あのまばたきの意味

平 遊

あのまばたきの意味

 カナは、彼の温もりを独占して、幸せそうな顔で目を閉じている。

 私は複雑な思いで、その光景を眺めていた。


 カナと私の間には、いつの頃からか暗黙の合図があった。


 GOの場合は、まばたき一回。

 STAYの場合は、まばたき二回。


 あの日。

 カナは確かに、一回しかまばたきをしなかった。だから彼は、今でもまだここにいる。



「他の女と付き合いたいんだったら、私のことなんて必要ないでしょっ!」


 ヒステリックに私が叫んだのは、彼の3度目の浮気が発覚した一年前。

 それでも彼は


「ずっと一緒にいたいのはキミだけなんだ」


 と、涙ながらにそんなことを言う。

 私が黙っていると、項垂れたまま彼は私の部屋を出て行った。


「これで、いいのよね」


 その場に居合わせたカナは、静かに私達を見守っていたけれども。

 ヘナヘナと座り込んだ私にそっと体を寄せると私の目を覗き込み、そして。


 ゆっくりと一度だけ。

 まばたきをしたのだ。


 私はとっさに立ち上がり、部屋から出て彼の事を追いかけていた。



「ちょっと、コンビニ行ってくる。ついでになんか買ってこようか?」

「え?う〜ん…」

「新作スイーツとか」

「うんっ!」


 カナから離れると、彼は私に私の大好きな柔らかな笑顔を向けてから、スマホを置いて部屋を出て行った。

 程なくして、そのスマホがメッセージを受信した。

 特に、中を覗き見るつもりはなかったけど、表示されていたメッセージはー


 ”は・や・く♪もうセ○ン着いたよ♡“


 私は思わずカナを見た。


「ねぇ…あの時のあのまばたきの意味って、なんだったの?」


 カナは我関せずと、ソファの上で寛いでいる。


「もしかして、あなたが彼と居たかっただけ?」


 ふわぁと小さな口を目一杯開けて欠伸をしてから、カナは私を見た。

 カナはとても頭のいいネコだ。

 …もしかしたら、私よりも。

 私はカナに、いいように使われているんじゃないだろうか?


 ふと気づくと、カナがじっと私を見ていた。


「なに?」


 尋ねると、カナは彼のスマホをチラリと一瞥し、一度だけまばたきをした。


「…分かった。行ってきます」


 私は彼のスマホを手に、近くのセ○ンに向かって部屋を出た。


 彼の浮気性はきっと、一生治らないだろう。それでも、そんな彼がきっと、カナは大好きなのだ。

 そしてカナは、私にとっての大切な家族。


「新作スイーツいっぱい買ってもらおうっと」


 そう呟いて、私は心のモヤモヤにそっと蓋をした。

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