井内 良吉
ふひひっ、と引き攣る様に、僕は笑った。
弁当を一人、個室トイレで食べ終えて、腹も十分満たされている。何か大きな仕事を始める前の腹ごなしというのは、非常に大切なことだ。弁当の包みをカバンに入れた後、僕は水筒からお茶を注いで、一口飲む。魔法瓶の中、冷え冷えの状態で保存されていた液体が、食道を通って僕の体を冷ましてくれる。その水筒もカバンにしまうと、僕は代わりにあるモノを取り出した。
それは一冊の、重厚なハードカバーの本だった。表紙は漆黒の色をした、革で出来ている。でも、手触りが、どことなくおかしい。牛のものではない。羊のものでもなさそうだ。馬や豚、ワニのものでもないだろう。
ひょっとしたら、人間のものなのかもしれない。
そう思うと、自然と自分の口がふひひっ、と吊り上がる。そうだ。これだ。これこそが、僕の暗黒の高校生活をぶち壊すための、重要な切り札なんだ。
この本と出会ったのは、ゴールデンウィーク中の事だった。
いつまでも家でゴロゴロしてないで、たまには外に出なさいと母さんから僕は家を追い出されたのだ。追い出されたとはいえ、行く宛もなかった僕は、ぶらぶらととにかく歩き回っていた。そして古本屋が並ぶ通りに入って、何か面白そうな本はないかと物色し始めた。何件か店を冷やかしていると、やがて洋館のような装いの店に出会ったのだ。
こんな店、この辺りにあったっけ? と思いながら、僕は中に入る。すると中は外観のイメージに比べて広々としており、それでいてホコリ臭かった。店主は愛想の悪い爺さんで、身長は低いが巌の様な印象がある人だった。僕は店主の前を通過し、店の中を歩き始める。すると、この店の品揃えが僕に刺さるものばかりだと気がついた。六芒星の表紙の本に、天使と悪魔が融合したような表紙のもの、他にも金粉で設えた表紙を持つ本に、蛇の革だけで作られた本と、手に取ってみたいが汚した時の賠償のことが頭をちらついて、どれも読むのを躊躇わせるものばかりだった。
だがその中でも、極めつけはこの本だ。この本を見つけた時、店主が初めて、僕に向かって口を開いたのだ。なんと、本と説明をし始めたのだ。その結果、わかったことはーー
……この本は、黒魔術の本なんだよ!
全く、そんなことがあっていいのだろうか? 本物だぞ? 本物の、黒魔術の本だ! これを売っていた店主が言うのだから、間違いない!
僕はすぐにその本を購入すると、暫くの間町の図書館に籠もり続けた。書かれている内容が全くわからなかったので、翻訳作業が必要だったのだ。でもその作業も、書かれている言語がギリシャ語に近いというのがわかってからは、中々スムーズに進んだと思う。そして今日、その集大成を見せるのだ。
……僕はこの本に載っていた内容を使って、学校を吹き飛ばす!
吹き飛ばすというのは比喩表現ではなく、文字通りの意味だ。つまり僕はこれから、黒魔術で学校を爆破しようとしているわけだ。
ふひひっ、と僕は笑い声を上げた。輝かしい青春なんて、僕にはなかった。その辛さを分かち合える友もいない。だから当然彼女も出来ず、ただただ鬱々とした日々を過ごすだけだった。本当は、こうして便所飯をしている間に、人知れず涙を流していた時もあった。
まさに、暗黒だ。僕の高校三年間は、墨の色より黒く、漆黒よりもなお黒いものだ。でも、そんな生活も、今日、ここで終わる。僕の暗黒の高校生活に終止符を打てると思うと、笑いが止まらない。
この本に書かれている材料は、全て集め終えて、カバンの中に全て入っている。後はこの本に書かれている通りの手順で配合して、魔術を発動させればいいだけだ。
暗い愉悦が、無限に僕の体の中から湧き上がってくる。マグマ以上の熱量を持つそれを解き放つように、僕は口角を吊り上げながら、黒魔術の本を開いた。
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