終わりと始まり

 俺は大袈裟おおげさに天を仰ぐ。

 手のひらを上にして、まるで雨を受けるかのような姿。

 それは天恵を一身に受けるような仕草で、これまで何度もやってきたポーズだ。


「ここに予言を授かったのじゃ!」


「おいおい、こんなときまでかよ」

 こんなときだからこそ。

 そしてこの突っ込みも彼から聞くのは最後になる。


「わしは勇者の水先案内人。しかし、その実態は、ここにいるべきではない存在なのじゃ」


 これは決別。

 この「物語」に俺の痕跡こんせきを残してはいけないんだ。


「わしの存在は、これをもって無かったことになる」


「ちょ、ちょっと、いきなりふざけないでよ」

 震える声でプリンに抗議されるが、俺の意思は変わらない。


「わしの体が消えた瞬間から、君達の記憶からも消えるはずじゃ」


 これは手帳に書いた設定。

 【必然】にしたら俺の事をうとましく思っているに違いない。

 今回ばかりは無理な設定でも通すだろうとは予想していた。


 周囲に得も知れぬざわめきが起こる中、俺は既に胴までが消えていた。


「最後くらいふざけずに、ちゃんと別れを言っていけよ」


 アドルフが俺の肩を小突く。


「そうだな……ってふざけてなんか無いぞ?」

「存在そのものがふざけてるような気がするけどな」


 と、いつものやり取りをしていると、残った俺の上半身に渾身のタックル……じゃなかった、プリンがしがみついてきた。


「何で? 何で消えなくちゃいけないの?」


「ぐふっ……俺が元居た世界に戻るんだよ」

 俺の言葉に涙がたまった瞳から、水滴が惜しげもなくこぼれ落ちる。


「そんなに楽しいところなの? 私と居るより大切なところなの!?」

 肩口の洋服をぎゅっと握りしめる握力は、あの筋肉ムキムキの時と変わらない。

 完全に動きを制限されている! 力強い!

 それでも、手の震えや、言葉の必死さに、自分の心も揺らいでしまう。


 戻っても、待っているのは誰も居ない真っ暗な四畳半。

 パソコンだけが部屋を照らす照明器具。

 友人と呼べた相手も、生活の違いで会うこともない。

 今目の前にいる可愛い女の子も、向こうの世界には居ない。


「ここに居れば勇者を導いた予言者でしょ? 一生遊んで暮らせるわ、それも捨てるくらい良い所なの?」


 俺が思案にふけり返事をしない事で、じれたプリンがさらに畳み掛けてくる。


「いや、向こうに戻ったら俺はただの一般人さ、誰からも見向きもされずに、一人で孤独に生きてる感じかな」


「だったらっ!」

 言っててちょっと自嘲気味になったし、そう返してくるプリンの言葉も分かる。



 でも。

 それでも。

 俺はこの物語の続きを書かなければならない!


「俺には夢があるんだ──君達の冒険を、勇姿を、生活を、生き様を……幸せを、悲しみを、楽しみを……ひとつの物語として、沢山の人に読んで貰いたい!」


 その気迫に圧されたのか、プリンが俺の肩から手を離す。

 俺の宣言がプリンにどう受け入れられたのかは分からないが、思案するように目線を足元に向ける。


「フミアキが……格好良いときって、いつも誰かの為だよね」

 そしてため息混じりに溢す。


「罠の魔法でローラが倒れて、強くなりたいって言った時も……キマイラとの戦闘で敵の目の前まで行って戦ったときも……あの時なんか足が震えてたから、前に出てくるなんて思わなかった」


「バレてたか」

 思いっきりバツが悪いが、プリンは良く人の事を見ているものだ。


「今回も、きっと誰かの為なんだよね……」

「自分の為でもあるんだけどね」

「じゃぁ……尚更引き留められないじゃない」


 そういうと、俺の胸の辺りを優しく突き放すように押して下がった。



「じゃぁ俺、行くわ」


 あの孤独な場所で、ネット小説という荒波の中で戦うために。

 レベル1の俺は、もとの世界でもレベル1のままだ。


「辛気臭い顔してんなよフミアキ」

 どういう顔をしていたか分からないが、苦笑混じりにアドルフが叫ぶ。


「俺だって一般市民だったらしいじゃねえか。毎日の修練と素晴らしい仲間との出会いで勇者になっちまっただろ? お前にだって絶対に出来る!」


「アドルフ……お前は本当に最後まで格好いいな!」


「俺にとってはフミアキもそうだぜ」


 俺はもう腕の感覚も無かったが、アドルフのグータッチの誘いに笑顔で応えた。

 それは王都についた時にこうなりたいと思った御者さん達の笑顔だった。


 俺も成長したなぁ。

 等と感慨に耽っていたら時間が来たらしい。


 そして完全に透明になった時、俺の意識はゆっくりと天に向かって引っ張られる。

 眼下に今まで別れを惜しんでいたみんなが居て、もう伸ばす手さえない。



「あれっ? 何で私泣いてるんだろう?」

 プリンが不思議そうに目を擦る。


「暗いところから地上に出たときに、目がビックリしたのかもしれませんね」

 ホーランドが言うと、やはり不思議そうに首をかしげるプリン。


「そんなことどうでも良いから、ローラの親父から褒賞金をふんだくりに行くんだろ? 早く行くぞ」

「ちょっ、と、待ちなさいよ!」

 アドルフが踵を返して王都へと歩き始めるのを、みんなが追いかけ始める。


 ってか。

 忘れるって書いたけど、忘れるの早すぎない!?

 このシーン見たくないんだけど!?



 と、ふとある女性と目が合う。

 その女性は長い金髪を風になびかせて、黄緑色の瞳を空に向けていた。

 それはまるで地上に降り立った女神のようで。


「ローラ、早く行こ!」

 そういって行きかけたプリンがローラレイの腕を引っ張る。


 その髪がふわりと持ち上がると、ピンク珊瑚の耳飾りがキラキラと陽光に煌めくのだった。

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