四、道は違えど、想いはひとつ
「本当に、最低ですね!あの方が間者?馬鹿も休み休みに言ってくださいよ!」
夜も深い、
ふらふらとした足取りで戻って来た
先程までの自分と
「······叔父上がそういうなら、間違いない。
その言葉に、
「あなたはあのひとが
彼は自分の従者で、
「····お前たちも、俺を裏切るのか?ずっと騙してたのか?」
「本当、どうしてそういう考えになるんです?」
「じゃあ、なんで、叔父上を否定して、あのひとの味方をする····?俺が間違ってるなんて言うんだ?」
「俺たちは、白の神を守護する従者。あの森で長く生き精霊となった存在で、元を辿れば俺は熊、
「あなたの周りにいる味方の半分は、森の民なんですよ。もう誰も知らない事ですが、ひとがこの地にやって来た際、つまりこの地の最初の領主と白の神とで交わした盟約により、ひとが森を信仰する代わりに、森がこの地を守護するという約束。それを長きに亘って律儀に守っていた森に対して、やがてひとはそれを忘れ、森を穢すこともあった。あなたの尊敬する宰相サマが裏で何をしていたか、あなたは知らないでしょう?」
畳みかけるように言葉を紡がれ、
幼い頃からずっとそばにいてくれている従者であるふたり、その他の、いつも味方でいてくれた者たち。それがひとではなく、森の民だったと?
いや、それよりも。
「
「ええ、······そうです。まあ、あの姿は本来の姿ではなく、化身ですから、もうじき消えてなくなってしまうでしょうけど」
「消える······なんで、」
そんな
「あの方はあなたが盛られていた毒を何度も受け、挙句、信徒に疑われるわ身を穢されるわ、もう限界なんですよ。形を成しているだけでも奇跡です。いいですか?さっさとあの方の居場所を私たちに話してください。取り返しがつかなくなる前に」
疑いの言葉を吐き捨てたあの時の、
あれは、毒を盛った事がバレて動揺していたのではなく、代わりに毒を受けていた自分が疑われたことを酷く悲しんでいたのだ。
「俺は······
青ざめた表情で、己の罪の重さを自覚した
「間違いは正せばいい。あの方はすべてを赦すだろう。そういうお方だからな」
「
少し間をおいて、
「····罪人牢。叔父上が、あのひとをそこに連れて行くと言っていた」
三人と、他に外で控えていた何人かの従者たちと共に、罪人牢のある地下へと急ぐ。なにが待っていようと、もう、迷わないと決めた。
それが、どんな真実であろうとも――――。
******
無残な姿となっている
破けた衣から覗く、右脚に残る古い大きな傷痕。首筋に薄っすらと残った赤い痕。手首を拘束する鎖の痕。そのどの痕も、生白い肌を飾る、美しい痕。
「もうすぐ、この地は他の国の領主が派遣した兵によって、火の海にされるだろう。あの忌まわしい森も焼き払われる。白の神になにができると?そもそもそんなモノ、いるはずもないのに」
信仰心など微塵もない。昔から、あの森を崇拝してやまない兄を、気持ち悪いとさえ思っていた。
毒などではなく、さっさとこの手で殺していれば、あんな遺言書を残されることもなかったのに。
「残念ですが、あなたの"願い"は叶いません。あなたがやり取りをしていた伝書鳩も、あの森の中で密かに交わしていた密約も」
「······どういう意味だ、」
「あなたが最初に放った伝書鳩は、森の眼である鴉たちによって止められ、その文は彼らの長の手に。それはそのまま白の神へと伝えられました。そこにはあなたが、領主である
紡がれていく言葉に、薄暗い牢の中でもはっきりとわかるくらい、
「あなたの許へと届いた伝書鳩の返信も、その後のやりとりも、全部。森の中で交わした密約さえも、存在しません。つまり、森は焼かれることもなければ、
もちろん、あなたの優遇などあり得ない、と止めを刺すかのように付け足して、
そのやりとりはすべて、あの漆黒の衣の白い仮面の青年、鴉の長である
「馬鹿な······っ!あり得ない!お前はなんだ!?まさか本当に、彼の地の間者だとでもいうのかっ」
「最初から言っているでしょう?私は鎮守の森の使いであると。間者などではありません。もちろん、この地を陥れる者でもありません」
「それこそあり得ない!そんなものは存在しない!愚かで何の力もない者たちの、ただの妄想だ」
「······叔父上、今の話は本当ですか?」
は、と
「すべて聞きました。ここにいる者が皆、証人となるでしょう。言い逃れは不要です。そんなこと、俺が赦さない」
それは聞くに堪えないような言葉ばかり。あんなひとを尊敬し、あんな風になりたいと願っていた自分を、否定したくはないけど。
「
「いいのです。それに、様、など。今の私には相応しくありません」
手首に残った赤紫色の鎖の痕。叔父が鞭で打ったのだろう、両の腕のいくつもの新しい痣。自分が付けた首筋に残る痕。
肩を抱き、支えるように
ふと、衣の隙間から覗く右脚の傷痕が目に入った。あの時、
ふたり、冷たい牢の中で座ったまま、視線が重なった。
「
「····酷いことなど、されてません。私は、あなたの気持ちを受け入れたんです。だから、そんなこと、思わないでください。しかし、この身は、もう、朽ちるのも時間の問題でしょう」
その言葉を証明するかのように、
寄りかかっていたはずの身体の重みはまったくなくなり、支えていた肩は無数の光の粒と化して、散り始めた。
「····さよならは、言いません。道は違えど、私たちの想いはひとつ。あなたはひとの中で、私は森で。この地を、守る。あなたの幸せを、祈っています」
言って、
残された
やがて辺りを漂っていた小さな光の粒がすべて消え去った時、ゆっくりと顔を上げ、その琥珀色の眼を細めた。
――――数年後。
鎮守の森の奥深く。秋の頃。
白い衣を纏い、長い白銀髪を風に靡かせた碧い瞳の細身の青年が、赤や黄に染まった森の木々の隙間から零れる光の筋に、手を伸ばしていた。
眩しそうに眼を細め、青く澄んだ空を見上げる。鳥の声。森の匂い。
優しい声が、その名を呼ぶ。
ゆっくりと振り向いた先、そこに立っていた者に対して少し驚いた表情を浮かべたが、やがて慈しむように微笑んだ。
「やっぱり俺は、他の誰かじゃなくて、
「····私、は、」
光差す森の中で、ふたり、祝福されているかのように。
どこからともなく吹いた風でひらひらと舞う、赤い楓の葉たち。
「俺はあなたと一緒に、この森を、この地の民を守ると誓うよ、」
そっと抱きしめられ、耳元で囁かれた声は、どこまでも真っすぐで心地好い。
戸惑いながらも、それに応えようとする健気な神に、青年は触れるだけの口付けを落とす。
ひとの寿命は短い。
流れる時間も違う。
それでも。
この想いは、永遠にあなたに捧げる――――。
~ 秋の章 了 ~
【 あとがき 】
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
四章四話縛り。秋の章、いかがでしたでしょうか。
一話、なっがっ!!?読めるかーい!という心の声が、色んな所から聞こえてくる(幻聴か?)。すみません、色々と詰め込みすぎました。でもいいんです。この作品は完全に趣味で書いているので。
それでも最後までお付き合いくださった方は、本当に強者····感謝です。
四話縛りにしていなければ、八話くらいになってるお話です。一話2000文字くらいとしたら、そのくらいかも。
四話目は苦行ものでしたね。本編は4500文字くらい?もっと?
すみませんとしか言えない······汗。
次は冬の章。
季節の物語もとうとう最後ですね。これから構想を妄想して、形にして、12月か1月くらいに公開できたらと思います。
最後まで読んでくださった皆さま、本当にありがとうございました。
次はもう少し、文字数を考えて作りますので、お許しください!
では、冬の章でまたお逢いしましょう。
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