第5-2プラン:積載量の枠と運賃交渉
「ゲッ! セレーナ……」
フォレス先輩は歩み寄っていく私を見るなり
でもその正直な反応は、お互いに気心が知れているからこそ。だから私も彼に対して遠慮なく不満を口にする。
「なんですか、その『ゲッ!』っていうのは? 失礼ですよっ!」
「だってキミと関わると、いつもロクな目にしか遭わないからね。特にその満面の笑みでやってくる時は、厄介なお願いごとをされる場合がほとんどだし。嫌な予感しかしないよ」
「もぅっ、まだ何も話してないのに怒りますよっ? まぁ、お願いごとがあって来たのは確かなんですが……」
「ほらやっぱり……。でもまぁいいや。話は聞くから手短かにね」
「ありがとうございますっ。さすがフォレス先輩っ♪ 優しいなぁ、だから大好きぃ~!」
駆け寄って抱きつこうとすると、すかさず彼は手のひらを私の額に伸ばしてきて軽く掴み、それ以上は接近できないようにされてしまった。もっとも、私もお遊びの
――それでも私の額に伝わってくるのは、彼の大きな手の感触と温かな体温。
思わず胸の鼓動が早まり、体もちょっとだけ熱い。そしてこういう感じのやり取りは王立学校時代にフォレス先輩とよくやっていたので、なんだか懐かしさを覚える。
だからこそ彼は呆れたような顔をして、深い溜息をついているのかもしれないけど。
「はいはい……。冗談はこれくらいにして本題に入ってよ、セレーナ」
「あはは、すみません。実はですね、今日はビジネスの話をしに来たんですよ。これはソレイユ水運にとっても悪い話じゃないと思います」
「ふむ、それはどういうこと?」
私が真面目モードに入ると、フォレス先輩も真顔で話に聞き入ってくれている。お互いにオンとオフの切り替えが早いなぁと感じる。この辺の呼吸も昔と変わらない。
懐かしさと嬉しさを胸に秘めつつ、私は話を続ける。
「ソレイユ水運の定期船って、常に全ての便が積載量最大で運航しているわけじゃありませんよね?」
「まぁね。人や荷物の流れは一定じゃないからね。週に1便の航路とか悪天候による休航開けとか、そういう特定の状況を除けばむしろ多かれ少なかれ空いているのが普通だね」
「ですからその空いている『積載量の枠』を売ってほしいんです。もちろん、旅客やほかの荷主の荷物が優先で構いません。あくまでも空いている便の枠を買いたいわけです」
「――なるほど、だから運賃を通常よりも安くしろと。空気を運ぶよりは良いでしょうということだね?」
「さすがフォレス先輩は話が早くて助かります。しかもですね、その枠をまとめて買い取りますのでさらに安くしてほしいんです」
そこまで話すと、フォレス先輩は小さく感嘆の声を上げる。
「へぇ、セレーナにしては珍しくマトモな要求じゃないか。理にも適ってる」
「横暴だーっ――とは言わないんですね?」
「もちろんだよ。セレーナの主張は正論だ。何もおかしなところがない。僕がキミの立場だったら同じように考える」
「……やっぱりフォレス先輩は話が分かりますね。本気で好きになっちゃいそうですよ」
私はニヤリと口元を緩めながら呟いた。
ちなみに今の『好きになっちゃいそう』という言葉は交渉過程で述べたに過ぎない建前だ。いくら恋に疎い私でも、こんな何のムードもトキメキもない状況で告白のようなことをするほど鈍感じゃない。
当然、フォレス先輩も建前だと理解しているから、プッと吹き出して大袈裟に肩をすくめる。
「僕はご免被るけどね。キミに付きまとわれたら苦労しかしない気がするから」
「ふふっ、今はツッコミを入れずにスルーしておくことにしましょう。で、要求したい積載量と容積あたりの運賃なんですが――」
私は共同仕入れで必要となる積載量とそれを加味した割引運賃を、持ってきた書面でフォレス先輩に提示した。
支払いは実際に利用した積載量の分のデータがまとまってから、後日に精算する『掛け』方式。これなら間違いは起こりにくいし、売上が出てから運賃の支払いが出来る。そうしたことをフォレス先輩に説明していく。
それが終わると彼は満足げな顔をして大きく頷く。
「分かった。それで僕の方もOKだ。でもセレーナ、こんなに大量の枠を買って大丈夫な――と、それを聞くのは野暮だったか。賢いキミが何の当てもなしにこんなことをするはずがないもんね。じゃ、詳細な事情を訊かせてもらおうか。教えてくれるんだろう?」
「恐れ入ります。実は――」
私は商店街で起きていることやこれからやろうとしていること、今まで辿ってきた経緯など全てを事細かにフォレス先輩へ話した。それだけ彼を信用しているということでもあるし、もし裏切られたとしたらそれは私が愚かで甘かったというだけのこと。
その時はサラやザック、店長、商店街のみんなに死んでお詫びをするしかなくなるだろうけどね……。
(つづく……)
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