第16話 逃げるが勝ち
謎のヘビ型モンスターと遭遇し、なんとか逃げることに成功した私は、青の深林の出口付近まで戻って来た。
本当はエリア外まで出てしまいたかったけど、動きにくい林の中を突っ切ったせいで、黒檀丸のスタミナが、尽きてしまっていた。
「はあはあ……。さすがにここまで来れば、平気なはず……」
・なんだったんだ、あれ
・ユニークだと思うがでかかったな・・・
・識別しておけばよかったのに
ゲームの安全装置が働きそうになるほど、心拍数が急激に上がってしまった。深呼吸を繰り返して、無理やり落ち着ける。荒い息を吐く従魔をなだめ終えてから、放置してしまったリスナーコメントへと、ようやく意識を割くことができた。
「とんだハプニングでした……。というか、やっぱりあれって、ユニークモンスターですよね?」
ユニークモンスターというのは、冒証シリーズに出て来る、通常エネミーとは違った特徴を持つ、レア個体のこと。
身体が大きかったり、色が違ったりと、見た目が違うから、一目でわかりやすい。しかもステータスが高い上、特殊なスキルを持っているから、けっこう苦戦するんだよね。その分、テイムできれば即戦力になってくれるけど。
で、さっきのあいつは、序盤のヘビ型モンスターにしては、明らかに大きすぎ。普通の――それこそ、今日エンカウントした――スネークは、精々が一~二メートル前後のサイズだったのに、遠目で見ても四倍はあったよ? 怖いって。
「ああ、あと識別の件ですね。これは……なんか、ウシと似た雰囲気を感じたんですよ。余計な真似をしたら、初見殺しの理不尽キルをくらうぞ! っていう、冒証で鍛えられた第六感が、全力で逃げるコマンドを連打していたっていうか……」
・牛…識別ぶち切れリンク、う頭が…
・みんなのトラウマ:牛
ウシっていうのは、『
このエネミーは、普段こそ数匹で群れているだけの、ノンアクティブモンスターなんだけど……一体に攻撃を仕掛けると、すぐに群れ全体が怒り状態になって襲ってくる。これだけでも厄介なんだけど、なんとこのウシ、遠くから識別を使っただけでも、怒り狂って突っ込んでくる性質があるんだよね。
それを知らない初心者や、別エネミーを識別しようとして、うっかり近くのウシを対象にとってしまったPLが何人、逆上したあいつらに轢かれていったことか……。ああ、私もやられたトラウマがうずく……。
「とにかく! 私は長年、冒証をプレイしてきた経験から、あのスネークはマジでヤバいと感じたので、なりふり構わず逃げることを優先しました。『使役』のアーツ、『好物識別』の効果で、スネーク系の好物が判明していたので、集めたベリーで注意もそらせましたしね。……検証班の人、未知のモンスターとの戦闘を期待していた人、申し訳ありません。チキンでエリートぼっちな私は、よっぽど腹をくくらないと、特攻できないタイプなのです!」
・今からいってエンカできるか分からんから名前だけでも知りたかったんだけど
・←検証班は自分で行って確かめろ。愛華ちゃんに迷惑かけるな
・まあ格上確定の相手だったししゃーない
「はいはい、皆さんケンカしないでください! また来たときに、もしあのヘビに会うことがあれば、そのときこそ識別しますから! ……今日は疲れたので、町に戻って終わりにしますよー」
おっと、コメント欄が一触即発ぎみだ。
うーん。今回はもう、配信を終わらせた方がいいかも。このままじゃあ、どんどん荒れそうだし。それにしても、あれだけ集めたワイルドベリーとスネークベリーを、全部無くしちゃったのは、さすがに凹むなぁ……。
そう思いながら、ふとステータスウィンドウを見ると、私の満腹度と給水度が、かなり減ってしまっていることに、気がついた。
「あっ、帰る前に、ちょっと補給しますね。黒檀丸にも、エサとお水をあげますので、しばらくお待ちください」
・おk
・町に帰ってからやらないの?
「んぐっ……。えっと、なんかもう今日はいろいろとありすぎて、町に戻った瞬間に、全てを投げ出して落ちちゃう予感しかしなかったんで……エリア切り替えの境界線もすぐそこなので、エネミーが出てきても大丈夫かなぁって。……あ、そうだ。せっかくだから、あれも試してみましょうか」
黒檀丸へエサをあげてから、味気ないスナックバーを、水で流し込んだ私は、ふと思いついてストレージから、『従魔清潔キット』を取り出した。もののついでだし、これも使ってみよう。
え? さっきまで、とっとと配信を閉じようって流れじゃなかったか、って?
Vライバーは、その場のノリと勢いも大事なんだよ。
「えっと、黒檀丸を対象に選択してー。おっ、ブラシが出て来ましたね。これを従魔に当てて動かすと……おおっ! 泡立った! 面白い!」
・なんでシャンプーもなしにそんな泡立つん??
・ゲームだし
・いいなあ。リアルでもあんな風になればいいのに
じっとしている黒檀丸を、全身あわあわにしたら、ブラシがシャワーヘッド付きのホースに――水源はご都合主義でオミットされている――変わった。それで泡を流すと、最後にタオルが出てくる。
これで身体を拭いてあげれば、黒檀丸は元のつやっつやの体毛に戻った。
「わあぁ! すっごいきれいになったよ、黒檀丸! これからは、毎回やってあげるからね!!」
・毛並みがよくなった
・ty愛華ちゃんうしr
「ん? 後ろ? なに、ギャアアアァァッ!!??」
機嫌よく黒檀丸を撫でていたら、変なコメントを見つける。
深く考えずに振り返った私の真後ろには、逃げ切ったはずのあの大蛇がいて、女子が出したらダメな
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