迂闊な言葉
忍野恵
迂闊な言葉
「アルバート様が女性であればよろしかったのに……。」
アルメリアは無意識に呟いてしまったことに自分自身が驚いてしまって、目を丸くした。
最近婚約の儀式の準備で忙しくしていたので疲れていたとか、婚約、そして結婚の先の生活を考えて不安を感じていたとか、久しぶりに城内でもっとも信頼しているアルバートとお茶をして気が緩んでしまったとか、そのアルバートに会うにもなんとか理由をつけなければいけなくなったことを煩わしく思い、疲れているとか、言い訳は色々あるが、本当に口にするつもりはなかったし、自分がそんなことを思っていた事自体にも驚いている。
当然、目の前でティーカップに口をつけているアルバートも一見しては分からないが、驚愕している。
貴族として感情を隠すことに長けた彼であるが、ティーカップに口をつけたまま微動だにせず、明らかに紅茶を飲んでいるわけでもない姿を見れば、表情から察することができずとも、衝撃を受けていることは明らかである。
その体勢で静止していてよく紅茶がこぼれないな、と現実逃避気味にアルメリアがアルバートを眺めていると、アルバートが衝撃から回復したようだ。
ティーカップをソーサーに戻すと防音の魔法を展開する。
「それはどういう意味か、詳らかにしなさい」
「い、いえ、わたくし自身も何故このような言葉を呟いたのか驚いているのです。決して口にしようとしてしたわけではないのです。」
「君自身が口にしようとしていたかそうでないかは重要ではない。そう思ったから口に出たのであろう。私はなぜそのようなことを呟いたのかと聞いている」
アルメリアの言い訳を許さずアルバートが有無を言わすつもりはなさそうに再度質問を投げかける。
「このようにお茶をするにも何かと理由をつけなければならないではないですか、煩わしいのです……」
「ほう?」
「これから、婚約や結婚の儀式を終えれば、更にこのように側近を伴って二人でお茶をすることも叶わなくなるでしょう……」
それがたまらなく不安なのです。とアルメリアはうつむく。
元平民であるアルメリアを立派な貴族となれるよう保護し、教育したのは王弟であるアルバートである。
平民には過ぎた魔力を有し、持て余していたアルメリアを保護し、守ってもらった。
いくら魔力を持っていようと、平民は平民であり、貴族にはなれない。
なんの後ろ盾もなければ、魔力だけを求めた貴族に買われ、自由などない、ただただ魔力を供給するだけの存在となっていたであろうアルメリアの才を見出し、国のためになると保護してくれたアルバートに会えなくなる、という事実はアルメリアをたまらなく不安にした。
婚約する王太子はアルメリアが元平民であることを知らないし、そもそも元平民であるアルメリアにとって王太子と結婚するなど、畏れ多いだけである。
アルバートに魔力量だけでなく、魔法を扱う才もあり、国のためになると見出され、貴族として保護された時点で王太子との結婚はほぼ確定していて、わかっていたことではあるが、憂鬱にならずにはいられない。
「アルバート様が女性であれば、外聞など気にする必要がないでしょう?ですから、女性であればよいのに、と思ってしまったのです」
「つまり、私と会えなくなるのが不安であると?」
「ええ、わたくし、アルバート様がいなければ様々な意味でここにはいなかったでしょう。突然会うな、相談するなと言われる方が無理があるのです……。私にとってアルバート様は家族なのです。家族と会えなくなるなんて……」
アルメリアはもう会えなくなってしまった平民の家族を思い出し、これから会えなくなる家族のことを思い、目に涙が溜まってくる。
アルバートは目を閉じ、一度深く息をするを目を開けた。
「それが、君の望みか?」
「もう、家族を失うのはいなやのです……」
「ふむ。私にはやることがあるので、今日はこれで失礼する。あぁ、来週のこの時間は開けておくように。それから、その衣装は王太子を意識しすぎて、君に似合っているとは言い難い、君の好きな衣装に作り直しなさい」
防音の魔法を消し、そう言い残すと側近を伴って部屋を出て言ってしまった。
「ナーサリー?アルバート様はどうしてしまったのかしら、王太子殿下と婚約するのだからあちらに合わせるのは当然ではないのかしら?」
防音の魔法で、直前の会話を聞けなかった側近のナーサリーにはアルメリアよりわけが分からない。
「王弟殿下にはなにかお考えがあるのでしょう」
動揺を隠すようににっこりを微笑んだナーサリーはそういうのが精一杯だった。
そうして迎えた次の週の今日、予定通りアルバートはアルメリアを訪れた。
お茶の用意ができ、一息ついたところで、書類が2枚並べられた。
「こちらの書類にサインをしなさい」
「え?」
「こちらが王太子との婚約を破棄する書類で、こちらが私との婚約を承認する書類だ」
「…………」
アルメリアが呆然としていると、アルバートの瞳が揺れ、一瞬の逡巡を見せたあと、付け足す。
「私との婚約は嫌かもしれぬが、君がしたくないことはせぬし、生活をかえたくなければ部屋も移る必要はない」
アルメリアはハッとして、言い募る。
「お待ち下さい!嫌ではないのです!ただ急な展開に驚いてしまって……」
アルバートは手を止めアルメリアを見つめる。
「王太子殿下の地位を確立するため、私の魔力を国のために活かすため、私と王太子殿下の結婚は定められました。それがどのようにして……」
「私が王位継承権を放棄して、王太子の後ろ盾になることにしたのだ。王弟である私が後ろ盾となれば王太子の地位は盤石となり、さらに私と結婚すれば、君の魔力を国のために活かすこともできる。君が王太子と結婚する必要はなくなる」
「王位継承権を放棄したのですか?!」
「元々私は妾の子であるし、王位に興味もないからな」
「でも、どうしてそこまで」
「私は、君と、君の家族を引き裂いた。守れなかったのだ。だがそんな私を君は家族と言った。家族を失うなど、本来であれば一度たりとも経験する必要のないことを二度も経験する必要はない」
妾の子で、正妻に疎まれ、いじめられ、害され育ったアルバート。その上王族として優秀であることを求められ、優秀であれば、兄の王位を脅かすとして、また疎まれ、しかし無能であれば必要ない、と詰られる。
命の危機も何度も経験している。
現国王である兄とは仲がよく、関係は良好であり、兄もかばってはくれたが、それでも兄にバレないよう、嫌がらせは続いた。
本来アルバートを守る立場の実母が出産とともに命を落としてしまったのも大きい。
アルバートの兄が王に即位した時、アルバートへの迫害、更に様々な横暴は母であるとも見逃せぬとして幽閉したのをきっかけに生活環境は改善されたが、家族と言うものを知らず、十分な親の愛を受けず育ったアルバートに、家族、という言葉は重く、大切なものだった。
そのことに思い至ったアルメリアは、フッと笑みを浮かべて、2つの書類にサインをするのであった。
自分ながら間抜けであると思うが、婚約を申し込まれて、今更ながらに気がついた。
会えなくなるのが嫌なのも、王太子との婚約が憂鬱だったのも、全部アルバートが好きだったからではないか。
今までは保護者と被保護者という関係に隠され気が付かなかったが、いつからかは分からないが、ずっとアルバートを好きだったではないか。
元平民のアルメリアを守ってくれた存在。厳しくとも優しく見守ってくれていた。
そんな彼が大切だった。何よりも。
「アルバート様、わたくしと、本当に家族になってくださいまし」
アルメリアは目尻に涙をためて微笑んだ。
迂闊な言葉 忍野恵 @katomegumi
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