舞浜 夕花(まいはま ゆうか)

 わたしは落ち込んでいた。

 いや、わたしは高校に進学してから、ずっと落ち込んでいる。

 その落ち込んだ理由を話せば、人によっては、何だそんなことか、ぐらいにしか思わないだろう。でもわたしにとってそれはとてもとても大切な関係で、それがなくなってしまった事で、自分の頭の中はずっとぐちゃぐちゃだった。

 ……あぁ、もう、いい加減、立ち直ってもいいのに。

 そう思うものの、立ち直れないから今日もわたしはお昼休みになるのと同時に、お弁当を持って教室から逃げるように飛び出してきたのだ。ずり落ちた眼鏡の位置を直しながら、わたしは自分の教室がある方向へ視線を向けた。

 ……教室には、美心ちゃんがいるから。

 溜息を吐いて、わたしはこの薄暗い中庭で一人ベンチに腰掛ける。学校の中庭といえば、光の差し込む明るい場所をイメージする人が多いかもしれない。しかしこの学校の四階建ての校舎は、改修工事と周りの高層マンション建築のため、中庭がものの見事に年中日陰というかなり暗いポジションとなっていた。だから当然そんなスポットは人気がなく、逆に教室に居場所がないわたしみたいな存在にはありがたい逃げ場となっている。

 ……でも、ずっとこのままでいいわけないよね。

 どこかでこの、自分の中のモヤモヤと向き合わなくてはならない。今は初夏なのでこの中庭に避難してこれるが、冬場は恐らく、ここは相当冷え込むだろう。せめて、夏休み中にはどうにかしたいと思っていた。

 お弁当の蓋をあけると、わたしの大好物のオムライスが入っている。わたしは昔から、お母さんが作ってくれたオムライスが大好きだった。少し大きめに切った鶏肉に、玉ねぎ、にんじん、ピーマンと、野菜もたっぷり取れる。でも、そんな大好物を前にしても、わたしの手に持ったスプーンは、非常に動きが鈍かった。

 その事で、わたしの胸がズキズキと痛む。今日のお弁当は、最近お弁当を残し気味のわたしを気遣って、わざわざお母さんがこちらの好物を作ってくれたんだと思う。それがわかっているのに、中々食が進まない事で、わたしは自分の胸が苦しくなったのだ。

 暗い気持ちを少しでも前向きにしようと、わたしはなんとなく、空を見上げる。頭上には、目が痛くなるほどの青空が広がっていた。あんな青空を、自由に飛び回れる鳥が、猛烈に羨ましくなった。わたしにも羽が生えて空を飛べれば、多少は気が楽になるかもしれない。

 そんなことを思っていると、どこかの教室から、ドアが勢いよく開かれたような音がした。その音が中庭に反響し、気になって音がした方へと視線を向ける。すると、そこには廊下を全速力で走っていく、男子生徒の姿が見えた。

 ……あの人は、何をあんなに急いでいるんだろう?

 切迫感すら感じるその表情に首を傾げながら、わたしはオムライスを食べるため、スプーンを動かし始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る