第2-4プラン:懐中時計の威光と価値

 

 程なくブースには宝飾品担当と思われる男性従業員がやってきて、私たちとテーブルを挟んだ向かい側のイスへ腰掛けた。年齢は30代くらい。上等そうなスーツ姿に白い手袋を身に付け、金ブチの眼鏡をかけている。


「いらっしゃいませ。私が査定を担当させていただきます。懐中時計のご売却をご希望とのことですが」


「はい、これです」


 私はポケットの中から懐中時計を取り出し、テーブルの上へ静かに置いた。


 担当者は『では、拝見します』と言ってそれを丁寧に手に取り、ザッと外観や動作の確認をしていく。さらにルーペで傷がないかを細かくチェックしたり、魔導天秤に載せて重さも計る。


「なるほど、しっかりした品ですね。目立った傷もないようですし、動作も問題ないようです。状態は非常に良いですね。これなら買取価格は10万ルバーといったところでしょうか」


「じゅっ、10万ルバーっ!?」


 隣に座っていたザックが目を丸くしながら大声を上げた。


 すかさず私はテーブルの下で手を伸ばし、彼の足をつねる。もちろん、その際には担当者から視線を逸らさず、ポーカーフェイスも保ったままでいる。そしてわずかに怒気を含めて囁く。


「ザック、騒がしいから少し黙っててくれるぅっ?」


「っ! す、すみません……」


 私の意図をどう解釈したのかは分からないけど、ザックはすっかり落ち込んだ様子でそれっきり口を閉ざした。そこそこ大金となる金額を叫んでしまったことが防犯上の問題になるとでも思ったのだろう。


 私としてはそういう意味で言ったんじゃなくて、私たちがモノの価値も分からないド素人だと相手に思われたくないってことだったんだけどね。


 まぁ、黙っててくれるんなら、どう捉えようと私は構わないけど……。


「お嬢様、その買取価格でいかがでしょうか?」


「ふふっ、それって本気で言ってます? 場を和ませるための冗談ですよね?」


 私は吹き出すように嘲笑をした。直後、敵意を含めた冷たい瞳で担当者を睨み付ける。


「その懐中時計のフレームは純金ですよ? まさか黄銅と間違えたんですか? それに文字盤には小さいながらも宝石が埋め込まれています。中古品だとしても査定額は30万ルバーが最低ラインだと思うんですけど。それとも私みたいな小娘なら価値が分からないだろうと見くびったんですか? 舐めてるんですか?」


「い、いえっ、決してそのような……」


「冗談だとしたら私に対して失礼、本気だとしたらあなたの目は節穴。この店の査定担当者は全てこんな低レベルなんですか? あなたの上司あるいは責任者の方と査定を変わっていただけます?」


「あ、その……しょ、少々お待ちください!」


 真っ青になった担当者は慌てふためきながらブースを飛び出していった。充分にプレッシャーをかけることに成功したようだ。


 ま、この店がどうかは別として、少なくともあの担当者が客をバカにしているのだけは明らかに分かった。だってこの懐中時計が10万ルバーなんて安すぎるから。潰して地金にしたところでもっと高い値が付くのは間違いない。


 いくら私の鑑定眼や知識が姉弟妹の中で劣っているにしても、それくらいは分かる。


 やがてブースには初老の男性がやってきた。口ひげを生やし、落ち着いた物腰で表情も穏やか。さっきの担当者と同様のスーツを着ていることから、この人も店の従業員なのだろう。


 その男性は私たちに深々と頭を下げてからイスに座る。


「お客様、先ほどは大変失礼いたしました。私は買取コーナーの責任者をしております、ルークと申します。今回の商談は私が担当させていただきます。また、失礼のお詫びに買取価格には色を付けさせていただきます。それでお許しいただけますでしょうか」


「分かりました。では、あらためて査定をしていただけますか」


「ありがとうございます。早速、お品物を拝見いたします」


 ルークさんはさっきの担当者と同様に懐中時計をチェックしていった。そしてルーペで文字盤を確認している時、ピタリと手が止まって小さく息を呑む。


 それを目の当たりにした瞬間、私は『それに気付いたか……』と心の中で舌打ちをした。


 もっとも、それなりの知識がある人間がそれを見れば同じ反応をするだろうし、そのことは私にも分かっているので想定の範囲内ではあるんだけど。


「っ!? こ、これはまさかっ! お嬢様、これはどちらで手に入れたお品物でございましょうかっ?」


「安心してください。盗品ではありませんよ。私のから譲り受けた物です」


 私は『祖父』という部分をわざと強調して言い放ち、ルークさんに対してニッコリと微笑んだ。


 すると彼は大きく息を呑み、途端に今まで以上に平身低頭な態度へ変化する。


「非常に素晴らしいお品物です、お嬢様! 驚きました!」


というのはどういう意味でおっしゃっているのでしょう?」


「お嬢様もお人が悪い。そのままの意味でございますよ」


 その言葉から、ルークさんは私が何者なのかを悟ったのだと確信した。つまりビジネスをしていく上で、私を『丁重に扱うことにメリットがある人間』だと判断したということだ。


 文字盤に刻まれているのは、私の実家のシンボルマーク。つまりそれを持っているということは、質に流れた品物でない限り実家の関係者だということを示している。今回の場合、私の祖父から譲り受けた品物だとも述べているわけで……。


 リバーポリス市ほどの大きな町でこれだけの総合商店を経営する企業なら、どこかで必ず実家の大規模百貨店と取引あるいは接点がある。


 その関係者を敵に回すなんてデメリットしかないし、むしろ恩を売っておけば何倍にもなって利益が返ってくる――と、普通は考えるはず。私が父とケンカをして実家を飛び出して来ている立場だなんて、ほとんどの人は知らないだろうし。


 父や実家が嫌いだから本当はそんな威光に頼りたくなかったんだけど、気付かれてしまったのなら最大限に利用してやる。



(つづく……)

 

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