ! 話せばわかるっ!」


「えっ? ミランダさま? あっ、待って! ミランダさま!」



 何やら慌てたような声が聞こえますけれど、私は振り返りませんわ。


 本当に、気持ちスッキリ、気分ハレバレ、ですわね。うふふ。



 その後、私たちは本当に婚約を解消いたしました。


 あちら有責の婚約解消です。


 お金がない、立場が悪くなる、などゴネて泣きついてきたシュルツ・ダート伯爵令息に、お父さまが呆れて婚約解消に留めてあげたみたい。


 婚約解消となると高額の違約金が発生しますからね。


 ダート伯爵家はお金がないから仕方ないですわ。


 ムカつきますけど、無い袖は振れないですし。


 結婚費用の使い込み分だけでも回収できたのでヨシとしましょう。


 私との婚約解消でシュルツ・ダート伯爵令息にはケチが付いたから次の婚約者選びは大変ね。


 本当にスカーレットさまと結婚なさればいいのだわ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る