二、あなたを信じる
「私は、
その落ち着いた穏やかで優しい声は心地好く、門番たちが門前払いしなかった理由が、なんとなくだがわかった。言っていることは突拍子もないのだが、嘘を言っているようには見えなかったからだ。
「疑うのは苦手だが、信じるに値する証拠はあるか?あなたの言う"白の神"は、俺たちが信仰し崇める神の名だ。もしあなたが、本当にその神の使いだと言うのなら、俺にそれを証明して欲しい」
わかりました、と
「白の神は癒しの神と呼ばれております。その使いもまた、癒しの力を使うことができます。あなた様のその腕の傷を治して差し上げましょう」
よくみればその瞳は碧く、空よりもずっと深い青色をしていた。色白な肌は透き通っており、到底人とは思えぬ美しさだった。
その細い指先が、傷を負った腕に巻かれた包帯に触れてきた。丁寧に包帯を解き、破れた黒い衣裳から覗く傷に、躊躇うことなく触れて来る。
先日、この地を脅かさんとする、盗賊たちを討伐しに行った先で負った怪我だった。
領主自ら出向くのはいつものことで、その無鉄砲さはよく元老や臣下たちに叱られていたが、どうしてもじっと待っていることができない性格な為、直属の従者たちはもはや諦めている。
負った傷も、仲間を守るために自らが盾になったせいで、傷自体はそこまで深くないのだが、破れた衣裳もそのままにしていたため、庇われた者は気が気ではなかったらしい。
本人に至っては、まったく気にも留めていないようだ。
「あなたが、本当に"白の神"の使いなら、俺はあなたを崇めないといけない?」
「いえ、その必要はありません。私は、鎮守の森に存在する、数多の化身たちの中でも一番格下なので、崇められるような立場ではありません」
そんな会話を交わしている間に、みるみると塞がっていく傷を目の当たりにし、
気付けば、痛々しかったその切傷は、傷痕さえ残さずに消えてしまい、彼が癒しの力を使って傷を治した、という事実だけが残った。
「これで信じていただけましたか?」
「あなたは、本当に白の神の使いなんだな!俺はあなたを信じるよ!」
それは、無邪気な子供のような、弾むような声。満面の笑み。青年とは思えない、純粋で無垢な感情だった。
森を穢す者を赦さず、侵略する者を赦さず、神の使いである森の獣を狩る者を、侵犯者として裁くこともあった。
「早速だが、今日から、俺の傍で友として助言して欲しい。俺は領主としては、まだまだ学ぶことがたくさんあるから、足りないことがあったらなんでも言ってくれ」
「····ありがとうございます。
「ああ、頼む。では、俺の仲間を紹介するよ。さあ、中に入って、」
その手を躊躇うことなく取ると、そのまま門の中へと駆けて行った。残された門番たちはぽかんと口を開けていたが、自分たちの仕事を思い出して門を慌てて閉めた。
「本当に、あの白の神の使いだったなんて、」
「ああ、門前払いしなくて良かったな····」
ふたりは今更ながら心臓がバクバクしてきた。
「それにしても美しいひとだったな」
「ああ、あんな美しいひと、見たことがない」
門番たちはいつもの調子に戻るまで時間を要したが、この時の出来事は、それから何年経っても忘れることはなかったという。
******
その三日後。
従者のひとりである
目の前には五人の元老、臣下である文官と武官が合わせて十二人、そして領主の頭脳ともいうべき文官の代表である宰相がひとり、それぞれいつもの位置にずらりと並んでいた。
(ジジイどもの差し金か?皆様お揃いで、ご苦労なことだ)
若い臣下たちに比べ、年老いたこの地の
なにかある事に口を出してくるのが彼らの仕事で、まだ若い領主である
おそらく、いや、間違いなく、例の件だろう。
三日前にこの領主の邸へやって来た、鎮守の森の使いと名乗る青年。この地はその鎮守の森を崇めており、そこに存在するという白の神を、古の頃から信仰としている。
遥か昔から、何度も他の地の侵攻はあったが、これまで多大な被害がないのは、森の守護のおかげとされていた。
そんな信仰の源である"白の神の使い"が現れたとなれば、彼らが黙っているはずがなかった。政のために利用しようという気が満々で、今日もきっとそのために集まって来たに違いない。
(そんな事だろうと思って、
「
元老の代表として、ひとりが口を開いた。
「
諫めるように、宰相であり叔父でもある
「それに、彼の者は治癒の力を持っており、白の神の使いという肩書も当然、信用に値すると私は思いますが」
援護してくれる宰相の言葉に
「それが妖術ではないとなぜ言い切れる?」
「そもそも、なぜ急に白の神が使いを寄こしたのだ?なにか悪いことの前触れなのではないか?」
好き勝手にそんなことを言い出す始末。それには他の武官や文官たちも顔色を変え始める。なんにせよ、彼らの発言は影響力が大きいのだ。
「たしかに隣国の侵攻は後を絶たず、こちらを常に狙っているのは皆の知るところ。しかし、間者であるという証拠もなく、疑うのは時期尚早では?」
それらをすべて一蹴するように、
「皆、勝手に決めてしまってすまない。なにかあってからでは遅いのはわかっている。だが、彼は俺のために助力してくれるそうだ。もし、少しでも疑わしいことがあれば、必ず叔父上に相談する。皆の助言もちゃんと聞き入れる。その上で、判断して欲しいと思う」
真っすぐで揺るがない。そんな
その言葉もあって、今回はなんとか黙って帰ってくれたようだ。はあ、と嘆息して
「
ふたりでいる時は、このように叔父の顔をみせてくれる
父亡き後、ずっと助けてくれている叔父は、彼にとって父と同じだった。父の遺言書がなければ、まだ若かった
病のひとつもしないような、そんな元気な父が急な病に倒れ、亡くなるまでが早かっただけに、誰も遺言書の存在は予想していなかっただろう。
だからこそ、叔父の存在は大きく、
その信頼は、この先も一生、揺らぐことなどないと思っていた――――。
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