第1-2プラン:サラが落ち込んでいる理由




 バイトを始めてから1時間ほどが経った頃、不意にドアが開いて誰かが店に入ってくる。私にとっては今日、最初に応対するお客さんだ。


 見るとそれは見知った顔、フルール薬店の数軒先で商売をしているフレンド青果店のサラだった。


 彼女は私より4歳年下の18歳。黒い髪をショートにしていて、屈託のない笑顔が印象的な可愛らしいだ。しかも同年代の女子と比べると身長が低いこともあって、子どもと間違えられることがよくある。


 ただ、その穏やかで落ち着いた物腰は私よりもずっと大人びているかもしれない。


 サラは実家の青果店での仕事をしている最中なのか、茶系の色の服にベージュ色の短パン、ピンク色のエプロンという店頭でのいつものスタイルでいる。


 今日は何を買いに来たのだろう? ちなみにサラがよく買うのは、手荒れを治療する薬やご両親の腰痛の薬だけど。でもよく見ると顔色はあまり良くないし、瞳も曇っているような気がする。体調でも悪いのかな……。


「いらっしゃい、サラ。あまり元気がないみたいだけど大丈夫? 店長を呼んでこようか?」


「気を遣っていただいてありがとうございます、セレーナさん。確かに少し疲れているとは思いますが、病気じゃないので安心してください」


「シロウトが病気かどうかを判断するのは危険だよ? 疲れを感じているなら尚更。もし店長に診てもらうのに抵抗があることなら、私が間に入るよ? あるいは施療院の女医さんを紹介してもいいし」


「あはは、本当に大丈夫ですよぉ。えっと、今日は胃薬と睡眠薬を買いに来たんです」


「…………」


 私はますますサラのことが心配になった。だってそれらの薬が必要になるということは、心に過度なストレスがかかっている可能性が高いから。本人は大丈夫と言っているけど、それは自覚がないだけかもしれないし。


 なにより体に症状が出ているってことは、すでに深刻な状態に陥っているとも考えられる。


 だから私は眼鏡の位置を直し、サラの瞳をじーっと見つめながら問い詰める。


「……サラ、何があったの? とりあえず話を聴こっか?」


「あっ! 薬は私が使うんじゃないですよっ? 両親が食欲不振で、しかも夜にはなかなか寝付けないようなので」


「…………。それはそれで心配だけど、サラ自身もご両親のことが気がかりで精神的に疲れてるんじゃない? よく見ると顔のお肌が少し荒れてるみたいだし、夜に眠れていないのはサラもでしょう。ひょっとすると、こっそり自分も睡眠薬を使っちゃおうかなぁとか考えてたりして」


「そ……それは……」


「その反応は図星か……。このままだとサラまで本格的に体調を崩しちゃうよ。まずは奥の診察ブースで事情を話してみない? 私に出来ることなんて限られてるけど、話せば気持ちはスッキリするかもしれないし」


 私が促すと、ようやくサラは遠慮がちに小さく頷いた。それと同時にわずかに眉が開いたような気もする。つまりもしかしたら内心は誰かに悩みを相談したかったのかもしれない。


 特に彼女は自分で抱え込んじゃうタイプだから、充分にあり得る。背中を押してあげて正解だったかも。




 その後、私は店長に事情を話して店番を変わってもらい、奥の診察ブースへサラを案内した。ここは店長が患者さんを診察したり、簡単な治療を行ったり、処方された薬について説明をしたりするのに使っている。たまに商談や応接などでも使うけど。


 広さは3メートル四方くらい。ソファーとテーブルが設置してあって、私が清掃や管理を任されている。だからテーブル上に飾ってある花瓶や花、芳香剤、壁紙など全てが私のチョイスだ。


 まずはここのソファーにサラを座らせ、私はキッチンでお茶を淹れて彼女の前に出す。


「はい、ハーブティー。この香りには精神を落ち着ける効果があるんだ。しかも葉から抽出された成分は肉体的な疲労を回復させてくれるから、ぜひ飲んでいって。一緒に付け合わせたクッキーはオマケっ、ふふっ♪」


「ありがとうございます。……セレーナさん、本当にいつも優しいです」


「で、本題に入るけど、ご両親に何があったか心当たりはある? もちろん、話せる範囲でいいんだけど」


「原因はたぶん……というか、明らかなんですけど。実はお店がピンチで……」


「お店ってサラの青果店?」


「はい……。お客さんが減ってしまって、このままだとお店が潰れるかもしれません。経営はまだギリギリなんとかなっているんですけど、いつどうなるか分からない状況で。しかもお客さんとやり取りをするのが両親の生き甲斐みたいな面もあるので、精神的にかなり参っているみたいなんです」


 サラの重苦しい声がその深刻さを感じさせる。話をしながら再び彼女の気分が落ち込んでいくのも、雰囲気から伝わってくる。


 ――と、同時に、仕事中だと思われるにも関わらず彼女がフルール薬店へ薬を買いに来られたことに私は納得した。おそらく青果店では想像以上に閑古鳥が鳴いているのだ。


 通常なら夕食の食材を調達するため、もうすぐお客さんで賑わう時間帯になるはず。その準備でサラも忙しいに違いない。それがこうしてお店を離れても回せているなんて余程の事態だ。ご両親が食欲不振や不眠になるのも頷ける。



(つづく……)

 

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