信永 虹花

 なんだか、大変なことに巻き込まれたぞ、というのが、あたしの感想だった。

 舞浜に屋上まで連れてこられ、最後はあたしが主導して屋上までやって来たのだけれど、彼女の言っていた美心ちゃんは既にフェンスを超えており、その手を離せば今すぐにでも校舎の外へ飛び降りてしまいそうな状況だ。そしてさらによくわからないことに、その美心ちゃんと既に話をしているような男子生徒の姿も見える。

 ……こいつ、誰だ? っていうか、本当に自殺しようとしてんのかよ!

 そんなわけない、舞浜が心配性なだけだと思っていた予想が、完全に覆されており、あたしは内心かなりビビっていた。いや、人が自殺しそうな現場に居合わせる覚悟なんて、普通の人は持っていないだろう。

 でも、あたしと舞浜の登場は、その美心ちゃんも完全に想定外だったようだ。彼女は目を白黒させながら、舞浜とあたしを見つめている。

「え? 夕花ちゃん? 何で? え? 一緒にいるのは、どちら様、ですか?」

「あ、えっとね、美心ちゃん! この人は信永先輩っていって、美心ちゃんが屋上にいるって気づいてくれた人なの。わたし、美心ちゃんがひょっとしたら自殺しようとしてるんじゃないかって心配になって、ここまで連れてきてくれたの」

「いや、最初にあたしを連れ出したのは舞浜の方だろうが」

 そのあたしの言葉は耳に入っていないのか、舞浜はフェンスの方へと近づいていく。

「ねぇ、美心ちゃん、危ないよ、そんな所にいたら。ほら、こっち戻ってきてよ。お話しようよ、美心ちゃん!」

「……嫌よ。夕花ちゃんもそこで止まって! 私は今日、死ぬって決めたんだから!」

「信永先輩」

 二人のやり取りを見ていたあたしに近づいてきたのは、先に屋上までやって来たらしい男子だった。

「お前、誰?」

「俺は、重谷幸伸っていいます。二年生です」

「重谷ね。それで? お前、先にあの子飛び降りるの止めようとしてたんだろ? 会話、混ざらなくていいのかよ」

 見れば舞浜と美心ちゃんのやり取りは、どんどんヒートアップしているように見える。

 重谷は首を振ると、あたしに問いかけた。

「それよりも、乃上さんが自殺しそうだっていうのは、教師や警察に通報されていますか?」

「……あー、そうか。そうだよな。悪い、してないわ」

 重谷に言われて、あたしは内心舌打ちをした。確かに彼の言う通り、屋上から飛び降り自殺をしようとしているのなら、先に教師や警察に通報して、専門家に任せたり、校舎下にもしもの時のために連携してマットを敷いたりした方がいいに決まっている。あの乃上とかいう新入生代表が自殺しそうに見えなかったのと、舞浜にまくし立てられて、完全にその対応が頭の中からすっぽりと抜け落ちていた。

「でも重谷。お前それわかってるなら、自分でやればよかっただろうに」

「俺が乃上さんに気づいた時には、もうフェンスを登り終えていたので」

「なるほど。先に時間稼ぎをしにきたわけか」

「そういうことです。ただ、まだ時間を稼ぐ必要がありそうですね」

「……悪い」

「謝らないでください。普通の人は、誰かが自殺するかも、って考えながら生活してませんからね」

「そりゃそうだけど。でも、だったら重谷は何でーー」

「夕花ちゃんにはわからないよ!」

 重谷に気になったことを問いかけようとした所で、乃上の悲鳴に近い絶叫であたしの声は掻き消される。乃上は両目からボロボロと涙を流して、フェンスの金具を引き千切りそうなぐらい強く握りしめて、舞浜を睨んだ。

「私、翔梧に捨てられたんだ。夕花ちゃんの気持ち知ってたのに抜け駆けして、それで小さい頃からずっと一緒にいた翔梧に捨てられて、もう生きている意味なんて感じないもん!」

 乃上のその言葉を聞いて、自分の中で、何かが急激に冷めていく感覚をあたしは得た。

 ……あーあ、結局そーいうこと。

 一歩間違えたら死ぬかもしれないって慌てていたけど、蓋を開けてみたら、なんてことはないただの色恋沙汰って話だったわけだ。

 ……あーあ、くだらねぇ。

 どーして皆、愛だの恋だのに、そんなご執心出来るもんだ。愛とか恋とかは、そんなに熱を上げないといけないものなのだろうか? 自分の生死をかけるほどのものなのか? 今まで仲良くしていた友達を切り捨ててまで手に入れたいと、思えるものなのだろうか?

 ……わっかんねぇ。っていうか、面倒くせー。

 だからあたしは、言い合いを続ける舞浜と乃上の方に近づいていきながら、こう言った。

「いいんじゃね? 別に死にたいなら死なせてあげればさ」

 あたしの言葉を聞いた舞浜が、そして何故か乃上も一緒になって、驚愕の表情を浮かべてこちらの方へ振り返る。

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