第2-2プラン:ザックと向かう目的地

 



 私たちは商店街を離れ、町の北地区へと続くメインストリートを歩いていた。この道の両側には大きな宿や魔術師ギルドの建物、乗合馬車のターミナル、市立中央公園、大型集合住宅などがあり、人通りも多くて賑やかだ。


 ちなみにフルール薬店などがある中央商店街は町の南地区に位置し、そちらには王立施療院や市役所、市立図書館、大企業のオフィス、レイナ川の水運ターミナルなどが集まっていて、政治や商業ビジネスがメインのお堅い地域といった感じだ。


「――さて、着いた」


 私は目的地の前まで来ると、ほかの通行人の邪魔にならないよう道の隅へと移動した。


 道を挟んだ向こう側にはお城のような建物が建っていて、たくさんのお客さんがひっきりなしに出入りしている。もしかしたら以前に私が来た時よりも活気があるかもしれない。


 出入口の上には『マイティ総合商店』と書かれた巨大看板が掲げられ、店頭では何人かの店員がチラシの配布や店内の説明をしている。


 その様子を遠目に観察していると、隣にいるザックがおどおどした様子で声をかけてくる。


「ここってボクたちの商店街からお客さんを奪っている総合商店……ですよね?」


「あ、やっぱりザックのお店もお客さんって減ってる?」


「もちろんですよ! うちの精肉店もかなりの打撃を受けてます。さっき父は元気に振る舞っていたかもしれませんが、内心はかなり落ち込んでいるみたいです。――いや、うちだけじゃなくて、商店街の店の多くが同じ状態だと思います。サラの青果店だって、サラもおじさんもおばさんも元気がないし……」


 真剣な眼差しで窮状を訴えてくるザック。サラから聞いた情報とほぼ同じということは、やっぱり商店街は全体的に大きなダメージを受けてると考えて間違いなさそうだ。つまり売上にほとんど変化がなかったフルール薬店が異質だったってことなのだろう。


 こういう時は何か特殊な商品やサービスを提供する店が強いとあらためて感じる。もちろん、市場や環境、トレンドなんかは常に変化しているから、ずっと安泰でいられるとは限らないけど。


「だから私たちはこれからあそこへ偵察に行くの。でも頑固で気が短いランクさんに『総合商店へ行く』なんて話したら激怒して、例え偵察であったとしてもOKしてくれないかもしれないでしょ。それで『取引先』って表現をしたの。それなら嘘にならないし」


「た、確かに行先が総合商店だと知ったら父は頭に血が上って、怒りが瞬時に爆発する可能性が高いですね……」


 ザックは指で頬を掻きながら乾いた笑いを浮かべる。


「ザックも今は感情を抑えて冷静にね。間違っても商店街の関係者だって悟られちゃうような言動はしないでよ」


「き、気を付けます……」


「じゃ、まずはさっきザックのお店で買ってきたコロッケを食べよっかな」


 私は持っていた紙袋を開け、中に入っていたコロッケの上半分だけを外へ覗かせながらそれにかぶりついた。


 歯で噛み締めた瞬間、サクッという軽快な音とともに衣のカリカリとした感触と具の柔らかさがハーモニーを奏でる。買った時と比べれば冷めちゃってるけど、そんなの全然気にならない。


 私は口の中でコロッケを充分に咀嚼しながら舌の上で味を楽しみ、そのあと飲み込む。


「――うん、やっぱり美味しい。お芋がホクホクしているし、お肉はうま味とジューシーさがちょうどいい。それに衣もカラッとしていて揚げ方がベスト。まさに最高の味ね」


「そりゃ、うちの自慢の逸品ですから。芋の品種、肉の種類や部位の配合、各材料の割合にまでこだわりがあるんです。もちろん加工方法や揚げ方も含めて全てが秘伝なので、お教えできませんが」


 ザックはどことなく鼻高々な様子で説明をする。それだけ自分の店のコロッケには自信があるということなんだろう。確かに料理が得意な私でさえ家で同じものを作ろうとしても、ここまでの味にならないのは事実だ。


 でも私としては、ザックの店の商品がそれくらいの高品質でないと困る。だってこれは今後の計画にとって、重要な要素のひとつだから。そう簡単に真似できてしまうモノでは、総合商店との勝負に勝ち目なんてない。


 むしろこれは最低限のライン。現時点では価格競争力で総合商店に勝てない以上、私たちはそれ以外の武器で戦うしかない。


「じゃ、食べかけのコロッケの残りはザックにあげる。食べるでしょ?」


「なっ!? なななななっ!」


 ザックは途端に顔全体が真っ赤になって狼狽えた。


 おそらく『これじゃ間接キスになっちゃう!』とか気にして照れてるんだろうな。純情というか、ここまで感情を表に出していたらこれからの人生で色々と苦労するような気がする。


 私は心の中でやれやれと思いつつ、コロッケを引っ込める。


「やっぱり私が全部食べる。その様子じゃ、味の判別にむしろノイズが混じっちゃいそうだから。そもそも製法まで分かってるザックが自分の店の味を忘れるわけがないから、その記憶と感覚を信じることにしましょう」


「っ? ――あっ! もしかしてこれから総合商店で売られているコロッケを食べに行くつもりですか? 味を比較するんですね?」


「それも判断材料のひとつってところ。ほかにも取り扱われている商品をあらためて見ておこうと思ってる」


「さすがセレーナさん!」


 ザックはまるで幼い少年のように瞳を輝かせ、尊敬の念を私に向けていた。この調子だと、今なら彼はどんな嘘や無理難題でも素直に受け入れてしまいそうな気がする。


 純真すぎるのも少し考え物かも……。



(つづく……)

 

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