セレーナのあきない毎日 ~少女は知略と情熱とハッタリで商業革命を実現します~

みすたぁ・ゆー

1件目:みんなで目指す反転攻勢! 商業革命は起業とともに!!

第1-1プラン:医師見習いセレーナの意地と想い

 

 本当に人生って、ままならないものだ。


 家業を継ぎたくないから知識や技術を身に付けて別の道へ進んだというのに、神様はそれをお許しにならないらしい。


 結局、私は進むはずだった道と大して変わらない場所を歩こうとしている。


 それが私の運命……運命か……。


 踏みつぶして蹴飛ばして川に流したくなるような最悪の運命だ。


 でも今はそんな運命に少しは感謝している。


 だって私の大切なものを守れるかもしれないのだから……。





 私は王立施療院における魔法医学の授業を受け終え、中央商店街にあるフルール薬店へやってきた。というのも、私はここでバイトをしているからだ。その店の前で、親友でありクラスメイトでもあるソフィアと別れてひとりで店内へと入る。


「――ん、相変わらず良い香り」


 ドアを開けた瞬間、様々な薬草ハーブの香りが鼻を通って体の中に染みこんでくる。ここにいるだけでちょっとした病気なんか吹き飛んでしまいそうな気分だ。


 事実、清涼感のあるその空気のおかげで鼻づまりなんかは途端に収まっていくけど。


 そして店内には液体の魔法薬が入った瓶が整然と並べられていて、透明感のある赤や黄、緑などの様々な色が目を楽しませてくれる。


 ちなみにそれらの効用は体力や魔法力の回復、解毒やマヒ除去といった状態異常の回復、一時的な戦闘関連スキルの増強など。つまりそのラインナップから推察できるように、フルール薬店の主要な顧客は冒険者や旅人ということになる。


 さらにこの店では王立施療院で発行された書類――処方箋も受け付けているので、その指示に従って調薬するための薬草や薬石類などもカウンターやバックヤードの棚に取り揃えられている。それぞれの在庫量は様々だけど、全部で数百種類はあると思う。


 ただ、当然ながら魔術医師の回復魔法で治療が終わる患者さんは薬が不要だから、処方箋薬は全販売量における割合としてはそんなに多くない。しかも処方箋取扱店の許認可を受けるには厳しい審査や煩雑な手続きを通過する必要があるので、一見するとそれを扱うメリットは少ないように思える。


 でも処方箋取扱店は処方箋取扱い手数料を受け取れたり、国から補助金が出たり、原材料を安価で優先して融通してもらえたりといったメリットがあるから、その仕事も薬店の経営にとっては重要だ。


 そういうわけでフルール薬店はとした店構えにしては、取り扱っている薬類の品揃えが豊富だった。その点に関しては、このリバーポリス市でもトップクラスの薬店に入るんじゃないかと思う。その割にお客さんの数は少ない気もするけど……。


 実際、店内にはオーナー店長のミシェルさんしかいないし。


「セレーナちゃん、授業お疲れさま」


 店長は私の姿に気付くと、白いアゴ髭を擦りながら穏やかな笑みを浮かべた。同時に顔に刻まれた無数のシワが一段と深くなる。


 格好は白のシャツに灰色のズボン、薄黄色のチョッキで、調薬の際に薬液や薬草が零れてもすぐに分かるようになっている。ちなみにスキンヘッドで眉や髭も雪のように真っ白だから、それも調薬には向いていると思う。


 また、私も通学時は王立施療院の制服だけど、バイト中は上から白衣を羽織る。


 もちろん、調薬は店長がするんだけど、お客さんに与える安心感というかイメージというものがあるからそういう格好にしている。


「お疲れさまです、店長。今日のお客さんの入りはどうですか?」


「いつもと変わらない感じだね。町を旅立つ前の冒険者が午前中にたくさん来て、回復薬をごっそりと買っていったよ。営業終了後に調薬して、補充しておかないとね」


「余計なお世話かもしれませんが、あまり無理をしないでくださいね? 体調のことに関しては本人が一番理解してるはずですし、医学生の私が医師の店長に言うのも変ですけど」


「いやいや、そうした心遣いは医療に携わる者として大切なことだよ。立場なんて関係なく嬉しいものだし、病は気からとも言うしね。セレーナちゃんはきっと良い医師になれる」


「はいっ、ご期待に応えられるように頑張ります」


「それじゃ、ワシはセレーナちゃんが店番をしてくれている間に休憩をさせてもらおうかな」


「お任せください! 調薬が必要になるお客さんが来たら、呼びに行きます!」


 私が元気よく返事をすると店長は大きく頷き、2階にある居住スペースへ向かって階段を上がっていった。


 ちなみにこの建物は中央商店街の一角にある賃貸の2階建てで、1階が店舗、2階が店長の住居となっている。私は街外れにある築30年超のオンボロアパート住まいだ。


「……調薬……か……。私も医師免許を持っていれば、店長の負担を減らせるのにな……」


 私は多種多様な薬草類が収められている、いくつものガラス製の容器をボーッと眺めながら呟いた。自分の無力さをひしひしと感じて思わず溜息も漏れる。


 想いだけではどうにもならない。現状は医学生であり、法的に許されている作業が限られているのがなんとも歯がゆい。


 店長の見た目は近所に住む優しいお爺さんそのものだけど、その実態は一流の腕を持つ魔術医師であり薬草師ハーバリストだ。元々は王立施療院で医師として働いていて、定年退職した5年前にこの薬店を始めたらしい。つまり施療院における私の大先輩に当たる。


 私がこの町に来たのも施療院に所属するようになったのも約1年前――21歳の時だから、店長の現役時代を見てはいない。でも施療院内での評判や薬店での調薬時の姿から、その技術も知識も未だ学生に過ぎない私なんかじゃ足元にも及ばないのは分かる。


「早く施療院の学生を卒業して、魔術医師として独り立ちしたい……」


 私は拳をギュッと握りしめ、あらためてそれを強く願う。


 医師として人々を助けたいという気持ちがあるのはもちろんだけど、なにより実家の大規模百貨店デパートなんて絶対に継ぎたくないから。父の思惑通りになってたまるか。家業も父も大ッ嫌いだ。もはや故郷の町ですら帰る気はない。




 …………。


 ……それにしても、なぜ父は私に家業を継がせようとするんだろう? 私より何倍も賢い弟や妹が何人もいるのに。


 確かに年齢は私が一番上だけど、逆に言えばそれだけ。算術も知識も交渉力も先見性も鑑定眼も、何もかもが姉弟妹きょうだいの中で最も劣っている。それは客観的に見ても明らかだし、自覚もしている。それなのに……。



『お前は必ずこの道に戻ってくる。セレーナはそういう運命の下に生まれたのだと、俺は確信している。今はせいぜい足掻くといい。せめて若いうちは自由にさせてやろう。その経験は家業にとってもプラスになるだろうからな。もちろん、いつ帰ってきてもいいぞ』



 私が実家を出る際、ニヤニヤしながら言われた父のその言葉が脳内に焼き付いている。思い出すたびに悔しさと屈辱感で頭が痛くなるし、吐き気もしてくる。だから私は仕送りを一切断った。実家と関わらないようにした。


 結果、こうして朝から昼は医師を目指して学問に励み、夕方から夜は生活費を稼ぐためバイトに勤しんでいるわけだけど後悔なんて全くない。苦労だとも思っていない。むしろ清々して、充実感すら覚えるほどだ。


「――絶対に負けるもんかッ!」


 私はひとつ結びにしている三つ編みの髪を手で背中側へ振り払った。胸の辺りまで伸びた明るい茶色の髪が、空間に光の軌跡を描く。そしてやや横長で楕円形のフレームの近視用眼鏡を定位置に戻す。


 こうして気合いを入れ直した私は、薬店の仕事を始めたのだった。



(つづく……)

 

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