三、"真の番"として
正月も過ぎた頃、
部屋に幽閉されていた約十年間。ずっとひとりだった。だからひとりでも平気だと思っていた。領域内なら好きな場所へ行けるのに、結局、社の中で一番狭い部屋で膝を抱えて座っていた。
(景色をひとりで見ても、楽しくない。
膝に顔を埋めて、
(正月に
小さな鈴がふたつ連なったその耳飾りは
実は、その数日前に一緒に外に出かけたのだが、目の前のものに夢中になり、いつの間にか領域外で迷子になってしまったのがきっかけだった。
一瞬でも
(
白い柔らかな毛で作られた襟巻。
これも
神狐である
領域内は寒さも暑さもない。だからここで巻く必要はないのだが、ひとりで寂しい時にぎゅっと抱きしめていると、なんだか癒されるのだ。
そんな中、遠くで鈴の音が聞こえた気がした。耳の良い
社の扉を開き、階段を下りる。その先に、
「······良い、判断だ。頼むから、今は、俺に近寄らない、で····ほし、い」
真っ白な
「
震える声で
あと数歩で手が届きそうなのに、足が思うように動かない。出会った時に
「少し"穢れ"を溜めすぎただけだ····怖いだろう?先に社に戻っていてくれ」
先程よりは落ち着いたのか、黒い靄が薄まっていた。しかし苦しそうなのは変わらず、
「私は、平気です。少し驚いただけで····それよりも
「それは、違う。お前のせいではないよ」
自分を責めている
(私は、こんなに善くしてくれる
山神様の"真の
心はもう、きっと、捧げられる。今だって、こんなにも
傍にいて欲しいと思うし、いたいと思う。これは、間違いなく。
「
一歩、また一歩、前に進む。震える指先を誤魔化すように、襟巻を強く抱きしめる。怖い、けど。でも。そんなことより。
「
黒い靄はその言葉を否定するように、
とうとう手を伸ばせば届く場所まで来てしまった
するりと、握りしめていた襟巻がふたりの間にゆっくりと滑り落ちた。
そ、とその頬に両手を伸ばし、触れる。途端、穢れが
「私、"真の
言って、
それは本当に触れるだけの口付けだったが、
やがて
(これは、新手の拷問かなにかか?)
その身に溜め込んでいた穢れが完全に消えている驚きよりも、目の前の花嫁が恥ずかしそうに俯いて、先程まで重ねていた唇に遠慮がちに触れている姿を、今すぐ隠してしまいたいという気持ちが先行する。
だがここは、まさに抑えるべきところであって、獣のように襲いかかる時ではないと悟る。
「あ····あの、私!すみません····っ」
自分のしてしまったことに対して、
その後、いつもの狭い部屋に閉じ籠っていた
「····
「お前が駄目な花嫁なわけがないだろう?俺の可愛い花嫁、顔を見せて?」
耳元で囁く。もちろんわざとである。その気持ちは確かに受け取ったし、これはもうそういうことなのだ。あの口付けは、その証ともいえよう。
「お前のお陰で、穢れが浄化された。お前が"真の
頭を撫で、長い黒髪を梳き、それからそっと肩を抱く。
「······怒っていないのですか?私、
どこまでも優しく触れられ、戸惑う。
すぐ傍で感じるぬくもりは、なによりもあたたかい。それは、出会った時から変わらずそこにあって、
それでも視線を合わせるにはまだ心の準備が整ってはおらず、顔はなんとか膝から離したが、
「俺がお前を嫌いになる?そんなことは天地がひっくり返ってもあり得ないよ、」
あんな触れるだけの口付けで、こんな風に恥じらってしまうような可愛い花嫁を、嫌いになどなるわけがない。
むしろ、ますます愛おしいと思う気持ちが大きくなり、自分がどれだけ
だが、なによりも一番大切なのは
「····あの、私、男の身ですけど、あんなことをして、その、
「·················」
薄っすらと赤い唇に指先で触れて、ちらちらとこちらに視線を送りながらそんなことを言う
気付いた時には、
「俺の可愛い花嫁は、俺の子が欲しいのか?」
「へ?え?あ、あの、」
男の身で子ができるなど、あるはずないのに。
今すぐ顔を隠したいのに、両の手首を押さえられているので、それは叶わない。恥ずかしすぎて瞳が潤み、思わず身じろぐ。
「お前が望むならできなくはないが。しばらくは、お前とふたりきりがいい」
手首から手を離し、
首に顔を埋めて、甘えるように囁く声に、
「時間は永遠ほどある。ゆっくりでいい、俺を愛して欲しい」
(······愛、して?)
その感情はわからないけれど、なんだか不思議と心地好い響きだった。
好き、とは違うのだろうか。
「はい、私、必ず
「よろしく頼む」
やる気満々にそう言った
いつかその本当の意味を知った時、その時は。
神の"真の
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