凱旋
≪1≫
湖の対岸には大勢の騎士たちが詰めかけていた。
樹海の向こう側、東の彼方から太陽が昇ってきたころに、ヴァレンシアとホーランドは、古の島から戻ってきた。二人の背後で島はどんどん小さくなり……ついには、霧のカーテンに隠れて見えなくなってしまった。これより先は、人の目に映ることもないだろう。
「お迎えに上がりました」
先頭に立つ年老いた騎士が、堅苦しい言葉を二人にかけた。
「騎士ヴァレンシア。勇士ホーランド。<
喉元まででかかった言葉を飲み込むと、ヴァレンシア──赤毛の娘は、老騎士にちらりと目を馳せた。
「……タリミアス騎士団長──」
藍色の髪と黄金の瞳を持つ妖魔男のホーランドが呟く。
騎士のなかには、見知った顔もいくつかあった。が、ホーランドには、彼らと親しく語らうことはできなかった。かつて人間であり、<
「私を御存知か、ホーランド殿」
タリミアスの驚きを含んだ声に、ホーランドは口許を歪める。
「ええ、まあ──<
おどけた表情の向こう側で金色の瞳が微かに曇ったのを、ヴァレンシアは見逃さなかった。
「それよりも、早くこの樹海を越えたほうがいいだろう。妖魔サルトは倒したが、妖魔王の下についている妖魔たちは健在だからな」
さっと踵を返すと、彼は白馬ハンザの側へと歩み寄る。
手慣れた仕草でハンザに触れ、鞍に飛び乗る。
「急げ。この樹海は、外の世界よりも昼間の時間が短いんだぞ」
藍色の髪が風に靡く。
わらわらと他の騎士たちも馬に乗る。ヴァレンシアだけが一人、浮かない表情でホーランドと、父であるタリミアス騎士団長とを見比べていた。
「ヴァイ、行くぞ」
ホーランドのどこか険しい声にはっ、と顔を上げ、彼女も栗毛の愛馬トラストに跨がった。
会話らしい会話もないままに、一行は<
一行は、言葉少なに馬を進めた。
いつのまにか、どこからか赤と青の原色の羽の鸚鵡が飛んできて、ヴァレンシアの肩に止まっていた。
甲高い鳥の声が静かな樹海に響く。
ヴァレンシアは微かな笑みを浮かべ、肩に止まった鸚鵡の喉の辺りを軽く撫でてやる。
「どうなるのだろうな、これから」
これから──<
一抹の不安が胸を過ぎる。
有り得ないことではなかった。彼を縛り付けるものはもう、何もないのだから。どこにも。
──どこにも?
本当に、何もないのだろうか。
自分では、彼を国に引き止めることはできないのだろうか。
すぐ側で馬を進めている藍色の髪の青年をちらと盗み見て、ヴァレンシアは小さく溜め息をついた。
≪2≫
妖魔サルトが倒されたという噂は、遠く離れた<
噂は、タリミアス騎士団長以下十数余名の者たちが城へ辿り着くよりも遡ること三日前に、すでに城へと舞い込んできていた。
「……サルトが倒されました」
テラスで佇んでいるカスケードの後ろ姿に向かって、金髪の妖魔女シラは告げた。
明るいオレンジ色の瞳がその瞬間、険しく細められる。
「お分かりなのでしょう、カスケード様。貴方に取り引きを持ちかけたのは妖魔サルトで、私が、貴方を監視するために送り込まれた妖魔の手先だということも。気付いて……おられるのでしょう?」
おどおどとした、今にも消え入りそうな弱々しい声が、カスケードの本心を計っているかのようだ。
「シラ……?」
<
「どういうことだ? 妖魔の手先だと?」
詰問するような強い調子で、彼は問い正す。
身を捩り、怯えた瞳でシラは、この青年を見上げた。
「──…て……手先、です」
カスケードの手が振り上げられる。
「でもっっ──」
パン、と小気味良い音が響き、シラはよろめいた。
みるみるうちに、白い頬が赤く腫れ上がってゆく。カスケードは、シラが女だからといって手加減をすることはなかった。
「どういうことなんだ、ええ?」
さらに強く肩を揺さぶり、カスケードは尋ねた。
「ですから……」
口を開いたものの、言葉が出てこない。シラは目を伏せた。
すべて話してしまうことを決意するのは難しかった。自分が妖魔だと告げるだけでも、何週間ものあいだ悩み続けたのだ。これ以上のことを話してしまえば、自分は、カスケードから非難されるかもしれない。それだけならまだ、耐えられる。非難されながらも側にいることを許されるのならば、いくらでも彼女は話すだろう。しかし、もし、彼女が側にいることを許してもらえなかったなら……
「隠していたんだな、ずっと」
カスケードが言った。
「隠していただなんて……」
目尻にうっすらと涙を浮かべたシラは口ごもり、瞳を大きく見開いく。
隠していたのではない。誓って、そんなつもりがあったわけではない。ただ、口にすることができなかっただけだ。
カスケードに嫌われたときのことを考えて、臆病になっていただけなのだ。もちろん初めは、そうではなかった。サルトに命じられたまま、何も分からずに彼の言いなりになっていただけ。自分というものもなく、命令に忠実に、かつ、カスケードの不興を買わないようにとしか思ってはいなかった。今なら、カスケードの不興を買うことなど怖くはない。彼が自分の側から離れていってしまわない限りは。
黙ったまま、二人はその場に立ち尽くしていた。
気まずい空気が辺りを満たしている。
先に口を開いたのはそして、カスケードのほうだった。
気まずさに耐えかねてか、くるりとシラに背を向けると、彼は、テラスの手摺に体重を預けた。心地好い風が吹いてきたが、二人とも気付きはしなかった。
「……まあ──」
低い、深く穏やかな声がシラの耳に届いた。
「俺のことを好きになるなんておかしな女は、妖魔ぐらいだろうよ」
顔を上げ、この美しい妖魔女は目の前に佇む青年の後ろ姿を改めて見つめ直す。その背中は、もう怒ってはいなかった。
怒りが引いていくのが感じられる。
「カスケード様」
小さく声に出して呟くと、彼女はそっと第二王子の肩に手をやった。
「……──なんて……」
カスケードの手が、シラの手に重ねられる。
「え?」
彼が何を言ったのか、聞き取れなかったはずはない。妖魔なら、言葉の内容を意識的に読み取ることは可能なはずだから。
カスケードの、シラの手を握った手に力がこもる。
「これからは、隠しごとなんてするんじゃないぞ」
不意に、シラの心に、カスケードの心の内の言葉が流れ込んできた。
『──お前だけは、俺を裏切るな』
≪3≫
秋の初めにはトラガード第一王子の怪我も全快し、年明け早々に正式に王位に就くことが決定されたころ、タリミアス騎士団長の一行は<
この旅のあいだに騎士団の者たちは、ホーランドとは旧知の間柄のごとく親しくなっていた。
皆と打ち解けるのが早かったのは、ホーランド──ディルディアード──の人当たりの良さ。ときおりふと見せる、どこか人懐こい笑み。誰もが、ディルディアード第三王子を思い出さずにはいられなかった。
「ディルディアード王子は、死んだ」
ことあるごとに、ホーランドはそう言う。
ディルディアード第三王子は、サルトの手にかかって命を落としたと……──それが、目下のところ、ホーランドとヴァレンシアの二人が直隠しにしている秘密だった。
実際、ディルディアードの身体はこの世からは失われていた。ホーランドの言うことも一理ある。それに、いくらホーランドがディルディアード本人だと言い張ってみたところで誰も信じてはくれないだろう。ディルディアードとホーランドの違いは、誰の目にも明らかだった。話し方すら、二人のあいだには大きな違いがあった。どれだけ根本的な部分で同一であろうとも、これでは、他人の目には別の、よく似た者として映ってしまってもおかしくはない。それが当然のことなのだから。
馬を進めながら、タリミアスは血の繋がらない我が娘にちらりと視線を馳せた。
娘のヴァレンシアは、ホーランドとはかなり親しくしていた。滅多に、こんなことはないのに。それに、彼女があの藍色の髪の青年に向ける眼差しと言ったら…──まるでそれは、かつて彼女がディルディアード第三王子に向けていた信頼に満ちたもの。優しく、誰かを愛しむ者のする眼差し。
何かがおかしいと、タリミアスは心のなかで思う。
何が──?
娘の、ホーランドに対する態度。眼差し。ヴァレンシアの、ディルディアードに対する想いは偽りではなかった。それは、タリミアスにも分かっている。が、ホーランドに対する想い──それはまだ、ぎこちなく、双方共に戸惑いを感じているようではあったが──にも偽りはない。こんなに簡単に人の想いとは変化するものなのか。それとも、これらすべてがタリミアスの勝手な憶測でしかないのか。
「どうかなさいましたか、お父様」
我に返ったタリミアスの顔を、ヴァレンシアが不思議そうに眺めていた。
「ああ……いいや、何でもない」
軽く首を二、三度振ると、彼は前へ向き直る。
秋は、急ぎ足で南へと下ってきていた。
この様子だと、一行が<
タリミアスは馬の尻に鞭をくらわすと、先を急いだ。
ホーランド──ディルディアード第三王子──が聖なる国の城門を潜ったのは、それから三日後の真夜中を過ぎたころのことだった。
≪4≫
「騎士団長タリミアス。並びに、騎士ヴァレンシア。そして、勇士ホーランド。無事で何よりだ」
夜更けの謁見室には灯されたばかりの炎が勢いよく燃えていた。
<
「他の者も大儀だった。今宵はゆっくりと身体を休めるがいい」
その言葉で、騎士たちは謁見室を後にする。
残ったのはタリミアス騎士団長と、ヴァレンシア。それに、ホーランド──ディルディアード。
しばしのあいだ、沈黙が漂った。
「──タリミアス殿。貴殿も休まれるが良かろう。城内に部屋を用意させた。報告は、明日の朝一番に聞かせてもらえればそれで良い」
トラガードの目が、「退がれ」と告げていた。
「は」
頷き、重々しく礼をするとタリミアスは謁見室を退出した。扉がパタン、と締まり、人払いをした部屋のなかには、三人だけがぽつりと孤独に、それぞれの位置で、それぞれが口を開くのを待っていた。
「……話を……聞かせてもらおうか、ホーランド──……いや、ディルディアードよ」
ぽつりとトラガードが、藍色の髪の、今はすっかり別人となった青年を見下ろした。
「トラガード様。貴方は一体、どこまで知って……」
ヴァレンシアが口を開きかけたが、ホーランドがそれを遮った。彼女のほうをさっと一瞥すると静かに前へ進み出て、かつては兄であったトラガード第一王子の前に跪いた。
「
第一王子の言葉に、ホーランドは顔を上げた。が、やはりそのままの状態で、彼は口を開いた。
「──夢のなかで私は、自分が血塗れで倒れているのを見ました。背中が酷く熱かったのを覚えています。気が付くと、そこは、知らない部屋でした。誰かが……耳慣れた声が、私を呼んでいました。ふと部屋を見回すと、男が立っていました。その者の髪は、栗色……私のものと同じでした。瞳も、です。彼は私の身体を使って、この<
声が、止んだ。
優しいが、今ではディルディアード第三王子のものではない、別の声。
トラガードは頷き、先を促した。
「私にそっくりの男は、妖魔サルトでした。私は、サルトの術によって自らの身体を奪われ、代わりに彼の身体を与えられていました。妖魔の肉体を持った私はホーランドと名乗り、ヴァレンシアと共にサルトを倒す旅に出たのです──私自身の、本来の身体を取り戻すために」
言葉を切り、ホーランドはちらりと第一王子を見遺った。
「して、お前の旅は、成功したのか」
鋭い言葉だった。悪意のないだけにこの言葉は、胸に突き刺さるものとなった。ホーランドは顔をしかめ、皮肉めいた笑みを浮かべた。何よりも、ヴァレンシアの前で真実を告げることが怖かった。彼女がすでに知っていることを、再確認するのが。
「私の旅は、半分は──サルトを倒すという目的は、叶いました。ですが、もう半分は……」
「失敗したと言うのか?」
突然、ヴァレンシアが横から割って入った。
「私は、失敗したとは思わん」
強い語調で彼女は喋り出す。
「トラガード様。ホーランド……いえ、ディルディアード様の旅は、無事にすべてを成し終えたのです。妖魔サルトは倒され、ディルディアード様は……確かに元の姿を失いはしましたが、命は、無事でした。生きておられるのです。それを失敗などと申しましょうか、トラガード様」
美しいアルトの声が、一際大きく謁見室に響いた。
彼女は、強い意思を持っていた。ディルディアードの旅の成功を、彼女は、心から喜んでいた。彼は、生きているのだ。
「ヴァレンシア」
トラガードは静かに、この女騎士に微笑みかけた。
「私はおそらく、貴女よりも詳しく、サルトとディルディアードの戦いを知っているはずだ。ある人物が、それを教えてくれた。サルトが、我が国にどうやって侵入経路を開いたのか。一度は殺そうとしたディルディアードに何と言ったのかも。彼女は、ディルディアード、お前がホーランドと名乗っており、また、サルトの姿をしているということも教えてくれた」
いったん言葉を切ると、トラガード第一王子はそれまで座っていた王座から立上がり、ホーランドのほうへと歩み寄った。
「よく、サルトを倒した。ディルディアードよ。お前は、負けたわけではない。失敗したわけでも。お前は勝ったのだ。妖魔サルトに、勝ったのだ」
トラガードの手が、ホーランドの肩に置かれる。
ホーランドは第一王子を見上げ、ゆっくりと立ち上がった。
「──兄上……」
初めて、ホーランドは自分のしてきたことが報われたと思った。誰よりも、トラガード第一王子にこの言葉をかけてほしかったのも事実だ。父である王が亡くなった今、偉大なる長兄に認められることは、一人の人間として、また男として、認められたことのように感じられてならなかった。
「よく帰ってきた──」
長兄は優しく、この末の弟をあやすかのように抱き締めた。
≪5≫
何度目かの深い溜め息を付くと、<
「どうしても会わなければならないのか?」
「当然です」
金髪の妖魔娘は、半分怒ったような表情を作って応えた。
「……怒ったのか、シラ?」
腰に手を当てて、ぷい、と頬を膨らませた仕草が可愛くて、そしてその後に返ってくるだろう言葉に期待を寄せて、カスケードは彼女の顔を覗き込んだ。
「怒ってなんかおりません。ですが、どうしてもディルディアード様にお会いにならないのなら、シラは本気で怒ります。あの方に会って、本当のことをお話し下さい。それから、謝るのです。それができないと仰言るのなら、私はお暇を出さして頂きます」
「ああ……分かった、分かった。本当のことを言えばいいのだろう?」
「ちゃんと、謝って下さいませね」
面倒臭そうに手を振って言葉を受け流すカスケードに一抹の不安を抱きながら、シラは愛する青年の顔を真直ぐに見つめる。
これ以上、この青年には罪を重ねてほしくなかった。
サルトが倒されたと言っても、<
何よりも、ホーランドのその臭いに群がってくる、妖魔たち。
一度これと目を付けた獲物には、何があろうとも食らいついて離れないのが妖魔たちだった。時間が獲物のことを忘れさせることもあったが、それは獲物が妖魔と互角の力を持つときのみ。ホーランドにそれほどまでに強大な力があるとは、シラにはどう
しても思えなかった。
やはり、結界石が頼みの綱なのだ。
「カスケード様。あと、もう一つあります。貴方が壊した結界石を、元に戻さなくてはなりませんね」
微笑んで、シラは言う。
何でもないことのように。
壊れた結界石を元に戻すということは、つまり、自分をも含めた妖魔をこの<
「何故だ。それに、どうやって」
『俺は……それを、望まない』
カスケードの心の声が聞こえた。
「──どうすればいいんだ、シラ」
長い長い沈黙の後にカスケードは、物憂げな様子でオレンジ色の髪を掻き上げながら尋ねた。
「御心配なく」
にっこりと、美しい笑みを浮かべて娘はカスケードを見つめる。
綺麗な瞳だと、カスケードは改めて思わされた。こんなに美しい笑みを浮かべるのは……いや、カスケードに向けてくれるのは、彼女だけだ、とも。それらすべてはカスケードだけのものなのだ。幼いころに失った、父王の優しさや、母親の優しさ。周囲の者たちの愛情。そういったもろもろのものには、もう、執着心も湧かなかった。シラが──この、妖魔娘が側にいてくれるのならば。
「結界石の作り方ならば、私が存じております」
目を伏せて、彼女はカスケードの手を取った。
「それよりも、さあ、参りましょう。謁見の間に皆様、お揃いですから」
結界石の話は、それでお終いだった。
それきりシラは何も言わなかった。
いや、何も言えなかった。
結界石の基は、四人の妖魔女たちの命だった。古の代に彼女たちが妖魔王のために命を与え、四つの石が生まれた。一つは、天を示す北に。一つは、大地を示す東を。三つ目は水のありか西。最後の一つは南……人の命を現すところの、南に、それぞれ、<
シラは黙って、カスケードを謁見室へと導く。
カスケードのほうも、喋る言葉はなかった。
ただ、心の内の言葉を除けば。シラの耳の奥には、カスケードの心の言葉が絶えることなく流れ込んできていた。
『結界石が元に戻されれば、シラ、お前は行ってしまうのだろう。それならばいっそ、結界など壊れたままで……──くそっ、あいつが、悪い。あの、忌ま忌ましい奴。ディルディアードめ。あいつさえいなければ、シラは、ここを出て行かなくてもいいのに──!』
──御安心を、カスケード様。シラが、貴方のいいように致します。何もかもがうまくいくように。
謁見室の扉を開ける前に、シラはカスケードのほうに向き直った。
「…手を、離して下さい」
艶やかな眼差しで、彼女は青年を見上げる。
カスケードは言われたとおりに手を離し、シラは、そっと扉をノックした。人払いをしてあるのか、扉のところには兵士の姿はなかったのだ。そういえば、ここにくるまでにも兵士の姿は見かけなかった。
「お入りなさい」
トラガード第一王子の声が響く。
「さあ、参りましょう」
勇気づけるように微笑んで、シラは扉を開けた。
部屋のなかにはトラガード第一王子、女騎士ヴァレンシア、それに、かつてはディルディアード第三王子だった青年──ホーランド──が、立ち尽くしていた。
「カスケード兄上……」
ホーランドは、カスケードの夢のなかに出てきたサルトと同じ声で、呟く。
『忌ま忌ましい奴だ……』
カスケードはホーランドを睨み付け…──突然、腰に下げた剣に手を伸ばした。
『殺してやる!』
「カスケード、何を……」
トラガードの声がシラの耳に届いた。それから、ヴァレンシアの、悲鳴も。
「ホーランド!」
咄嗟にシラは、ホーランドとカスケードのあいだに身体を滑り込ませていた。
カスケードが手にした鋭利な刃が、ぎらりと光る。
──カスケード様、なりません!
両腕を広げ、彼女はホーランドの盾になる覚悟で愛する青年を見上げた。優しい、慈愛に満ちた眼差し。柔らかな金の髪がゆらゆらと揺れる。
『ディルディアードさえいなければ!』
カスケードの心の叫びは、シラの胸に痛いほど響いてきた。
「カスケード様」
微笑み、真直ぐに彼女は、カスケードのオレンジ色の瞳を見つめた。
シラには、カスケード以外は何も見えていなかった。同様にカスケードには、憎悪の対象でしかないホーランドの姿しか目には入っていなかった。
「カスケード様!」
シラの声が、謁見室に大きく響き渡った。
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