乃上 美心

 私は、重谷先輩に向かって、自分の昔話をしている。

「私と翔梧、そして夕花ちゃんとは、私が幼稚園の時に出会いました」

 三人とも両親が共働きだったということもあり、なんだかんだで最後まで私たちはずっと一緒にいた。だから自然と三人とも仲良くなって。

 ……そして、気づいたら翔梧のことが好きになっていた。

「ずっと、一緒にいたからですかね。この先もずっと翔梧と一緒に居たいって、そう思って」

 そして、そう思っていたのが自分だけではないというのも、私は気づいていた。私と同じく、夕花ちゃんだって翔梧とずっと一緒にいたのだ。私と同じく、翔梧のことを好きになっていたって、何にもおかしくない。

「そんな、何となく続いていた三人の関係を、私は変えようと思ったんです」

 中学校の、卒業式。私は、翔梧に告白した。そして翔梧は、それを受け入れた。そんな私たち二人のやり取りを、夕花ちゃんは複雑な表情で見つめていた。

 そして最後には、おめでとうって、そう言ってくれたのだ。泣きそうな顔で、そう言ったのだった。

「春休みの間、翔梧とは色んな場所に出かけました。あいつはこの学校落ちちゃって、別の高校に行くことになってたから、今のうちに沢山遊ぼう、って。でも、別々の学校に行くことになっても、週に一回は会って、ずっと、ずっと一緒にいようって、そう、言ってくれたのに……」

 何か、変だな? と、そう思ったのは、ゴールデンウィーク辺りだった。それまで週末は映画を一緒に見に行ったり、電話したりして、互いの時間を共有していることが多かったように思える。それが五月に入ると、翔梧は自分の学校の友達と旅行に出かけると言ったのだ。女の子も一緒に行くんじゃないの? ってからかったら、翔梧はそんなことないって言っていた。でも、その声はちょっとだけ、いつもより上ずったものだった。

 そして旅行に行ったゴールデンウィーク以降、翔梧の態度がそっけないものになったのだ。週に一回は会おうという約束は、今忙しいからと蔑ろにされ、電話をかけても宿題が忙しいからと、取ってくれる方が稀になった。

 もちろん、私は抗議した。学校が忙しいのは、何も翔梧だけではない。私だって学校の宿題はこなしている。それでも翔梧と一緒にいたいから、翔梧のことが好きだから、なんとか彼との時間を捻出していたのに、こんなに蔑ろにされるのは、酷すぎるって、久々にした電話で不満をぶち撒けた。

 そしたら翔梧は、電話口で薄ら笑いを浮かべるように、こう言ったのだ。

「『悪かったな。俺はお前みたいに要領よくないから、お前の通ってる学校に落ちたんだよ』って。私、そんな、そんなこと、言いたかったわけじゃ、ないのに……」

 その後、翔梧から、ずっと私に対して劣等感を抱えていたっていうことを、初めて聞かされた。私と会う度に、自分は美心よりも劣ってて、あいつは俺の落ちた学校に通ってるんだって、そういう思いが強くなっていったと。そして、もう自分は限界だとも。

 別れようって、はっきりとそう言われた。

 もう、他に好きな人が出来たらしい。その人は同じ学校の人で、劣等感で悩む翔梧のことを受け入れてくれて、彼の隣でそっと愚痴を聞いてくれて、翔梧のことを何でも理解してくれる人だという。

 ……ああ、思い出すだけで、涙が溢れてくる。

 翔梧のことを一番理解しているのは、絶対に私のはずだ。小さい頃からずっと一緒にいて、好きな食べ物や嫌いなもの、そしてこの世で一番苦手なものまで、全て知り尽くしている。人生の殆どを一緒にいた私より、彼が好きになったという相手の方が翔梧を理解しているだなんて、あり得ない。あり得ないのに、彼は私のもとから去っていったのだ。

 文字通り、半身をもがれたような思いだった。この心の痛みを消し去るには、もう死ぬしかない。

「つまり乃上さんは、その翔梧くんとよりを戻せたら、自殺を思いとどまるっていうことなのかな?」

「はい、そうです。だって、死ぬ理由がありませんから」

 でも、それはきっと無理だろう。翔梧は完全に私とは縁を切った。電話は恐らく着信拒否にされているし、LINEもブロックされているのか既読がつかない。夕花ちゃん経由であれば翔梧へ連絡できるかもしれないが、彼女の気持ちを知っていながら抜け駆けしたような形で翔梧に告白した私に対して、何かしら想いを抱えているはずだ。この件に関しては、私は彼女を頼れない。そして頼ったとしても、もう一度あの関係に戻れるとは、とても思えなかった。

「それとも重谷先輩は、こんな理由で死ぬなんて馬鹿げてるって、そう思いますか?」

「……いいや。人なんて、どんな理由でも、死のうと思えば死ねれてしまうんだと思うよ。その理由がたとえ、他の誰かから全く理解されないようなものであっても、ね」

「なら、重谷先輩は、どう思います?」

「どう、って?」

「私、自殺しちゃいけないんでしょうか?」

 私がそう言い終える前に、屋上の扉が開いた。そこから二人、こちらに向かってやってくる。

 一人は、見たことのない顔だ。色白に茶髪。でもそれが着崩した制服と似合っていて、不思議な魅力を感じる女子生徒だ。

 もう一人の方も、女子生徒だった。頬にはそばかすがあって、髪はツインテールに結び、目が悪いのか眼鏡をかけている。彼女のことは、私はよく知っていた。だって、ついさっきまで話題の中心にいたからだ。

「夕花、ちゃん……」

 何故ここにいるのかわからない幼馴染の名前を、私は呆然としながらつぶやいていた。

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