乃上 美心(のがみ みこ)

 空を、飛ぼうと思ったのだ。

 これだけの晴天。飛ぶには絶好の日だと、朝家を出た時にそう感じた。だから私の気分は、今とてもいい。それこそ、澄み渡った青空のような気分だった。なにせ私の人生にとって大きな転換期を迎えたあの日から、ずっと悩んでいた事の答えが、ようやく見つかったのだから。

 ……私は今日、空を飛んで死のう。

 そうだ。私はずっと、死に方を悩んでいた。首を吊るのは、死んだ後顔が浮腫みそうで嫌だった。入水自殺は、顔だけでなく体全体が膨れ上がるので論外だ。焼死も、死んだ後体がボロボロになりそうだったし、何より火を付けても安全そうな場所に心当たりがない。手首を切るのも、失敗したら傷だけ残るし、睡眠薬を飲むのは楽に死ねそうだったけど、これも失敗したら後遺症が残りそうだ。

 そもそも、失敗した時の事まで考え始めたら、どんな自殺の方法も、私が納得できそうなものが見当たらなくなってしまった。

 でも、今日、閃いた。空を、飛べばいい。

 こんなに綺麗な青空の下、天に昇るように飛び上がって、そしてそのまま死のうと思った。それなら最後の最後まで、少なくとも気分は晴れやかだろうから。

 新入生代表にも選ばれて、教師の覚えもよかった。職員室に出入りしても特に咎められるような事はなかったし、屋上の鍵を持ってくるのは簡単だった。鍵を開け、外に出る。強い風が吹いて、私の髪が若干乱れた。でも、心地よい風だと思う。

 屋上をぐるりと見渡すと、校舎よりも大きい高層ビルの姿がちらほら見える。ひょっとしたら、今私の姿を見ている人もいるかもしれない。でも、もし見ていた人がいたとしても、私が空を飛ぶまで出来ることはないだろう。

 ……さて、最後の晩餐ね。

 そう思うものの、今は夜ではないし、会食をしているわけでもない。晩餐という言葉は適さないと思いながらも、パッといい単語は思い浮かばなかった。だったら単純に、最後の食事でいいやと、売店で買った焼きそばパンを齧る。パンは、まだほんのりと温かい。

 この学校の惣菜パンは、近くの工場で作ったものをそのまま持ってきてくれるので、作りたてで非常に美味しい。私は特に、この焼きそばパンが大好きだ。まず、焼きそばの麺がモチモチしていて、食べていて飽きが来ない。具材も細かく刻んだキャベツににんじん、豚肉と、噛めば噛む程色んな味を楽しめる。そして極めつけは、このどこかピリッと辛い、濃いめのソース。これがまた、麺だけでなく、パンにもよくあう。むしろ濃くて辛いからこそ、何も味付けがされていないパンを舌が欲していて、気づけばあっという間に食べ終わってしまうのだ。そしてトッピングされている紅生姜に青のりの風味も絶妙。口の周りにソースが着くことと、歯に青のりが着くことを除いて、大満足の、一人きりの最後の食事だった。

 焼きそばパンが入っていた袋をスカートのポケットにしまい、私は空に飛ぼうと、屋上の端へと移動する。フェンスによじ登りながら、私は飛び降りようと思っている理由に、少しだけ思いを巡らせた。

 ……フラれちゃったんだよね、私。

 他の人にとっては、取るに足らない理由なのかもしれない。でも私に取ってあの恋は、一生に一度のかけがえのないものだったのだ。

 翔梧と付き合っていた時は、目に入るもの全てが輝いて見えていた。もうきっと、これ以上の幸福は自分には訪れないと、そう思えた。でも今は、目に見えるもの全てが灰色に見える。灰色以外の色をしているのは、あの上空に広がる青空だけ。あの輝かしい日がもう手に入るとも思えないし、手に入らないなら、いっそ終わらせてしまおうと思ったのだ。

 自分の、人生を。

 だから私は両腕に力を入れ、フェンスの上へと手を伸ばす。

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