舞浜 夕花

 顔を上げると、その人と目が合った。

 ……あんなに素敵な人でも、こんな薄暗い場所にわざわざ来るんだ。

 肌が白くて、わたしなんかと違って、ずっと大人っぽい印象を受ける女子生徒だった。でも髪の色は校則違反の茶髪で、制服も着崩していて、正直ちょっと怖く見える。

 でもそんな彼女は私が中庭のベンチに座っているのに気づき、バツが悪そうな顔を浮かべていた。その人は二回自分の頭をかいた後、わたしの方を指さして、口を開く。

「そこ、隣空いてる?」

「え、え? あ、は、はい! 空いて、ますっ!」

「そっ。それじゃそこで、ちょっと時間潰させて」

「え、え?」

 お弁当箱を持ったまま混乱するわたしの方に、その人はずんずんとやって来て、やが隣に腰を下ろした。そして、暑そうに背もたれにもたれかかる。呆気に取られて動けないわたしの方へ、その女性は視線を向けた。

「今日のお昼、オムライスなの?」

「え? あ、はい! その、お母さんが、作ってくれて」

 眼鏡の位置を調節しながらそう言うと、隣に腰掛けた彼女は羨ましそうに口を開く。

「へぇ、いいね。あたしのオカンは、もー作るの面倒くさいって言って、最近あたしはコンビニの惣菜パンばっかり」

「そ、そうなんですね」

「あ、あたし、三年の信永虹花。あんたは? 一年? 二年?」

「あ、は、はい! い、一年の、舞浜夕花、です」

「一年かぁ。いいなぁ、あたしももう一度一年に戻りたい、いや、やっぱいいや。そっからだと、結局今のままだろうし」

「は、はぁ」

 顔を背けた信永先輩の言っている意味がわからず、わたしは疑問符を頭に思い浮かべつつ、スプーンを動かしてオムライスを口に運ぶ。

 ……でも、信永先輩、悪い人じゃなさそう。

 見た目は少し怖かったけれど、話すと気さくな感じがするし、攻撃的な印象も受けない。ほっと胸をなでおろしていると、先輩がまたわたしの方を振り向いた。

「あ、そういえば舞浜。あんた、入学式の時の新入生代表って、知ってる?」

「え?」

 その質問に、わたしは思わず手に持っていたスプーンを落としそうになってしまう。だってわたしたちの代の新入生代表は、美心ちゃんだからだ。

 知ってるも何も、美心ちゃんはわたしの幼馴染だ。もう一人、斎数 翔梧(さいす しょうご)という幼馴染もいて、中学校までいっつもこの三人で行動していたのだ。互いの好きな食べ物や嫌いなもの、そしてこの世で一番、それこそ他の全てを投げ出してしまえるぐらい苦手なものまで、全て知り尽くしている。翔梧くんもこの高校を受験したのだけれど、残念ながら彼は落ちてしまい、彼だけ別の学校に通っていた。

 ……でも、何で信永先輩が美心ちゃんのことを?

 中庭で一人お昼を食べている理由に直結する彼女の話題に、わたしの表情が固まる。

 そんなわたしの状態に気づいた様子もなく、信永先輩はあちー、と手を一杯に広げて、自分を仰いでいる。

「あたしが登校してきた時、その新入生代表が屋上にいたんだよ。屋上って確か鍵がかかってるはずなんだけど、何であんな所にいたんだろうな?」

「美心ちゃんが、屋上に?」

 何故だろう。とてつもなく、嫌な予感がする。得体の知れない焦燥感を感じていると、信永先輩が笑いながら、こう言った。

「ひょっとして、自殺しようとしたりして」

「じ、自殺?」

「いや、冗談だよ? それに死ぬなら、学校の、しかもこの時間に死なないでしょ。誰かに見つけてくれって言ってるようなもんだし」

 信永先輩の言葉を、私は反芻する。確かに、美人で自信に溢れているように見える美心ちゃんは、自殺を考えるようなタイプには見えない。でも彼女には非常に繊細な所と、どこか完璧主義的な部分があり、何かの拍子に全てを壊してしまうような危うさを持っていることを、私は知っていた。喩えるなら、チェスの勝負中に自分の失策に気づくと、挽回しようと足掻くのではなく、チェス盤自体をひっくり返すようなイメージだ。

 ……こうしちゃいられない!

 慌ててお弁当をしまい始めたわたしの姿を見て、信永先輩は不思議そうに顔を傾げる。

「何だ? まだ中身残ってるじゃん。いらないなら、あたしにもちょっとちょーだいよ」

「だ、駄目です! これは屋上に行った後、食べる予定なんですから!」

「屋上? 何で舞浜がいくんだ?」

「信永先輩が見たっていう新入生代表、わたしの幼馴染なんです!」

「……マジ?」

「先輩も、一緒に来てください!」

「え? あ、おい! ちょっと!」

 お弁当の包みを右手、信永先輩の手を左手で握りしめ、わたしは中庭から一直線で下駄箱の方へと向かっていく。わたしに腕を引かれた先輩が、抗議の声を上げた。

「ちょっと待てよ、舞浜! なんであたしまで行かなきゃなんないんだよ。行きたいんならお前一人で行けよ!」

「駄目です! 凄い、嫌な予感がするんです。だから着いてきてください、先輩!」

「いや、あたしには関係ねーし……」

「これで美心ちゃんが本当に自殺したら、どうするんですか? 最後の目撃者になったら、色んな人から事情聞かれると思いますけど?」

 そう言うと、信永先輩は不服そうに顔を歪めた。このままわたしの腕を振りほどいてどこかに向かっても、信永先輩が美心ちゃんを目撃したという話を、わたしが色んな人に言いふらすであろうことは、きっと先輩も予想できているのだろう。

 信永先輩は特大の溜息と吐いた後、苦々しげに口を歪めて、こう言った。

「そっちじゃねぇ、舞浜。こっちの階段上がった方が、屋上まで近い。ついてきな」

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