第2-1プラン:マッチョな店主の精肉店
フルール薬店を出た私は、商店街の中を進んでマルス精肉店へとやってきた。
このお店はマッチョな店主のランクさんが経営していて、様々な動物の肉や部位、ソーセージやハムといった加工品などを販売している。特に肉を熟成させる技は目を見張るものがあって、私はここまで深い味を感じる肉を食べたことがない。
また、肉類のほかにはコロッケや芋フライ、カラ揚げなどの揚げ物も取り扱っていて、美味しさとお手頃な価格で地域の主婦の皆様には大人気となっている。私もこのお店の特製コロッケのファンなんだよね。
「こんにちはっ、ランクさん!」
「おぉ、セレーナ。いらっしゃい」
私が声をかけると、道路に面したカウンター越しにランクさんが顔を出した。いつもながら
年齢は40代半ばくらいで、立派な口ひげも彼のトレードマークとなっている。
ただ、今日はランクさんに用事があって来たわけじゃない。もちろん、コロッケを買おうと思っているので、そういう意味では全く関係ないわけじゃないんだけど。
用があるのはランクさんの息子であるザックだ。彼はサラの幼馴染みで18歳。ちょっと気弱だけど優しい性格で、体格はランクさんに負けず劣らずガッチリしている。
午後は店番をしていることも多いんだけど、今のタイミングでは店の方に出てきていないらしい。それとも留守なのかな……。
「あの、ザックはいますか? 実は頼みたいことがあって」
「まさかデートのお誘いかい? もしセレーナがザックの嫁になってくれたら、俺は嬉しいんだがなぁ」
腕組みをして頷きながらしみじみと語るランクさん。相変わらず面白い冗談を言う人だ。私は思わず苦笑してしまう。
当然、ランクさんだってザックとサラが幼馴染みで仲が良いことを知っているのに、お客さんが若い女性だとみんなに同じようなことを言っている。実際、通りがかりに聞こえてきたことが何度もあるし。
商店街って店員さんとお客さんの心の距離が近いから、会話の中でこういう軽い冗談も結構あるんだよね。私は楽しいから良いけど、中には面倒くさいなぁって感じる人もいるだろうなぁ。
これは商売の上でメリットとデメリットのどちらにもなり得る要素かも。
「デートではないですけど、ザックには取引先へボディーガードとして付いてきてほしいんですよ。男性が一緒にいるだけで、引ったくりや強盗への
「なるほどな。あんなのでも役に立つなら、せいぜいこき使ってやってくれ。奥にいるから呼んでやるよ。ちょっと待っててくれ」
「ありがとうございます。あ、それとコロッケをひとつください」
「まいどっ! それなら揚げたてのヤツにしてやる。それと芋フライを1個オマケだ」
ランクさんは小さな紙袋に特製コロッケと芋フライをひとつずつ入れてくれた。私は代金を手渡して、それを受け取る。
まだ温かくて、袋の隙間から湯気が漂ってくる。それに濃厚な油とスパイシーなソースの香りが鼻の中を行進し、食欲を刺激するカーニバルを繰り広げている。
おのずと口の中ではヨダレが湧き出してきて、私はあふれないように慌ててそれを飲み込む。
本当は今すぐにでも食べたいけど、もう少しだけ我慢。今回はあくまでも調査の一環で購入したものなんだから。
こうして私が精肉店の前で待っていると、程なく店の外へザックが出てくる。
「こんにちは、セレーナさん。父から聞いたんですけど、ボクに取引先へ付いてきてほしいということですが」
「うん、お願いできる? お礼にすごくいい情報を教えてあげるから」
「父からもセレーナさんに協力してやれって言われてますし構いませんよ。それでその『いい情報』って何ですか?」
「ふふーん、サラに関してのことっ♪」
私がニタニタしながらザックの耳元で囁くと、彼は瞬時に頬を真っ赤に染めながら慌てふためいた。本当に分かりやすい反応だ。サラに対して好意を持っているのが端から見ていてバレバレだ。
そういえば、サラはザックの想いに気付いていないのかな? だとすると、やっぱりふたりの関係って世界の七不思議に匹敵するくらい神秘に満ちている。
「セレーナさんっ! サ、サラに関しての情報ってなんなんですっ?」
「まだ内緒っ。じゃ、行きましょうか。時間がもったいないことだしね」
私はウインクをしながらザックの肩をポンポンと叩き、さっさと道を歩き出した。
すると彼は『待ってくださいよっ、セレーナさーんっ!』と叫びながら、慌てて後ろを付いてきたのだった。
(つづく……)
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