第2-5プラン:それぞれの選択

 

 それに祖父は父と違って尊敬できる商人であると同時に、もし私が実家を継いでいたなら目標にする人物なのは間違いない。きっと祖父もいつかどこかで私の助けになると想定して、亡くなる直前にこの懐中時計を譲ってくれたんだと思うから。


「それでルークさん、懐中時計の買取価格はおいくらになりますか?」


「査定額は40万ルバーですが、申し上げましたように色を付けさせていただいて43万ルバーでお引き取りさせていただきます」


「ありがとうございます、それでお願いします。ただ、それを売ってしまうと時間が分からなくなってしまうので、代わりの懐中時計を見繕っていただけますか? 価格は3万ルバーくらいのもので」


「かしこまりました。では、40万ルバーと3万ルバー相当の懐中時計をご用意させていただきます。くれぐれも今後ともごひいきに」


 その後、私はお金と品物を受け取り、総合商店をあとにした。お金はザックに持ってもらい、私は3万ルバー相当の懐中時計をポケットに仕舞う。


 ちなみにこの懐中時計、ルークさんは3万ルバー相当って言ってたけど私の見積もりでは最低でも5万ルバーくらいすると思う。色々と余計な気を遣ってくれちゃって。


 よっぽど私――というか、実家の大規模百貨店と懇意にしたいんだろうなぁ。意味なんてないのに。ま、私の知ったこっちゃないけど。


「ザック、何をそんなにビクビクしてるの?」


 商店街へ向かって歩いている途中、私は隣にいるザックに声をかけた。彼はなぜか視線を忙しなくキョロキョロさせながら、身を縮ませている。


「だ、だってこんなに大金を持ったことなんてないので緊張しているんですよ。仕入れの時だってお金は父が管理してますし」


「それならちょうどいいじゃない。店を継いだ時のために今から慣れておきなさい」


「は、はい! それにしてもあの懐中時計ってすごい価値のあるものだったんですね。ボクなんて10万ルバーって聞いた時でさえ『高っ!』って思ったのに、実際にはその何倍も価値があったなんて」


「あっ、そうそう。ザック、商談の時には感情を顔に出さないように注意しなさい。トランプで自分の手札を全部オープンにして勝負するのと同じようなものなんだからね」


「き、気を付けます」


 ザックは声を落として反省しきりだ。もっとも、誰でも最初はそんなもんだろうと思う。どんな分野だって初めから何もかもうまくやれる人間なんていない。失敗や経験を重ねて成長していくものなのだ。



 ……そういえば、私って初めて商談を経験したのはいつだったんだろう? ハッキリとした記憶がないな。幼い頃に何かの商談で父か祖父のどちらかに付いていって、横で眺めているだけだったのは確かだと思うけど。


「ちなみにあの懐中時計が祖父から譲り受けたものだって話、あれは本当。お金が必要になった時、売って使いなさいって。交渉を有利に進めるためのブラフってわけじゃないからね?」


「えっ? そんなに大切なものを売ってしまって良かったんですか? それにセレーナさん、大金が必要な状況なんですか?」


「そうだ、お金って聞いて思い出したけど、ザックには今日のお駄賃をあげてなかったね。ほら、お礼にすごくいい情報を教えてあげるってやつ」


「っ!? そうでしたねっ。サラに関してのことだそうですが」


「きっと近いうちにサラはザックに協力を求めてくると思う。その返答次第でサラとの距離が大きく近付くか、あるいは遠ざかるかのどちらかになるはず。だからそういう心構えでいなさいってこと。――ね、いい情報でしょ」


 私がそう淡々と述べると、ザックは困惑したような表情で首を傾げる。


「ど、どういうことですか、それっ?」


「ザックはサラのこと、好きなんでしょ?」


「なっ、なななななっ!?」


「つまりサラとの将来を考えるなら、これは人生の大きな分岐点とも言えるかもしれない」


「ちょっと待ってくださいよ! ボクには何が何やらサッパリで。もう少し丁寧に説明してください」


 頭の中がグチャグチャになったままといった様子で、ザックはしつこく食い下がってくる。サラが関係していることとなると本当に落ち着きがなくなるんだから。


 でも世の中、なんでも誰かが答えてくれるとは限らないし、何が正解かも分からない。自分で考えて判断しなければならないことがたくさんある。


 ザックはすぐに誰かに頼ろうとするクセがあるから、その点は直した方がいいなと私は思う。


 だから厳しいようだけど、彼のためにも私はこの場はに答えておくことにする。


「ザックはもうすぐサラからふたつにひとつの選択を迫られます。一方はサラとの距離が急接近するけど、もう一方はサラから絶交されます。覚悟しておいてね――って話」


「いやいやいや、分からないですって。どうしてそういうことになるんです?」


「答えを全部言ったらズルになっちゃうでしょ。それにザックが本当にサラのことを大切に想っているなら、おのずと答えは分かるはずだよ」


「ほ、本当に大丈夫なんでしょうか。サラに絶交されたらボクは……」


「自分を信じないでどうするの。自分の最大の味方は自分だよ」


 私は軽く彼のお腹の辺りに肘打ちをすると、さらに気合いを注入するように背中を強く叩いたのだった。



 ――うん、やっぱりザックもランクさんに負けず劣らず良い筋肉してる。



(つづく……)

 

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