マシュマロ・スプラッシュ

桑鶴七緒

マシュマロ・スプラッシュ

八十億人の人々が一斉に空を見上げた。


先ほどまで快晴だった空にパチリという火花のような音を立てて雲を突き抜けて何かか降ってくる。

自衛隊や海軍艦、空港の管制塔では上空を飛行する航空機などの他に白い物体をレーダーがとらえたという。

首相官邸にも即座にその物体の情報が入り、直ちに危機回避するよう指令を下す。


都会のスクランブル交差点では、その物体が放った光に気づいた人々がスマートフォンを片手に上空や街頭ビジョンにカメラを構えては立ち止まる。

ある場所では、風景写真を撮ろうと一眼レフカメラを構えて待機している人が、その物体に気づいて空に向けてシャッターに収めようとしている。

またある場所では、漁から帰ってきた船が岸壁に停止させて、採れたての鮮度の良い魚をトラックに積み込んで出荷作業に追われている中、その物体に気づいた人が空に向かって人差し指で眺めている。


ある一軒家の二階の部屋でゲームに夢中になっていた僕は、スマートフォンの通知音に気づいてSNSを開くとタイムラインには、


"世界の民よ、上空を見よ"


の、トレンドワードが大量に流れているのに目が入った。

窓から外を覗いてみると、甘い焼き菓子のような何かの香りが漂い、隣の家の人が料理でもしているのかと思い、窓を閉めようとしたその時だった。


──シュワーっと空気の中を突き抜けて空から何かが降ってきた。あれは雨か、それとも別の液体か。そして雲よりも分厚い白い物体がこちらを目がけて向かってくる。

すると一気にグニャリという音が響き渡り驚いて再び窓を見てみると、先ほどよりも空が真っ白になり何かがシャワーのように降り注いでいた。外から香る匂いにどこかで食べたあるものだと思い立ち、あれこれ考えているうちにすぐに点けていたテレビのリモコンでチャンネルを切り替えてみると──。


「ただいま上空をマシュマロが飛んでいます。皆さま直ちに避難してください。外出されている方、長時間屋外に出ると大変甘くて香ばしい食感にやられてしまいます。……失礼しました。とにかくマシュマロが飛んで危険な状況です。この柔らかい物体に降りかからないように素早く屋内に避難してください……」


ヘルメットと雨合羽を羽織る報道陣も慌てふためいて動揺を隠せないくらい、今上空から大量のマシュマロが投下されている。


しかし一体誰がこんなことを仕向けたのだろうか。そしてなぜ今マシュマロなのか。


友達に連絡を取ろうとメールをしてみると、ちょうど外に出ていたらしくダイレクトにマシュマロの攻撃に遭い体から甘さで満たされているという。待てよ、それらによって満たされている……それはいかにしてその甘さに打撃を受けたのだろうか。


返信を待っていると、別の一通のメールが届き開いてみると、僕の彼女が友達とカフェの中にかくまっていると告げてきた。

ただよく目を凝らして眺めていると直撃されている人々は皆笑顔だという。これだけの甘さを直に受けているのに避難するどころか、お祭り騒ぎのように街中や世界中が歓喜で満ち溢れているらしい。


そうか、やっとこの日を迎える事ができたのか。


僕たち人間は常に一定の速度を保ちながら煩忙だと訴えながら走り回っている。その動きを少しでも減速させると瞬く間に勝ち取った証を誰かに奪われてしまうのだ。僕の憶測だがきっとそんな世の中を少しでも緩和してほしいという願いがあるのかもしれない。

平和が目の前にあるのに、僕らは知らないうちにその心地よさを忘れてしまったようだ。


何をするのも常に戦いなのだ。

どんな兵器を作ろうとも人間は秘策を立てては標的を狙い続けている。それは自分を守るため。けれど、果たしてそれが全てなのだろうか。


この白くて程よい弾力があるマシュマロは、一つの願いを持って解き放たれたものなのしれないと思うと、尖っていた心のひだがこのマシュマロによって体に浸透しては和らげていく作用をもたらしそうだ。


やがて、世界は甘さでまみれたマシュマロを払拭させてまだいつもの時間を取り戻していった。

ある専門家はこう話している。

『マシュマロによってこんなにも人々に喜んでもらえたなんて、良い実験結果と実証された。』


経緯は未だに不明だが、あのマシュマロがもたらした出来事によって、街角にある菓子店には大量のマシュマロが毎日のように売れているという。


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マシュマロ・スプラッシュ 桑鶴七緒 @hyesu

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