第6-4プラン:セレーナの仕掛けた罠
次の瞬間、彼女は目を見開いて興奮する。
「なにこれっ!? この前の試食会の時に食べさせてもらったサンドイッチの数百倍は美味しいよっ! 比べものにならないっ! 次元が違うって感じっ!!」
「ふふんっ♪ あの時の商品はフェイク。可もなく不可もなく作ったものだったんだよね。今、目の前にあるのが本当に私たちが売る商品。総合商店はあの試食会での商品に合わせたクオリティのサンドイッチを、対抗商品として売り出してくるでしょうね」
「そっか! わざと嘘の情報を流すことで相手の失策を狙ったのねっ? だから試食会の時、サンプルの持ち帰りを推奨してたのかぁ!」
「ご明察。これで今日、お客さんが双方の店のサンドイッチを食べ比べてくれればレベルの差は歴然になるでしょう」
そう、お客さんの誰かは興味を持って食べ比べをするはず。当然、どちらが美味しいかは明白。そしてその結果は口コミで広がって、ますますうちの商品の宣伝になるに違いない。私たちを潰そうとして、中途半端な対抗商品を出してきたのが仇になるわけだ。
反撃したつもりが実はそれがワナだったなんて、きっと彼らは噎び泣くことだろう。
「でもこのサンドイッチは試食会の時のものと何が違うの?」
「例えばコロッケサンドなら、ふっくらとしたパンにシャキシャキの野菜。コロッケの揚げ方はカリカリが強くなるように、納入元のランクさんと調整済みなんだ。デモンストレーションでは私たちが揚げているように見せたけど、実際には揚げ物全般はランクさんに任せてあるんだよ。この店にはそれを納入してもらってる」
「――あっ! そうだっ、このコロッケはランクさんのお店の味だ!」
「野菜に関してはサラのお店。使用する部位を厳選してもらって、キャベツの千切りなら外側に近い葉の割合と芯に近い部分の割合を調整してもらってるの。カットする向きによっても味や食感は変わるしね」
「そういえば、歯ごたえとみずみずしさが違う。絶妙なバランスで美味しいもんね」
ソフィアの意見に私も同意。やっぱり揚げ物の質も揚げ方もランクさんには誰も勝てないし、野菜の選び方や加工方法はサラのお店が得意とするところだ。
また、それらの味を受け止められる最高のパンを、私はパン屋さんのシャインさんにお願いした。彼は寡黙な職人だからか、私たちの情熱を感じて何も言わずに応えてくれた。何百種類ものパンを焼いて試してくれて感謝しかない。
さらにこのサンドイッチの食材同士を結びつける存在――ソースは私の過去の経験が活きている。もしかしたら私たちの出会いは、このサンドイッチを生み出すためのものだったのかもしれないとさえ思えてくる。
「ソースは私が開発したんだよね。試食会の時は既製品を使ったけど、それだとこの商品ではコロッケや野菜、パンの美味しさに負けてバランスが悪くなっちゃうからね。実は私、調味料に関しては王立学校時代から研究をしていてさ。医学の道に進もうと思ったのも、ソースの材料としてたくさんの薬草を扱っていたことがきっかけだったんだ」
「そうだったんだ……。うん、セレーナが料理研究部に所属していたって話だけは以前に聞いたことがあるかも」
「これに使っている調味料は味だけじゃなくて、コロッケのカリカリやパンの柔らかさを損なわないように染みこみすぎない工夫がしてあるんだ。とある魔法と技術を使ってね。詳細は秘密」
「私、セレーナを見直したわ。あんたって実は何でも出来る天才だったのね……」
ソフィアは感嘆の意思を含めて呟いた。呆然としつつも、私を見るその瞳には尊敬の色が浮かんでいる。
それがなんだか照れくさくて、私は身の置き所がない気持ちになる。
「私は天才なんかじゃないよ。この調味料だって私よりレベルの高いモノを作れる人が世の中にはきっとたくさんいる。私が作ったのはギリギリ合格点くらいって感じかな」
「
ソフィアは太陽のような明るい表情になって、後ろから私に抱きついた。そしてお互いの頭をくっつけてグリグリと押しつけてくる。ちょっと痛いけど嫌な気は全くしない。むしろ嬉しくて楽しい。私、こういう無邪気な時のソフィアが一番好きだな……。
また、ほのかに漂ってくるミント系の香水の匂い。体には熱と柔らかな感触が伝わってくる。こんなにもドキドキするのはなぜだろう。
「このサンドイッチはそんな感じで商店街の各店舗が自分の得意な商品を持ち寄って、そのバランスを調整してあるだけなんだよ。つまりうちのお店の商品は総合商店はもちろん、ほかのどこの店も真似できない。リバーポリス市の中央商店街にしか作れない味なんだ」
「そっか、ここの店内ではそれを組み合わせているだけなんだね。しかもそのやり方なら作る過程も単純化できるから、ザックくんやサラちゃんの作業量も減らせるね」
「作業量が減らせるという点は同意なんですが、バランスを調整しているだけとか組み合わせているだけというのは少し違うと思います」
私たちの話を聞いていたサラが遠慮がちに意見を述べた。その表情は柔らかで、温かな想いが滲み出ているような感じがする。
「サラちゃん、少し違うってどういうこと?」
「やっている作業は確かに組み合わせているだけかもしれません。でもそういう状況が実現できたのは、セレーナさんがいたからなんです。セレーナさんの情熱と行動力、知識などがなければ決して作れなかった商品です」
「なるほどね。サンドイッチを作るだけなら、ほかのお店でも出来るもんね。食材を扱う各店に想いを伝えて、その人たちの心も食材もひとつにまとめあげられたのはセレーナの功績かも」
それを聞くと、サラとザックは笑顔で頷く。そんな私たちを店長は温かな目で見守っている。穏やかな雰囲気だ。
なんだか褒められてばかりで私は照れくさいけど。
「まぁ、普通のサンドイッチと比べると多少は価格が高めになっちゃうのが欠点だけど、作るからにはやっぱり美味しいものをお客さんに食べてもらいたいもんね。その気持ちを持っていれば、きっとお客さんだって応えてくれる。リピーターになってくれるって私は信じてる」
「うんっ、これなら勝てるよ、セレーナっ! 私が保証してあげる!」
「あはは、ありがと。でもそのためにはソフィアの販売力も重要になるんだからね?」
「任せなさいって!」
ソフィアは握り拳を作って得意気な顔をした。その自信ありげな様子を見ていると頼りがいがあるし、不思議と私の不安も消えていく。絶対にうまくいくという気がしてくる。
そんな素晴らしい親友と巡り会えたことが私にとっての幸運だ。神様に感謝っ!
「今後は定期的に期間限定商品や季節商品、冒険者向けや高齢者向け、子ども向け、亜人向けといった感じに顧客に合わせた商品も開発していくつもり」
「やっぱセレーナは天才だよっ!」
私はソフィアに抱きつかれたまま、ハイテンションな彼女にグシャグシャと頭を撫でられたのだった。
(つづく……)
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