【短編】将来の王太子妃が婚約破棄をされました。宣言した相手は聖女と王太子。あれ何やら二人の様子がおかしい……
しろねこ。
婚約破棄宣言
「レナン様、あなたとエリック様の婚約は破棄させて貰います!」
今日は学園の卒業パーティだ。
卒業生のみならず、在校生も希望すれば出られる大規模な催しなのだが、今年は例年にない程参加者が多い。
何故ならば今回はこの国の王太子も卒業生としているからだ。
特別に王城を解放し、卒業式並びにパーティの為にと場所を提供したのである。
貴族の子息息女とはいえ、王城に入れるのは滅多にない。それ故に参加者は多く、人で溢れていた。
そんな大事なパーティで、とある令嬢が高らかに婚約破棄宣言をしたのには驚いた。
金色と薄桃色をした髪はふんわりとしていて、まるで小動物を思わせるように可愛らしい。
ぷくっと魅惑的な唇、大きな瞳はキラキラと輝いているのだが、今は険しく吊り上げられ、可愛らしさが半減している。
その鋭い目はある人物を睨みつけていた。
「あの、アリス様。何故あなたがそのような話をなされるのでしょうか?」
余りにもショッキングな宣言に、言葉が出づらい。
本当は応じることなく過ごしたかったのだが、名指しをされては無視出来ないと仕方なく返答をする。
そもそもそのような発言は当の本人がするならともかく、何故関係ないアリスがするのか。
甚だ疑問であった。
周囲もハッとし、そうだそうだと言わんばかりの表情をしたり、頷く者も出ている。
だが、表立って抗議するものが出ないのは、アリスが『聖女』だからだろう。
治癒の魔法に秀でており、魔獣を退け、消滅する力を持つ者はこの国では聖女と呼ばれる。
初代の聖女が今のアリスと同じような特別な力を使い、ここアドガルムを救ったからだ。
彼女はその後王太子と結婚し、国を支えてくれた。
その話は今尚伝承として語り継がれ、国の教会では聖女を模した像が飾られている。
その為聖女は皆の憧れの存在だった。
「決まっているわ、あたしが彼の婚約者になるからよ」
自信満々にアリスはそう宣言した。
レナンは困ったような顔をし、隣にいる茶髪の護衛騎士の手を無意識に握ってしまう。
長い前髪と眼鏡で顔ははっきりとは見えないが、騎士もまた勇気づけるように手を握り返した。
その視線は見えづらいが真っ向からアリスを睨みつけている。
「何の話か分かりませんが、そのような話は別室でされませんか?」
やや動揺した声で言うレナンを馬鹿にするように、アリスは視線を向けた。
「あら現実を見たくないのね。その気持ちもわかるけど。本人に聞きましょう、エリック様ぁ」
アリスが一オクターブ程高い、甘ったるい声を出すと、人込みを割ってエリックと呼ばれた人物が現れた。
金の髪に緑の目、そして白を基調とした服を纏っている。
優雅な足取りで現れたのは、レナンの婚約者でこの国の王太子であるエリックのようだ。
彼は表情も変えずにレナンを見ると、ゆっくりと口を開く。
「アリスの言う通り、君との婚約は破棄させてもらう」
レナンはその言葉に震え、俯く。
「ご冗談を……これは余興ですね。アリス様。このような似ている人を呼んでくるなんて、エリック様に許可はとられましたか?」
「往生際が悪いですよ。彼は嘘偽りない本物です。夢じゃなく、現実ですわ」
きっぱりと言い切るアリスにレナンは真っ青になる。
「悪い冗談はよしましょう、アリスさんと、そこのエリック様? みたいな方も。随分とお酒に酔ってるようですので、別室にてお話を……」
「本人だ。そして飲酒もない。婚約破棄は現実だ」
短い言葉だが、明確な意思表示に周囲もザワザワする。
レナンが真っ白な顔で隣の護衛騎士支えられる。
「……理由は一体何でしょう。わたくし、このような事をされる覚えはないのですけれど」
「あら、何度も伝えたはずよ。あなたは魔力無しなのに、エリック様の命の恩人だと嘘をついて皆を欺き、婚約者の座に就いたからと。そして聖女であるあたしに対して何度も『平民の癖に』と言って虐めてきたわ。あたしに何度も酷い言葉をぶつけて来るような女が王太子妃になんて、とてもなれるとは思えない」
エリックに代わりアリスが泣き真似をしながら説明する。
「大した魔法も使えないのに、あたしにそんな事を言って嫉妬して来るんだもの。本当に怖かったわ。なのにレナン様はずっとエリック様の婚約者の座に居ついている、そんなのおかしいってずっと思ってたの。エリック様をその体で誑かして、そして侯爵令嬢という地位とお金をふんだんに使ったからよね。そんな不正は許されないわ」
いくつかの貴族から「確かに」「不思議だった」などという声が上がる。
レナンが、治癒はおろか魔法の発動も出来ないのは事実だし、有名な話だ。
時折王太子の婚約者として慰問の為に治癒院を訪れるが、治癒は行なわず炊き出しや包帯替えなどのサポートしか出来ない。
その為、治癒については他の術師に任せることが多かった。
「いつも大した仕事もしないのに大事にされて褒められて、おかしいわよ。どうせ卑怯な手を使って、貴族という立場を利用して、エリック様を誑かしたんでしょ」
誰でも出来ることをして、認められようだなんて浅ましいという事らしい。
「違います! わたくしは……」
反論しようとしたら、アリスの隣に他の生徒二人が前に出る。
「私達も疑問に思っておりましたわ。あなたが何故重宝されるのかと。魔法も使えない貴女が、最高位のSクラスに在籍なのもおかしいと思ってました。本当はお金でエリック様と同じクラスにしてもらったのですよね?」
「いつも見目の良い騎士や護衛の方を侍らせてましたよね。そのような色に狂った方が王太子妃になるなんて、私達も嫌気がさしていましたの。ここに居るアリス様の方が相応しいわ、何と言っても聖女なのだから」
「そんな……」
さすがにアリス以外にもこのように言われるとはショックだ。
もうこれ以上自分を悪し様に言う者は出て来ないで欲しい。
(胸が苦しい)
何とかわかって欲しいのに、自分の言葉が伝わらないのがもどかしい。
「確かに魔法は使えませんが、それが全てではありません。クラス決めは勉学も考慮されていますから。それにお金でどうこうなんて……恥ずかしながらメイベルク侯爵家には、そのような財力はありません。見目の良い護衛の方達はエリック様と兼任ですし、わたくしが選んだわけではありません」
レナンの側にいてもいいという、信頼できる者をエリック自ら選んでいる。
それをさもレナンが好みの者を選んだという誤解はしないで欲しい。
「それよりもあなた方、今すぐ謝罪をしてください。これ以上わたくしを悪く言えば罪が重くなりますよ」
どう頑張っても彼らの罪は消えないけれど、せめて酷くならないで欲しい。
叶わない事ではあるがそう願ってしまう。
「へぇ。自分の非をまるで認めないんですね。アリス様の言うように傲慢な方ですわ」
その言葉にぐっと怯んでしまう。
「違います、わたくしは……」
動揺で上手く言葉が出ない。懸命に言葉を探すが、二の句が継げなかった。
「そして君は浮気もしているな」
アリスの横にいるエリックが指摘する。
「婚約者以外のものと話したり触れたりなど浮気だろう。その横の男は誰だ」
エリックは指差した。
レナンとその隣にいる護衛騎士は硬く手を握りあっている。
「あっ、これは」
どう言い訳しようかと思ったが、騎士は離す気がないようだ。
「これは、わたくしを安心させるためのものです。それに彼となら浮気なんてなりません」
おろおろとするもののお互いに見つめ合ってしまう、騎士はますますレナンに近づいた。
「……」
何も言わず、騎士はレンズの厚い眼鏡の奥から二人を睨みつける。
ぼそぼそと何かを言っているようだが、皆には聞こえない。その代わりにレナンの顔色はますます白くなる。
「浮気するような女性に王太子妃は務まりませんわ」
他の女性も嫌悪するような目をレナンに向けた。そこには幾許かの嫉妬も込められている。
聖女という立場になれば、王族の伴侶となるものだと思われていた。
どんな平民でも、力と運があれば王族とも結婚で出来るという、希望とロマンスが込められている。
聖女の話を幼い頃から聞いていた女の子たちは、少なからずシンデレラストーリーに憧れを抱いていた。
そんなおとぎ話をこうして体現するアリスが現れたので、話が変わる。
女の子の憧れの的である聖女がこうして現実にいるのに、魔法も使えないレナンが王太子の婚約者の座を退かないのは何故かと、疑問視されていた。
教会も後押しした正統な聖女の称号を持つ女性だ、王太子妃になるならアリスだろうと思っているものは意外と多い。
「もうそれ以上の発言はお止しになった方がよろしいかと」
しずしずと前に出るのは、とある公爵令嬢だ。豊かな金の髪と金と青のオッドアイをしている。
彼女の家は筆頭公爵家であり、そして婚約者はこの国の第二王子である。
そんな彼女の言葉に逆らえる者は少なく、三人も押し黙った。
「レナン様は婚約者の座を降りるはずはありません。その話は国からもされています。皆様方もご両親を通してお聞きになったことはありませんか?」
「されました。でもそれはレナン様が恩人という立場を笠に着て、我が儘を言ってしがみついているからでしょう」
「違います。確かにレナン様はエリック様の命の恩人ではありますが、それだけではありません。エリック様の唯一だからです」
公爵令嬢の言葉に聖女たちは首を傾げる。
「死にかけていたエリック様をお救いしたと聞きましたが、そんな事は信じられません。だってレナン様は魔法を使えないし、魔力もないじゃないですか」
「エリック様を守るために使用し、以降使えなくなってしまっただけです。魔力はありますよ」
「そんな昔の話に拘らなくてもいいのではないでしょうか? エリック様を自由にしてあげてください」
アリスの言葉にミューズは鼻で笑う。
「聖女という数百年前の称号を持ち出して、婚約者は自分などという人に言われたくはないです。それにエリック様が自由に選んだ結果がレナン様ですよ、まだ納得されませんか? そちらの偽物さんもいい加減その姿をやめてください。偽物とはいえ、義兄となる方の姿を悪用されるなど虫唾が走ります」
アリスとその隣に居るエリックの頬が瞬く間に怒りで赤くなる。
「この俺が偽物だと? 無礼な!」
「あなたこそが無礼でしょう、王族を騙った者がどうなるか、その末路を知らないわけではないでしょう?」
「なんて不敬な! 衛兵、早くこの者達を国外へ追放しろ! 王太子である俺の命令だ!」
突然の言葉に衛兵は動けなかった。
どう聞いても悪いのはアリスたちの方だ、それにミューズの言葉も気になる。
筆頭公爵令嬢であるミューズはこのエリックを偽物と言った。
もしもそれが虚偽であったなら、いくらミューズでも厳罰は免れない。
そんな危険な事を軽々しく言う女性ではないと、衛兵たちは知っている。
王子妃教育としてこの王城へ何度も足を運び、挨拶を交わしているからだ。
普段はこのような激しい事は言わず、いつも優しい笑顔をしている。なのに今はレナンの弁護をしているからか、険しい顔だ。
それ程までしてレナンを守ろうとしているのだ、これは普通ではないと衛兵も理解している。
「さっさしろ、こんな奴ら顔も見たくない!」
ぎっと睨みつけられ、衛兵たちは困り果てる。
どちらに従うかが判断できないのだ。
「衛兵たちが困っている。もうそれくらいにしよう」
「ティタン様」
他の者よりもひと際大きい男性がミューズの隣に並ぶ。
縦も横も違い過ぎて、まるで親子のような体格差だ。
薄紫の短髪を後ろに撫でつけ、腰には剣を携えていた。
鍛えているのが一目でわかる逞しい体躯をしている。
「ここは俺が預かる。お前たちは下がっていい」
ホッとしたような顔で衛兵は下がっていった、第二王子に言われたのならば安心だ。
だが何かあればすぐに動けるようにと、遠巻きに様子を伺うのは怠らない。
「アリス様。カレン様。ララ様。いかがですか? 今のうちにレナン様に謝罪をした方がいいかと思われますよ。これ以上醜態を晒さないうちに」
ミューズは横に立つ心強い味方を見て、気づかれないようにため息をついた。
ミューズも本来ならばこのような口論は好まない。けれど友人が余りにも悲しい顔をしていたから、我慢できなかったのだ。
それに任せてばかりではいたくない。自分もレナンの味方だ、何か役に立ちたいのだ。
「謝罪などしませんわ。それよりもミューズ様こそあたし達に謝罪してください」
アリスの思わぬ言葉に鼻白む。
「それこそ何の冗談かしら?」
「あたしは王太子妃になるんだから、直にミューズ様より立場が上になりますもの。エリック様を偽物と言った事、あたし達を馬鹿にした事、レナン様への謝罪を強要した事全てに対しての謝罪を命じます。エリック様の妻になるあたしの言葉には、逆らえないでしょ」
ふんとアリスは鼻を鳴らす。
「ミューズ様の婚約者だってたかが第二王子、エリック様より偉い人なんていないんだから」
アリスはさも自分が偉くなったような言動をするが、ミューズは冷静だった。
隣に立つティタンが怒りで飛び出しそうなのをそっと抑え、静かに話す。
「たとえエリック様と結婚しても、王太子の権力までは行使できない。その事をはき違えてはいけないわ」
エリックが偉いのであって、その婚約者は偉くはない。
このように驕っていてはいつか足元を掬われてしまうものだ。まぁ、もう充分取り返しのつかないところに居るのだが。
「ミューズ様、ありがとうございます。ティタン様もすみません。巻き込んでしまって」
レナンがようやく言葉を発した。
いまだ青白い顔をしているが、決意したようだ。
「わたくしはエリック様の婚約者で、間もなく王太子妃となります。なのでもう目をそらしません。あなた方がこれからどのような道を歩もうとも」
「ごちゃごちゃ煩いわね。あなたはもうエリック様とは関係ないのよ。軽々しく彼の名を口にしないで」
「……それはこちらの台詞だが?」
ついに切れた護衛騎士が口を挟んできた。
「俺の婚約者に対しての無礼の数々、貴様一体何様のつもりだ」
眼鏡を握りつぶし床に叩きつけると、騎士の姿がブレる。
茶色の髪が金色に変わり、目も綺麗な翠色に変化した。
そしてレナンの腰に手を回す。
「おかしなことを考えているとは思ったが、ここまで大胆な行動をするとはな。これは聖女をもう一度選出し直した方がいい。いや、聖女という制度そのものをか?」
本物のエリックの登場に、またしてもどよめきが走った。
「何でエリック様が?!」
アリスは青い顔をしてわなわなと震えていた。その隣にいる偽物もすっかり怯えた表情をしている。
「婚約者の側にいるのは当然だろ? あぁ呼び出して長くくだらない話に付き合わせようとしたな。くだらない会談など出る価値もない」
緊急と称して呼び出されたエリックだが、そんな稚拙な話を聞くためにレナンを一人にするわけにはいかない。
代理で十分な事だ。
「さて不愉快だ。そこの偽物も姿を表わせ」
「ひっ?!」
逃げようとした偽物はティタンに進路を止められ、彼付きの護衛騎士に取り押さえられる。
「兄上の顔でそのような表情をするな、虫唾がはしる。とっとと魔法を解除しろ」
握った拳を見せられ、そんな事を言われ、男性は怯えた。
熊のような体格の男に暴力をふるわれようと言うのだから、怯えるのも仕方ないだろう。
ひぃひぃと蹲り、魔法を解除した。
「トーリ子爵令息か。なんて馬鹿な真似を」
拳を下ろし、嘆息する。
「ち、違うんです。俺は、アリスに誑かされて……」
「言い訳は後で聞こう。おい」
衛兵に声を掛けると、すぐに駆け付けてきてトーリを連れて行った。
「牢獄に入れておけ、死なすなよ」
加担した動機は不明だが、末路は変わらない。
このような事を仕出かしたのだ、華々しく惨めに散ってもらおう。
王族の姿を偽るなど極刑だ。子爵家もどうなるやら。
「ティタン、ありがとう」
弟へ労いの言葉を掛け、ようやくエリックはアリスを見据えた。
このような状況で頬を赤らめるアリスは、やはりどこかおかしい。
「エリック様、あたしあの男に騙されていたのです。命令されて仕方なく、助けてくれてありがとうございます!」
近づこうとするアリスをエリックは衛兵に命じて拘束させた。
逃げようとしたカレンとララも相次いで捕らえられる。
「やめて、離して。エリック様ぁ!」
「嬉々として断罪の真似事をしていたな。それなのに命じられた? 嘘も大概にしろ。このような事をして、いくら聖女とは言え罪は重いぞ。俺の顔と体を勝手に使ったこと、そして未来の王太子妃に対する侮辱と、婚約破棄という重大な偽りを起こそうとしたことは、聖女という立場でも救いがたいものだ。速やかに裁きを受けよ」
「い、いやーー!」
両腕を引かれたアリスは叫びながら消えていく。
「君たちもだ。今日の行動はおよそ貴族に相応しくない行動であった。追って沙汰を下す。だから今すぐに消えろ」
鋭い目で睨まれ、カレンとララは泣きながら連れて行かれた。
「さてこれで邪魔者の排除は出来たな。皆の者、騒がせたな」
エリックはそう言うとレナンの手を引いていく。
いまだ興奮冷めやらぬ会場内では、ティタンとミューズも手を取り合い、エリックの後を追う。
その後ろを従者たちもついてきた。
「エリック様、ごめんなさい。わたくしの我儘でこのように引き延ばしてしまって」
「いい。最後まで何とか救おうとした、レナンの良心を踏みにじったあいつらが悪い。だから罰を受けるべきなんだ」
何度もレナンはアリスたちの言動を諫め、本気ではないという事をアピールした。
だってアリスと偽エリックが本気であるとなれば、死刑は免れない。
王族の姿を勝手に模し、王命であるエリックとレナンの婚約を、大勢の前で不当に破棄させようとしたのだから。
婚約破棄の書類を用意していたわけではないが、多くの貴族の子息と息女が集まる場だ。
卒業生だけではなく、在校生も参加できるこの卒業パーティは多くの者が来ている。そんな場で偽りの言葉を言うとは、許されるわけがない。
「ミューズ嬢もありがとう。レナンの為に怒ってくれて」
「いえ、差し出がましい事をして申し訳ございません。そのせいでティタン様までも巻き込んでしまいましたわ」
感謝されてるのに、しゅんとしてしまう。
本当はもっとスマートに、かつ迅速に助けたかったのに、結局はティタンに頼ってしまった。
「俺は大したことはしていない。あまり気にしないでくれ。それにあのように勇ましい姿を見られるとは思っていなかったよ、惚れ直した」
ポンポンと大きな手が頭に置かれ、気恥ずかしい。
「子ども扱いしないでください」
「子どもなんて思ってないさ、勇敢で友達思いな優しい女性だと思っているよ」
にこっと笑顔を見せるティタンに、ますますミューズは赤くなる。
「ミューズ様、わたくしを助けてくださりありがとうございます。あの場で一緒に戦ってくれて、凄く心強かったですわ」
レナンは何とかアリスたちが穏便に引いてくれないかと願ったが、それら全てが無駄だと悟った。
アリスとミューズの会話で、自分が何を言おうと変わらないのだという事を。
いくら歩み寄ろうとしても全く距離が縮まらない者も居るのだと、改めて気づけた。
「さぁ後もう一仕事あるからな。頑張ろう」
エリック達が目指しているのは王城の一室だ。
この馬鹿げた茶番を起こした者を裁こうと、扉に手を掛ける。
卒業パーティ後、レナンは兼ねてから予定したとおりにエリックと結婚をした。
王城へも引っ越しをし、忙しくはあるものの、こうして好きな人と一緒に居られるのは嬉しい。
「毎朝レナンがいる。夢みたいだ」
そんな風にエリックは喜んでくれて甘やかされ、べったりとくっ付いてくる。
エリックがいなくても誰かは側にいてくれるので、レナンは安心していた。
侯爵家にいた時も一人になる事はなかったが、それはレナンが望んだ事だ。
遠い記憶だが、子供の頃に誰かに刃物を向けられたのだ。
その後どうなったのか覚えておらず、時折夢にまで見るので意を決して両親に話したが、知らないと言われた。
記憶違いなのかと思ったが、あの襲撃がなまじリアルであった為に恐ろしく、夜も眠れないために特別に侍女に一緒の部屋に寝てもらっていた。
子どものようで恥ずかしいがそうしないと眠ることが出来ないので、いつでもどこでも誰かがいる方が安心する。
それを考慮してエリックもなるべく側にいてくれようとする。
レナン以外には懐かない、笑顔も見せないと言われている彼だが、そんな風に思えないほどエリックは素直に感情を見せてくれた。
特に愛情を示す事ははっきりと口にしてくる。嬉しいが恥ずかしい。
「ありがとう、エリック様。こんなに大事にしてもらえて嬉しいです」
実はエリックの命を助けた事をレナンは覚えていない。
無我夢中だから忘れてしまったのだろうと言われたが、自分にその記憶がない為申し訳なく思い、幼い頃は何度も婚約を解消しようと動いた。
「命の恩人だからではなく、レナンだからいいんだ」
と何回も言われ、愛の言葉を述べられ、ようやく受け入れることが出来た。
アリスが現れた時は少し悩んだが、エリックを渡したくないと思い、頑張って戦った。
でも出来れば争いはしたくないものだ。
うとうととしているとエリックがレナンを抱えてベッドに運んでくれる。そのまま隣に横になり、抱きしめてくれた。
「ゆっくりとお休み。大丈夫何があっても俺が君を守るから」
頼りになる言葉に口元が緩む。
「いつもありがとうございます、わたくしの王子様……」
恥ずかしいけれど、眠りに入る前なのでつい言ってしまった。
エリックが笑顔になったように見えて嬉しい。
温かく逞しい体に寄り添い、幸せを噛み締めて、レナンは眠りに落ちる。
この人を手放さなくてよかったと心から安堵し、心地よい眠りに身を委ねた。
「もう離さないよ、レナン。君は俺だけの女性だ」
隣ですやすやと眠るレナンを見るその目はほの昏い。
「聖女か……厄介な相手だったな。無事に排除出来て良かった」
古い伝承を持ち出し、その中のヒロインと同じ魔法が使えるからと、王太子の婚約者にさせようだなんて……幻想を適用されそうになったのには驚いた。
エリックの中ではあれはおとぎ話で、まさか自分が理想の体現のために好きでもない女を押し付けられそうになるとは、思っていなかった。
「アリスが聖女と同じ魔法を持つだけの、ただの平民だったのは良かった……」
もしも品行方正で貴族籍を持つ謙虚な女性だったら、世論がどちらに傾いていたかわからない。
エリックから婚約破棄も解消もすることはないが、レナンは別だ。
なにせ彼女はエリックの命を救った事を覚えていないし、自信がない。
それ故にエリックの婚約者になってからしばらくの間は、何度も言われたものだ。
「エリック様、婚約破棄をしてください」
目にいっぱい涙を浮かべて懇願されたが、頑として受け入れなかった。
「俺は命の恩人だからレナンと婚約しているのではなく、好きだから、愛しているから婚約したんだ」
何度も何度もそう伝え、贈り物とデートを重ね、レナン中心の生活をするうちにようやくわかってくれた。
それが聖女の現れで再び雲行きが怪しくなったのだが、聖女がやらかしたので助かった。
「あなた、悪役令嬢ね!」
そんな無礼な事をレナンは突然言われ、混乱したものの反論するとアリスは怒りながら立ち去って行った。
「あんな方、エリック様に相応しくない」
と珍しくレナンは怒り、婚約解消の話は出なかった。
嫉妬心を持ち、婚約継続を希望してくれて嬉しい。
そして極めつけが卒業パーティだ。
そこで聖女がやらかしたから、無事に結婚出来た。
「後ろ盾まで呼んでいたようだが、一網打尽に出来てよかったよ」
アリスの事で話があると、大司教が卒業パーティの時に来ていたのだ。
エリックに対して名指しで話があるとし、レナンから遠ざけようとしたのである。
エリックを会場から引き離し、その間にレナンを国外追放しようと企んでいたようだが、エリックは大司教の様子に違和感を感じ、代理のものを出席させた。
だが、それではアリスを断罪出来ないとして、護衛騎士の格好をしレナンの隣にいた。
何かするだろうと思っていたからだ。
守ると決めたのだから側を離れるわけにはいかない。
「愛してる」
その一言に全てを込めて、優しくレナンを撫でた。
【短編】将来の王太子妃が婚約破棄をされました。宣言した相手は聖女と王太子。あれ何やら二人の様子がおかしい…… しろねこ。 @sironeko0704
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