第5話 調査と主張

 メルベーユ王立魔法学園は、王都の中心街から離れた小高い丘の上にある。


 周辺は、豊かな自然と鉄柵に囲まれ、許可なく立ち入った者は人であれそれ以外であれ厳しく取りしまられる。


 同じ王都に住んでいようと平民はまず立ち入れない。それどころか貴族であっても宮廷の許可なく立ち入ることはできない。


 その逆に、生徒が無断で外出することも不可能である。校則や規則云々ではなく物理的に。


 まさに学園とは、外界より隔離された子供たちの箱庭なのだ。


 そんな学園の中庭を黒いスーツ姿の男女が歩いていた。


「はぁ……お家帰りたい」

「往生際が悪いですよ先輩」


 辛気臭いため息をついた男は、全体的にくたびれ気味で、中間管理職然とした空気が滲んでいる。


 男を先輩と呼んだ女性の方は、まだ年若く、同じ誂えのスーツでもこざっぱりした印象を受ける。新卒を経て多少仕事に慣れ始めた社会人のようだ。


 この2人の男女は、国王の命により宮廷から派遣された調査官たちだ。貴族が事件を起こすと、通常の法律が適用されないため、同じ貴族である彼らのような人間が調査に訪れる。


 ただ、彼らのモチベーションは非常に低かった。


「まさかこんな厄介ごとを押し付けられるとは……はぁ」

「先輩っていつも貧乏くじ引かされますよね。おかげで私まで飛んだとばっちりですよ」

「俺の実家は代々弱小の宮廷貴族だし、家も告げない次男だからな。いざという時、切り捨てても恨まれにくいからこういう厄介な案件を押し付けられるんだよ」

「世知辛い世の中ですね」

「……お前も人のこと言えないだろ」

「まぁ、そうっすね。私の家もしがない騎士家系なので、独り立ちしてもこんな裏方の職場にしか配属されませんし」

「こんな職場の上司を目の前に言うセリフじゃねぇなー」


 調査官たちは、軽口を叩きあい乾いた笑みを浮かべた後、同時に肩を落とした。心なしか進む足取りも重い。


「ま、なっちまったもんはしょうがないじゃないですか。覚悟を決めましょう先輩!」

「……若者と違ってオジサンは切り替えにも時間がかかるんだよ。それに、今回はただでさえお偉いさんの御子息様方のやらかしの調査だ。下手に藪をつつけばヘビが飛び出してくる。しかもそいつは毒蛇で噛まれるどころか睨まれただけでも致命傷になりやがる」


 先輩調査官は、足を止め顔を学園の校舎に向ける。その表情は酷く真剣で険しいものだ。


「俺たちがやろうとしてるのはそういう命がけのお仕事だ。覚悟を決めるってんならちゃんとしろよ。後で後悔したって遅いんだからな」

「うへぇ……なんか急にお腹痛くなってきました。早退していいですか?」

「ハハハ、馬鹿いえ。死ぬときは道ずれだ。俺1人が死ぬくらいなら1人でも多く道ずれにしてやる」

「先輩って最低っすね」


 貴族の末席に身を置く彼らにしても学園は母校であり、青春時代を過ごした特別な場所だ。


 にもかかわらず懐かしの母校を前にした彼らの心情は、魔王城を前にした一般兵士Aのそれである。敵は強力、しかし自らは貧弱。支給品の槍のなんとも心細いことか。


「要注意人物である騒動を起こしたお偉いさん連中は、城で軟禁されてる、らしい。それでも油断はできない。俺たちの仕事は、学園の内情を探りつつ、他の協力者がいないかあぶり出すことだ」


 緘口令が敷かれてる現状、騒動に関わる人物らの名前を口にすることは憚られる。そんな中、上が満足するだけの結果を出すのは難しい。ただでさえ下級貴族出身である調査官たちにとって、学園に通う生徒のほとんどは格上の相手である。


 任務の達成難易度は非常に高いと言わざる負えない。


「もし、粗相でもしようものなら私達なんてスパンですよね……」


 女性調査官は、手を自分の首元に当て横に引く動作をする。首が飛ぶ、というジェスチャーだ。この場合、社会的立場の消失と物理的頭部の消失2つの意味が込められている。


「俺もお前もいざという時に切り捨てられる捨て駒要因だからな。ほんとーに心しろよ。どうにかしてお偉方のクソガキ《お子様》のご機嫌を取りつつ、調査を速やかに終わらせろ。藪をつついただけならまだしも、虎の尾を踏む結末だけは避けたいからな」

「宰相閣下ですか……」


 脳裏に過ったのは、黒衣を身に纏った青白い肌の不吉の象徴。雲の上の存在でありながら、自分たちのような下々の人間にまでその畏怖と恐怖が浸透している王国の死神。


 死神宰相アルフォンソ・ローズフィート。


「これは全く閣下と関係のない話なんだが」

「いきなりなんすか?」

「黙って聞け。俺の兄貴は親父から家と爵位を継いだ宮廷貴族なんだが、その昔、兄貴の元上司が何かやらかして閣下の不況を買ったらしい」

「元っていう単語だけでも嫌な予感しかしませんね……」


 ゴクリと息を呑みこむ。先輩調査官は手を目の前に突き出し指を3本たてた。


「その元上司は閣下の不況を買った3日後に忽然と消えたらしい」

「……一応確認しますが、その消えたっていうのは?」


 先ほど自分がしたように、先輩調査官は首に手刀を当て真横に引いた。


「うへぇ……私死にたくないですよ。まだ結婚もしてないんですからね!」

「俺なんざ妻子持ちだぞこのヤロウ。下手したら家族巻き込んでとか、死んでも死にきれねえよ!」

「じゃあもう頑張るしかないじゃないですか!」

「そうだな! くそったれ《楽しい》お仕事を頑張るしかねえなド畜生!」


 半ば、やけくその覚悟を決め、2人は校舎に向かって歩みを進めた。


▽ ▽ ▽


 僕――リチャードの日常は不可解な出来事の連続だった。まず昨日の話だ。晴れて学園を卒業し、イザベラの断罪もうまく行き、人生の大一番である告白も成功させた。実にめでたい日だった。途中までは。


 しかし、無礼者がパーティーに乱入し、父上にはなぜか怒鳴られ、現在は離宮にて謹慎を申し付けられている。まったくもってなぜこうなったのか理解できない。


 父上には無断で婚約破棄をした件を咎められ、勝手に婚約者を作ったことを更に咎められたが、僕の人生においてこの2つは必須なので咎められても困る。


 そもそも愛する男女が結ばれるのに誰に憚る必要があるというのか。たとえ、どんな障害が待ち受けようと力を合わせ乗り越えてしまえばいい。


 実際、父上と母上は敵対する国を超えたラブロマンスの末に結婚した。


 だから僕もアリスとの結婚を絶対にあきらめない。


 間違っても、僕という『個人』を見ようともせず、『王家』という立場に固執するイザベラのような女なんかと結ばれてたまるものか。


 僕はただ、真に愛する人と結ばれたいだけだ。


「――いい加減にしろ。僕はアリスと会いたいだけだ。そこをどけ!」

「なりません。殿下とアリス男爵令嬢様の面会は、陛下により禁止されています」


 謹慎生活1日目。僕は、アリスに合う為に離宮を離れようとした。当然、見張りにより止められてしまう。


 ならば発想を逆転しアリスをこちらに呼べばいい。ナイスアイデアだ。しかし、見張りにやって来た執事長が拒否をする。


 この執事長は、中々に厄介だ。父上の父上、僕からすると祖父にあたる前国王の代から王家に仕えているため、王宮内でやたらと顔が効く。その為、僕の命令よりも執事長の指示の方が優先されてしまう。彼を納得させなければアリスを誰も呼んできてくれない。


 焦燥感を覚えながら執事長を説得しようとすることしばらく。問答を繰り返していると、執事長は当然僕の体をひょいと持ち上げた。


「おい、これはなんの真似だ!?」


 まるで荷物を運ぶように肩に担がれる。普通に不敬。しかも、年寄りの癖にやたらと力強く、どんなに暴れようと降りることができない。


「殿下の聞き分けがないので強硬手段に出させていただきます」

「ふざけるな! ……くそッ。ビクともしない!!」


 机とテーブルがある書斎に連れていかれる。


「そいや」

「ぐふ……ッ」


 かなりの勢いで椅子に下ろされ、衝撃を受ける。その一瞬の隙をつかき、執事長は僕の体と椅子をロープで縛り付けてしまう。


「ぐッ……な、なんの真似だ!」

「こちらは勉強から逃げ出す王子様に勉強をしていただくための処置です。前王陛下も国王陛下も行った、由緒ある伝統的な教育方法です」

「そんな伝統あってたまるか!!」


 ロープを取ろうとするも何重にも巻かれておりビクともしない。無理やり立とうとするも体がつんのめるだけで立ち上がれない。……クソう!


 ナイフや剣でもあれば切ってしまえるが生憎と手元にない。ラルフなら筋肉でロープをちぎることもできるかもしれないが、僕には無理だ。


 悪戦苦闘している僕を他所に執事長は目の前のテーブルに筆記用具一式を並べ始めた。


「これより殿下には、常識を問う簡単なテストを受けていただきます」

「テストだと?」

「そちらに見事合格されましたら、私より陛下に進言し、アリス男爵令嬢様と面会ができるように取り計らいましょう」

「なんだとッ……うお!?」


 勢いよく立ち上がろうとするも、ロープが引っ張り体がつんのめる。おのれ、ロープめ。


「いかがいたしましょうか?」


 体制を立て直して顔をあげると、ニコリと微笑む執事長が視界に映る。なんとも憎たらしい笑顔だ。答えなんて端から決まっている。僕はとくにかくアリスに会いたいのだ。


「さっさと答案を寄こせ!」


 問題用紙と答案を受け取り問題を解いていく。内容は、学園で習ったあれやこれやだ。


 ここで少し学園について触れておきたい。


 王国内に教育機関や大学は数あれど、王侯貴族のみしか通えないメルベーユ王立魔法学園の偏差値は国内随一だ。貴族の質を高める為にも厳しい教育方針を取っており、定期テストで合格ラインに届かない生徒は問答無用で落第させられ、自主退学を勧められる。


 見栄が重要な貴族社会において、留年して生き恥を晒すくらいなら貴族として生きる道を断念したほうが家と本人の為ということらしい。


 とはいえ、上級貴族より上の教育を受けて来た者が落第する心配はほぼない。勉強が苦手なラルフですら、余裕をもって合格できるのだ。上級貴族と下級貴族の間にはそれほどの溝がある。


 向上心を高める為、高得点を取った上位3人の名は掲示板に張り出される。僕たちの世代は毎年1位がシーザーで2位が僕。3位にイザベラが続くという順位だ。


 アリスはその境遇から1,2年生の頃は10位圏外だった。生徒会だった僕たちは、そんなアリスに時折勉強を教えていた。


 彼女は努力家で物覚えもよかった。そして、最終学年の最終テストではシーザーを抜き学年主席に輝いたのだ。本当に凄い。まさに偉業だ。


 ……それに比べ、公爵令嬢というアドバンテージがあったにも関わらず努力を怠ったイザベラのなんとも愚かな事か。まぁ、それはいい。全ては終わったことだ。


 僕が何を言いたいかといえば、上位3位をずっとキープしてきた僕はそれなりに優秀ということだ。


「終わったぞ。採点をせよ!」


 テスト用紙が配られ10分ほどで全ての問題を解き終えた。簡単なテストと執事長は言っていたが、1400年続く建国から現在にいたるまでの王国の歴史、現代社会の様々な情勢を問う問題、宮廷作法の応用問題などなど。かなり難易度は高めだった。それでも全問正解してる自信はある。


「……全問正解しておりますな」

「当然だ」


 採点を終えた執事長は怪訝な表情を浮かべる。……まさかこいつ僕のことを勉強のできない駄目な子とでも思っていたのか。なんたる不敬。


「さぁ、約束だ。アリスと会わせよ!」

「少々お待ちください。その前に講評をいたしましょう」

「……手早く終わらせよ」


 全問正解だろうと不正解があろうと講評は必要だ。するとしないとでは後の理解度が大きく変わる。


 テスト終わりにアリスとよくした記憶がある。


 夕暮れの教室。窓からそよ風が吹きカーテンが揺れる。問題用紙を間に挟み隣同士で席に座る。最初は開いていた距離は次第に縮まり気が付いたら肩と肩が触れ合うほど近くなっていた。ふと甘い香りに誘われ顔をあげると、夕日に照らされた可憐な横顔が美しく輝いていた。


 僕は、夕日とは関係なく顔を赤らめていたことだろう。


「さて、正直に申し上げますと、批判する処のない完璧な回答です。学園にて学んだ3年間は、殿下にとって確かな糧となっているとよくわかります」

「当然だ」


 フンと鼻を鳴らし、どうだと言わんばかりに執事長を見る。

 

「……故に不可解極まります。これほど完璧な回答がなされているのに、どうしてあのような騒動を起こされたのです?」

「決まっている。愛と正義のためだ!」

「……」


 まるで理解のできない狂人を見るかのような目を向けられる。……最近、僕の周りには、不敬な不調法者しかいない。


「……殿下。こちらの回答にもあるように、王国はこれまで純血という絶対的な権威の元、強い団結を示してきた国です。殿下に流れる尊き血筋は、決して損なうことができないのです。相応しき伴侶と子を成すことこそ王家に生まれし殿下のお役目ではございませんか」


 なんとも前時代的な思想だ。執事長の年齢を考えれば仕方ないとはいえ。


 確かに父上までの治世は、血筋を尊重する政策で国の維持をなしてきた。だが、それはもう古いのだ。


「執事長。僕は王国を今よりも遥かに繁栄させたいのだ。その為には、血筋に囚われず優秀な人材を登用しなければならない」


 アリスという例外は、それまで閉鎖的だった学園に大きな刺激を与えた。


 シーザーにしてもラルフにしても、アリスと関わるようになってからより一層の努力をするようになった。他の生徒もアリスに負けないように日々の努力を怠らず己を研磨し続けた。一部例外も存在するが、それは置いておく。


 この現象がもし国全体で起きたらどうなるだろうか?


 きっと王国は革新的に飛躍することだろう。


「純血主義という思想は長く続く王国の伝統だ。しかし、血筋だけで人の優劣は決まらない。重要なのは中身なのだ……。だから僕はアリスと結婚する!」

「どうしてそのような結論になるのですか?」


 決まっている。古い慣習を打ち破るには例外的な措置を取ることが一番手っ取り早い。新しいい風を取り入れる為にも、シーザーを押しのけ学年一位になったアリスは好ましい。心優しく可憐。結婚相手としてこれ以上の相手など他にいないだろう。


 ……いや、たとえアリスに不足があろうと愛があれば乗り越えられる!


「殿下のお考えはご立派です。浅学な私には理解が追い付きませんが、向上心があるのはとても素晴らしい。それでも、理想と現実は違うのです」

「……」

「人の営みの中で生まれ廃れる慣習。それは一見意味のないように見えて、長く続くということは、それ相応の必然性があるということです。王国には純血が必要なのです」

「くだらないな。そんな物よりもっと必要なものがある。それは真の愛だ!」

「……」


 僕の真っ当な主張に執事長は頭痛をこらえるような表情を浮かべる。……やはり、前時代的で保守的な者に僕の考えは理解できないか。


 先駆者とはいつの時代も初めは異端者と誹りを受ける。これもそういうことなのだろう。それでも僕は止まらない。理想の未来に向かって、愛するアリスと一緒にひた走るのだ!


「言っておくぞ執事長。老人には理解できないかもしれないが、今を生きる若者に僕の考えは受け入れられている。時代は変わるのだ。僕たちは新時代を切り開く!」

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どうも婚約破棄した王子ですが助けてくれませんか? 得る知己 @eruthiki

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